第1話C
「それで、ゆっきーと石野は仲よしだった訳だ」
沢田さんは近くに置いてある砂糖のスティック袋を手に取る。包装紙を破って無遠慮にドバドバと入れた。試行錯誤して今の味にしてあるのだが、彼女にとっては苦かったようだ。
それと、ゆっきーとは泉さんのあだ名だろうか。実に可愛らしい。
「仲よし……まあ、そうですね」
僕は何となく答えに窮した。確かに中学時代、泉さんと幾度も対面していたが、果たしてそれを仲がよかったと言っていいのか迷ったからだ。
「てか、何かよそよそしいなー。同い年なんだし、敬語外してよ」
「僕がよそよそしいんじゃなくて、沢田さんが馴れ馴れしいんですよ。それに、店員とお客様の立場ですから」
「同じ高校の同級生でしょ」
「……分かった」
僕はあまりに沢田さんが遠慮をしないので、少し気後れする。彼女のような陽気なタイプは、数年前から苦手意識を持ってしまった。
「石野君は、ここでアルバイトしてるの?」
泉さんは会話が途切れた瞬間、小首を傾げて訊いてくる。
「違うよ。父さんが経営していて、僕は特にやることもないし……店の手伝いをしてるだけ」
「へー、いいなぁ……自宅が喫茶店って。羨ましい……私もこういう場所で働いてみたいなー。みたいなー、みたいなー」
泉さんは声を弾ませて羨望の眼差しを向ける。暗に自分を雇えと言っているのだと察する。
「残念ながらカツカツだから、そんな余裕はない」
「じゃあ、石野の家に嫁げばいいじゃん。友達からのステップアップ」
僕がため息交じり拒否すると、沢田さんがポンと手を叩いて提案する。
「そうか、その手があったか」
「ないから。何で納得してんだよ」
納得する泉さんに対し、すぐさま正気に戻るよう願う。まさか数年振りの再会からいきなり籍を入れる話になるとは思わなかった。
「いやいや、マスター。ゆっきーはね、そりゃもう人気な子なのよ。この前だって同級生から告白だってされてるんだからね。こんなチャンス逃しちゃめーよ」
沢田さんは饒舌に言いながら、泉さんの頭を左手でわしゃわしゃと撫でた。あと、僕は従業員であってマスターではない。
「ゆっきーったら、結構告られてるのに、未だに誰ともお付き合いしないんだよ。ずーっと初恋の相手が忘れられないとか」
「あっ、ちょー! 鈴! その話は、なし! ダメ!」
「ゆっきーって梨ダメなんだ。ちなみに私はリンゴの方が好き」
「梨の話はしてない!」
「そうそう今してるのは恋バナだよー。もっとしようぜー。石野も用なしみたいだしさー」
「洋梨の話もしてない!」
「いやそれは、暇って意味の用なしだろう……」
頬を赤くしてテンパっている泉さんに、僕は思わずツッコミを入れた。初恋の人の話をされるのが嫌なのだろう。若干パニックになっている。
「えー、どうしてー?」
「無理なものは無理だから! 絶対無理!」
「よし分かった。ならあたしの彼氏の話をしよう。あたしの彼、もうめっちゃお猿さんでね、先週もその前の週もしこたましちゃって、腰が痛くて痛くて」
「結局、鈴は自分の惚気話したいだけじゃん!」
「そう言えば、なぜ二人はここに? 学校から大分離れてるし」
僕は泉さんが頬を膨らませて怒っている様子なので、話題を転換させた。
とは言っても、泉さんの初恋の相手がどんな人か気にもなったが、強く想いを寄せられているその相手に嫉妬しそうだったので、話を変えたかったのが本音だが。
「あー、それは私の趣味がカフェ巡りだからね。チェーン店から老舗まで、津々浦々巡ってるの。この辺に来たことなかったから、散策ついでに寄ってみたんだ」
自分の話をさせてもらえなくて不満げな表情の沢田さんを尻目に、泉さんは朗らかにそう言った。
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