3-4



 うわさどおりイチゴタルトの味は絶品だった。

 予約席として確保していたテラス席でおすすめの紅茶と一緒に楽しんだ。

 天気は良好だが、思っていたより陽射しが強い。

 少し風が吹いているかげがちょうどいい気温だった。


(絶好のデートよりだというのに、鈴原さんはどうして今日になって断ったのでしょう……)


「一緒に来られなくて残念でしたね……」

「才雅は用事があるって言っていただろう?」


 ──いえ、そちらではなくて……。

 祀莉は桜のことを話しているつもりだった。

 まあ、でも今日になって断られたのだ。

 わざわざ自分の心をえぐるような話をしたくないのだろう。


(相当ショックだったんですね……)


「ほら、ついてるぞ」


 フォークを口に当てながらタルトを見つめている祀莉に、要が手を伸ばす。

 その言葉を理解する前に、くいっと口元を指で拭われる。

 顔から離れていく指にはカスタードクリームがついていた。


「え……あの……」


 要は指についたクリームを自分の口元に持っていき、ちゆうちよなくペロッとめた。


「……ふん、甘いな」

 それだけつぶやいてコーヒーに口をつけた。


(え……もしかして、わたくしの口元についていたクリームを舐めましたっ!?)


 今の自然な動きはなんだ。

 不覚にもドキッとしてしまったではないか。

 だから、だからこそ……。


(それはわたくしにではなくて、鈴原さんにしてください……!)


 女の子があこがれるシチュエーションを彼女で再現されなかったのがくちしい。

 それはまたの機会にして、今のやりとりを誰かに見られたかもしれないと、ずかしくなった。その恥ずかしさのあまりイチゴタルトを食べるペースが速くなり、気づけば完食していた。味わうゆうなんてなかった。


「もういいのか? もっと頼んでもいいんだぞ」

「いえ、大丈夫です」


 一番いい場所を長時間せんりようしていては悪いと思い、すぐに席を立った。

 帰り際に忙しい中、席を占領してしまってすみませんと店長に謝罪した。またいつでもどうぞと言われたが、多分社交辞令だろう。こんな迷惑な客はごめんだと自分なら思う。

 何か小さな失礼があれば店がつぶれるとおびえていたに違いない。

 心の中でもう一度おびをして店を出た。




(本当、天気がいいですね……)


 せっかく外に出たので買い物がしたい。先日、漫画の最新巻が出たはずだ。

 要には先に帰ってもいいと言ったのだが、やはりついてこようとする。

 どうにか追い払おうと、いろいろ策を練って実行してはいるが、いつの間にか近くにいるので、これに関しては諦めモードである。


「そういえば、鈴原さんとはどうなんですか?」

「……なんだいきなり」


「気になっただけです。ほら、席も隣同士ですし……」

 時々お話ししているでしょう?


(この前も落とした消しゴムを拾ってもらっていたのを目撃しましたよ!)

 手が触れ合って、お互いドキッとしたんじゃないかと想像して楽しんでいた。


「お前が思っているようなもんじゃねえよ」


 ……そうなんですか。残念。でも──。


「可愛いですよね、鈴原さん。ついうっかり手をにぎったりとか、頭をでたくなったりとかは……」

「は? ねぇよ。なんだよ、さっきから」

「……ないのですか? わたくしにかくれてこっそり──」

「ない」


(ないのですか……)


 教室では後ろから観察しているから、それは本当だろう。

 要ならもっと積極的に動くと思っていたのに意外とおくなのだろうか。

 いや、そんなはずはない。今までにないタイプの相手にしんちようになっているのだ。


「女の子の憧れのシチュエーションですよ? 要はそういうのは恥ずかしくて嫌なのですか?」

「……手をつなぐことはあるだろ?」


 ──あ、今はくじようしましたね。

 さっきまで断固として「ない」と言っていたくせに。どうようして本当のことを吐いてしまったのだ。いったいいつ、そんなシチュエーションに……。


「──こうやって」

 するり……と要は自分の手を祀莉の手に絡ませてきた。


(えっ!? いえ、わたくしとではなくて……)


 ぴったりくっつけられた手のひらに、またしてもドキっとしてしまった。

 小さい頃──そして今も、行動の遅い祀莉を引っ張ることはある。

 が、こんなふうに触れてくるなんて……。


(──鈴原さんのために何度も脳内でシミュレーションしたんですね!)


 自分がドキッとしてしまったくらいだ。きっと桜も心をときめかせるだろう。

 できれば自分が見ているところで甘~いムード満点にやってほしい。

 そっと握られた手を意識して顔を赤くする桜とそれを優しく見下ろす要。

 想像しているうちに、口元が緩んできた。

 いけないいけないと思いながら表情を引きめる。

 繫がれた手は離されることなく、手を引かれるように隣を歩かされた。


 機嫌よく歩く祀莉を、要は優しい目で見ていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢としてヒロインと婚約者をくっつけようと思うのですが、うまくいきません…。 枳莎/ビーズログ文庫 @bslog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ