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***



 そして翌日。

 オシャレな店構えが今時の若いカップルに人気のスイーツのお店。

 そんなお店にお似合いのカップルがテラス席でデートを楽しんでいた。

 一番人気のイチゴタルトを幸せそうに頰張る桜。それを微笑ほほえましく見つめる要。

 これだ。これぞ自分が求めていたトキメキの一つ。なんて理想的なカップルだろう!

 そんな二人をニヤニヤしながら、そうがんきようで見つめていた。

 ほら、今ですよ。鈴原さんの口元についているクリームをさりげなく拭うのです!


「──おい、祀莉……」


 あら、おかしいですね。要の声が耳元で聞こえるんですが。

 かれは目の前のお店で鈴原さんとイチャついているはずなのに……──。



「起 き ろ」



 いらちを含んだ声。そして耳に軽い痛みとあつぱくかん


「────っ!!?」


 みみみみ耳!! 右耳にっ! な、なにっ、かっかぶりついてっっ!?

 一気に目が覚めた。


「やっと、起きたか……」

「あ、あれ? わたくし……え?」


 ──今のはもしかして夢!?

 祀莉は自室のベッドにていた。間違いなく夢である。

 昨日の晩はウキウキしてなかなか眠れずにいた。

 デートはこんな感じかなーともうそうしながら寝入り、そのまま夢として見ていた。

 で、寝坊である。


(やってしまいました……)


 二人を尾行するために早く起きて、例の店の近くで待ち伏せするつもりだったのに。

 ……だとするとおかしい。今ここで不可解な事象が起きている。

 ターゲットである要がおおい被さるように祀莉を覗き込んでいるのであった。


「えっ、あれ!? 要……あの、今日のデートは……?」

「はぁ? だから迎えにきてやったんだろ? ほら、とっとと支度しろ。予約してあるんだから、できるだけ早く、速やかに」


 えらそうに部屋の外に待機していた使用人に祀莉をき出した。

 彼女たちはなぜこの家の人間ではない要の命令に従っているのだ。

 っていうか、どうして要がここにいるのだろうか。桜とのデートはどうしたんだ。

 時間的に二人仲良く車で店に向かっている頃だろう。

 なのに要はここにいる。と、いうことは……。


 ──今日になって断られたんですね。


 店の予約をしてあると言っていた。人気の店だ。朝一番に並んでおかないとすぐには席に着けない。席の一つなんて北条の名前を使えば、簡単に確保できる。もしそれをキャンセルしても、ご子息の気まぐれだと店側も何も言わないと思うのだが。



(せっかく予約したのだから、仕方なくわたくしを誘いにきたのですね。あっ、後日のデートのために予習しようとしているのでしょうか! 悪くない考えですね)


 などと考えているうちに祀莉は使用人によってわいらしく着替えさせられた。

 誰が見てもデート仕様である。


「要、準備できましたよ……って、何してるんですか。人のベッドで……」


 要を呼びに自分の部屋へ戻ると、彼はつい先ほどまで祀莉が寝ていたベッドに横になっていた。桜に断られたからといって、ここでへこむのはやめてほしい。

 というか、誰も要を部屋から追い出さなかったのか。

 祀莉を起こした時もそうだ。仮にも女の子の部屋だというのに無断で入るなど……。


「わたくしのまくらを抱いて寝ないでください! ほら、ちゃんと準備できましたよ」


 腕の中から無理やり枕を引き抜く。眠りかけていたのか、目が半分しか開いていない。

 祀莉に引っ張り起こされて要はだるそうにベッドから降りた。


「予約は何時にしてあるんですか?」

「……午前中あたり、適当に行くと言ってある」

「なんてアバウトな……」


 忙しい休日に迷惑な客だ……。お店の人も困っているだろうに。

 もしかしたらいつ来店してもいいように、朝一から待ち構えているかもしれない。

 次からはきっちり時間を指定した方がいいとちゆうこくしたら、だったら寝坊をするなと言われた。


(どうしてわたくしのせいになるんですか……?)



 要と一緒に階段を下りたところで、弟のさいそうぐうした。


「なんだよ、姉さん。やっぱり要兄さんと出かけるんじゃないか」


 祀莉によく似た顔でおだやかに笑った。

 昨夜、使用人に「明日、適当に出かけますので」と言っているのを目撃されていた。

 要と一緒に出かけるのかとしつこいので「誰でもいいでしょう」とごまかしたが、この家の人間には、一緒に出かける相手は要だけだと認識されてしまっている。

 確かに祀莉が出かける相手と言えば要くらいしかいなかった。……半ば無理やりだが。

 それでも高校に入って一緒に出かけようと誘ってくれる友達ができた。

 今度ケーキを食べに行こうと諒華と約束している。

 そんなことはさておき、一人で出かけると言うと家の人たちに困った顔をされるので、誰かと一緒だということをにおわせておきたかったのだ。

 結局は要と出かけることになってしまったのだが。

 そうだ、と目の前にいる才雅に声をかけた。


「せっかくだから、才雅も一緒に行きませんか? 美味しいケーキのお店!」

「はぁっ!?」


 要がとんきような声を出した。

 近くにいた使用人もそれぞれの仕事の動作で固まったまま祀莉を見ていた。

 誘われた才雅は引きつった顔をしている。


「いや、姉さん……俺は用事があるから。二人で楽しんできて……二人で」


 ──なぜ『二人』を強調する。


「せっかくのデートなんだから。ね、要兄さん」

「……そうだ。二人で行く」


 なんでそこまで二人にこだわるのか……──デート?


(あ……っ!)

 忘れていた。これは桜とのデートの予行練習。二人でないと意味がない。


「すみません。すっかり忘れていました……」

「いや、わかっているなら別にいい。ほら、行くぞ」


 ほっとしたような笑顔を浮かべる才雅と使用人たちに見送られ、祀莉たちは例のケーキ店へと出発した。


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