3-2


***



 放課後は四方館でゆっくり過ごすことが、祀莉の日課となっていた。

 だれの目も気にせず読書ができるのはとてもありがたい。

 今日は数日前に届いたほんだなに本を並べていた。正確には漫画と小説。

 カムフラージュのかんや辞書も忘れない。


(これなら部屋に置く量を気にせず新しい小説が買えます!)


 祀莉はまだ数冊しか置かれていない本棚をながめながら満足げにうなずいた。

 これで一つの問題が片付いた。

 しかし……ここ数日、祀莉の頭をなやませているもう一つのやつかいな問題。


 ──ヒロインと要の進展が全く見られない。


 時々話しているのは見るが、要といる男子生徒が桜に話を振ってグループで盛り上がっている程度だ。二人だけで話しているところといえば、落とした消しゴムを拾ってわたす場面くらいしかもくげきしていない。


(こんなはずではないんですけど……)


 もしかしたら、祀莉の知らないところでイチャイチャしているのかもしれない。

 ……にしては、要は祀莉の目の届く範囲にいる。

 昼食だって一緒にとっている。

 諒華と食堂で並んで食事をしていると、同じテーブルに貴矢と一緒に現れるのだ。

 せっかくだからヒロインをさそって昼食をとればいいのに。


(あぁ……だったら喜んでのぞき見に行きますのに!)


 いつまでたっても要は行動を起こす気配がない。

 ライバルの貴矢がじやしているか、それともお互いけんせいし合っているからなのか。


(はぁ……。やっぱりわたくしがちょっかいを出さないとダメなんでしょうか……。でも、どうしたらいいか……小説の中に参考になるシーンとかないですかねー……)


 手に持っている小説の内容がどんなものだったか気になり、適当にページを開いた。

 ヒロインに極悪なライバルが登場するれんあい小説だ。

 二人の仲を引きこうと、数々のいやがらせをしていたような気がする。

 数ページだけ読むつもりだったが、目は次へ次へと文字を追っていき──。



「──祀莉」

「っ!?」



 名前を呼ばれたと同時に勢いよく本を閉じた。


「え、あ……要。びっくりしました」

(気配がありませんでした! いえ、わたくしが本に集中しすぎて……)


 いきなり後ろに立つのは心臓に悪いので、やめていただきたい。というより、近い。

 要の両手は祀莉を閉じ込めるように本棚にえられていた。

 おそおそる顔を上げると、無表情で祀莉を見下ろす要と目が合った。

 まっすぐ射抜くようにえられて、なんだか居心地が悪い。

 視線をさまよわせてうつむいた祀莉の耳元に要がくちびるを近づける。


「最近、おりと仲がいいな」

「──っ!?」


 低い声でささやく。含むような言い方に幼いころのトラウマがよみがえる。

 ──要はまたわたくしを孤独にしようとしている。

 今までは様子見。ある程度、仲が深まってきたところで引き離すつもりだったのだ。

 だったら最初から近づかせなければいいのに。

 いまさら、距離を置けと言われるのは……──


「い、嫌です! わたくしから諒華をうばわないでください!」


 家の名前で近づいてきたとしても構わない。今、彼女と一緒に過ごす時間が楽しい。

 それより何より……。


「初めてできた……し、親友なんです……」

「え、あ、そうか……それは、よかったな」



 ──あれ?


 さげすんだような目で「だからなんだ」と冷笑されると思った。

 また周りを遠ざけるように仕向けられるのかときようを感じたが、様子がおかしい。

 要にしては歯切れが悪い話し方だ。


「……ところで祀莉、織部と話していたことだが……その、ケーキがどうのとか……」

「え? はい。イチゴタルトが美味しいと評判のお店があるって話をしていました」


 あまいものが好きでもない要がなぜそんなことを……そこまで考えて祀莉は察した。

 ──これは桜とのデートの下調べだ。

 世の中の女の子がスイーツに目がないことくらい、要にもわかっているだろう。


「あの、要。もしかして、そのお店に興味が?」

「あ、あぁ……」


 じやつかんだがほおが赤くなっている。つまりはそういうことなんだろう。

 後押しするように店の名前や場所も提供した。


「カップルで行きたいおすすめのお店らしいですよ。女の子なら行こうといえば頷いてくれるはずです!」

「そ、そうか……お前も行きたいか?」

「はい!」


 もちろんだ。今度、諒華と一緒に食べに行こうと約束している。

 画像で眺めていたメニューはどれも美味しそうで、何を注文しようか検討中だ。

 要と桜はいつ行くのだろう。そうだ、二人のデート日を聞いておかなくては。

 こっそり後をつけてデートを観察するのだ。このチャンスを逃すものか!

 祀莉はひとみかがやかせて要を見上げた。


「それで、いつにするんですか?」

「……明日、とかはどうだ?」

「明日……これはまた急ですね」

「ダメか?」

「ん~まぁ、大丈夫だとは思いますけど」


 明日はちょっと急すぎるんじゃないかと思ったが、要の誘いを断るわけがない。

 すでに予定が入っていなければ、百パーセント成功するはず。

 ちょっと待ってろと、要はポケットからスマートフォンを取り出して、離れた場所で電話をかけていた。明日ということは、これから誘うということだ。

 今は放課後、いつもすぐに帰ってしまう桜はすでに帰宅している。

 自宅に電話して予定が空いているか聞くのだろう。


(もう連絡先を知っているなんて、やりますね……!)


 明日は天気がいいから、テラス席で食べると気持ちがいいですよねとアドバイスしておいた。その方が自分も覗き見しやすいということは、心の隅に置いておく。

 きっと素敵な一日を過ごしてくれるに違いない。

 電話を終えた要は心なしかうれしそうだ。


「楽しみですね」

「……あぁ。明日、迎えに行く」

「そうですか」


 彼女の自宅もリサーチ済みらしい。いつの間にそんな情報を聞き出したのだろうか。

 祀莉が諒華と話していることが多いので、その隙をついて要と桜はお互いのことを話す関係にまで発展していたのかもしれない。

 だから今回、思い切ってデートに誘ってみようと思ったのだ。

 祀莉に相談するように店の話をしてきたのは、自分たちの仲を邪魔するなと警告するため。桜との仲を見せつけようとしたのだ。


(そんなことしなくてもいいのに、鈴原さんのことが心配なんでしょうか?)


 明日の大まかな予定を聞かされながら、今日も祀莉はほうじよう家の車で帰宅した。


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