第3章

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 あたたかい春のしの中でまったりと過ごす昼休み。まつは自分の席で持参した小説を読み、りようは各デスクに備えつけられているパソコンを操作していた。


「ねぇ、祀莉。見て見て、これ!」

「なんですか?」


 前の席の諒華が振り向き、パソコンの画面を提示しながら祀莉に呼びかける。

 入学してから、一週間。諒華の口調はおじようさまとはほど遠いものとなっていた。

 簡単に言うとかぶっていた猫ががれたのだ。


 実はこのクラスメイトのほとんどが猫を被っていて、お上品な子息令嬢を演じていた。

 高等部へ上がり、西さいおん家の令嬢がクラスメイトに加わるという情報を得た先生が、お願いだから失礼のないようにしてほしいと、Aクラス確定の生徒たちに頭を下げたそうだ。

 しかし、普段使わないお嬢様言葉がきゆうくつになってきたのか、だんだんと諒華の口調がくずれるようになっていた。たまにボロっと口調を乱してしまうことが増えていく。

 やってしまった! と思っても、祀莉は気にした様子もなく何も言わないので、まぁいいやと、彼女のお嬢様期間は一週間で幕を下ろした。

 そのえいきようか、他の生徒たちも次々と猫をいで普段の自分をさらけ出している。

 さすがに先生の前では、被り直しているようだが。


 ちなみにさくらは通常運転。

 クラスメイトに合わせてお嬢様口調になることもなく、ありのままで過ごしている。

 金持ちが集う教室に放り込まれたら、無理をしてでも周囲に合わせようとするものだと思っていたのだが、かのじよはマイペースに過ごしている。

 頭がいいので、勉強を教えてくれとうてくるクラスメイトと着々と仲良くなっていた。

 未だに諒華以外のクラスメイトと話をするのにきんちようする祀莉は、日に日にこのクラスに溶け込んでいる桜がうらやましく思えた。



「──祀莉、聞いてる? ここのイチゴタルト、すっごくしいんだって。今度食べにいこうよ」

「あ、はい。ぜひごいつしよさせてください。諒華」


 席が近いこともあって、祀莉は諒華と会話することが多かった。

 そのためいつの間にかお互いに名前を呼び捨てにするようになっていた。


「和風ほうじ茶パフェが美味しそうね」

「イチゴタルトはどうしたんですか……」


 二人して色鮮やかなスイーツが並ぶメニューの画面に食い入っていた。


「カップルで行きたいおすすめのお店だってー」

「へぇー。そうなんですか」


(カップル、ですか……)

 男子生徒と会話しているかなめと、次の授業の予習をしている桜に視線を向ける。



(一週間ってもなんの進展もないんですけど!)



 きっかけはあるはずなのに、要は全く桜に話しかけようとしなかった。

 もっと積極的に自分に興味を持たせようと働きかけないと、縮まるきよも縮まらない。


(それなのに……)


 ──あきどうたか

 窓際の一列目の席、つまり桜のひだりどなりにこの男がいるのだ。

 ヒーローとそのライバルがヒロインをはさんでいる状態だった。

 要とちがい、貴矢は桜に積極的に話しかけている。

 二人の仲が進展してしまったらと祀莉はハラハラしながら観察していた。

 適当にあしらわれたり無視されているから、今のところはさして問題ないだろう。


 問題は要の方だった。二人が話しているとげんがすこぶる悪くなる。

 視線を感じる……と思ったら、無言でにらみつけられていることが多い。


(イライラするくらいなら、自分も積極的に話しかければいいのに……)


 タイミングがつかめないのはわかるが、八つ当たりはやめてほしい。

 その目を貴矢に向けたらどうなのかと何度思ったことか。


(……すずはらさんがいるから無理ですね)


 あの凶悪な顔を向けられたら、いくらヒロインでも引いてしまう。

 要もそれをわかっているのか、昔のようにクラスを支配する気はないらしい。

 おかげでこの学園の居心地はいい。こんなに平和に過ごせるとは思わなかった。

 すぐに引き離されるだろうと思っていた諒華とも良好な関係を結べている。

 休み時間に一人で読もうと思っていた小説は、あまり役目を果たしていなかった。


(きっと鈴原さんとのことで、わたくしにまで気が回らなくなっているんですね)


 しかし、おかしな点が一つある。未だに要は毎日、祀莉を迎えにくる。

 そして帰りも西園寺ていまで送り届ける。

 まだヒロインと出会っていない入学式の朝はわかるが、それ以降も毎日……。


「おかしいです……」

「何が? あ、お菓子いる?」


 スナック菓子を口に運んでいた諒華が、手に持っていた袋を祀莉の方に差し出す。


「ありがとうございます……もぐ……要が……毎日家まで迎えにくるんです」

「……へ? 何言ってんの。そりゃそうでしょ、婚約者なんだから」

「婚約者……あっ」


 そうだ。まだ婚約者なのだ。

 桜にこいした要は〝婚約者〟をうとんじて解消してほしいと親に頼むはず。

 なのに二人はまだ〝婚約者〟だった。


「〝あっ〟って……忘れてたの?」

「いえ、そういうわけではなく……」

「はっは~ん。当たり前のことで気にも留めてなかった?」


 諒華は食べる手を止めずにお菓子をどんどん口にふくみながら、からかうように笑った。


「もぐ……おぎようが悪いですよ」

「あんたもねー。西園寺家の令嬢が、一週間で私たちに染められたもんだねぇ。はは」


 確かに。お坊ちゃまお嬢様が集う学校だから、それはそれはゆうな学園生活をまんきつしているのかと思いきや……いや、ある意味優雅だ。教室の後ろにあるフリースペースでお茶したり、仮眠をとったり、くつろぎながら大画面でゲームをしたり……。

 家では自由に振るえない子息令嬢が、ここでは思いっきり羽を伸ばしている。

 教室のすみには毎週発売されるまんざつが積み上げられていた。祀莉はそれが気になって仕方がない。そのうちこっそり読ませてもらおうともくろんでいる。


「思っていたよりこの学園での生活は楽しいです」


 小学校と同じ、どくな時間を過ごすものだと思っていた。そうかくを決めてあきらめていた学園生活が、こんなにも楽しいとは思わなかった。


「そう、よかった。親友の私のおかげだね~」

「はい」


 こうやって親友と呼べる存在を手に入れることができて、わたくしは幸せです。

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