2-11
「西園寺さん……」
桜が自分を庇ってくれている祀莉の名前を呼ぶ。
「え……西園寺……ですって?」
緊張感が漂う教室の中、一人だけ……珠理亜だけがその名字を聞いて固まっていた。
この学園のAクラスで西園寺なんて、四大資産家の一つ〝西園寺グループ〟しかありえない。祀莉を西園寺家の令嬢と認識した珠理亜の顔がさぁ……と青くなった。
「え、あ、あの……っ。わ、わたくし……失礼しますわっ!」
さすがにまずいと思ったのか、珠理亜は怯えるように出口に向かい、教室を出ると
彼女が去って数秒後、わぁ……っと歓声と
「す……素敵ですわ、西園寺様!」
「さすが西園寺さん。今朝の噂は本当だったんだ」
「かっこいい……」
周囲からしてみれば祀莉がとった行動は、身を
クラスメイトたちは尊敬の
「西園寺さん、ありがとうございます!」
桜も深々と頭を下げた。
(違う……、違うんです! こうじゃないんです……! 悪役令嬢がヒロインを庇ってどうするんですか!!)
「祀莉……お前……」
要が大きく目を見開いて祀莉を見ていた。
(しまった! もしかして、これは要の役目でもあったんじゃ……!)
ヒロインにいいところを見せて好感度アップのチャンスでもあったのだ。
──それを奪ってしまった。
要はみるみるしかめっ面になっていく。
自分がやってしまったことの重大さに気づいた祀莉は体を震わせた。
(怒られる……!)
思わず要に背を向ける。
「どうしたの祀莉ちゃん、大丈夫? もしかして怖かった?」
「えっ!? ひゃあ……っ」
祀莉の変化に気づいた貴矢が無遠慮に顔を覗き込んできた。
いきなりのドアップに驚き、反射的に距離をとろうと後ろに下がった。……が、足がもつれてしまい、体のバランスが崩れて後ろへ
踏ん張って体勢を整えられるほど祀莉の運動神経はよくない。
どんどんと反転していく視界の中で痛みを
──ぽすんっ
(え……?)
硬い
(あれ? あれあれ……?)
「お、要。ナイスキャッチ!」
「へ……っ!?」
祀莉が着地した場所は要の
(うわぁっ! ま、また嫌味を言われます!)
勝手に転んだ祀莉を、あの憎ったらしい笑顔で上から
慌てて要の上から降りようとするが、足が地面に届いていない。
腰に回った腕が邪魔で身動きもとれない。
何より桜の目の前でこの体勢は非常によろしくない。
(どうして受け止めたんですか……!?)
今の場合だったら、椅子に座っていたとしても簡単に避けられるはず。〝俺、こいつになんか興味ないから〟と一切手を出さないのが得策なのではないか?
祀莉と要がくっついているところを見たら、ヒロインが勘違いしてしまうだろう。
(なのになぜ……?)
祀莉の頭の中は疑問でいっぱいだったが、もしかしたらこの行動には何か裏があるのでは……。要は桜の方を窺うように見ていた。
(なるほど! 鈴原さんに
要の様子を見てピンときた。たとえ鬱陶しい婚約者でも
(でも、それにしては密着しすぎなのでは……?)
きっと要はとっさの判断でそこまでは考えていなかったのだろう。
「おい、貴矢」
「いや、悪気はなかったんだって……。ごめんね? 祀莉ちゃん」
桜の隣にいた貴矢が手を合わせて謝った。
すまなさそうにしているが顔は笑っていた。
「祀莉ちゃん、男の子に耐性ないのに要は平気なんだね」
ニヤニヤする貴矢の横で、桜は要の膝に乗ったままの祀莉を見ていた。
(まずい、誤解を与える前に訂正しなくては……)
これは要に協力しているんであって、別に平気というわけではない。
むしろこの後何をされるか……もしくは何を言われるか祀莉は気が気でなかった。
早く離してほしいという祀莉の願いとは裏腹に、腰に回された腕に力が込められる。
(要が怒っています!! 秋堂貴矢が余計なこと言うからっ!)
さっそくライバルである要をヒロインから遠ざけようと試みているのだ。
祀莉と要の仲がいいと認識させ、彼女の中の恋愛対象から外そうとしている。
(やりますね……、さすが要のライバル!)
要もその意図に気づいているんだろう。
見苦しいところを見せられないと我慢して、祀莉に八つ当たりをしているに違いない。
少し否定するのが出遅れたからって、これは横暴じゃないか。
だったら自分で訂正するなり、祀莉を早く離せばいいだけの話。
(なのに……どうして未だに、わたくしを抱えているんですかぁ!)
要の行動に祀莉はますます混乱するばかりだった。
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