2-10
「祀莉様、こっちですわよ」
すでに自分の席に移動していた諒華が祀莉の名前を呼んだ。
織部と西園寺。入学式で隣の席だった彼女は、教室では前の席に座っていた。
一人で使うには
男女混合の名簿順。祀莉は日当たりのいい窓際の一番後ろの席だった。
(サ行で窓際の一番後ろなんてラッキーです。それに……)
次の列の一番前に桜。そしてその隣の席が要だったのだ。
生徒の数は二十人。家のランクで厳選された生徒と特待生で編成されたクラスなので、鈴原と北条が隣に並んでもおかしくない。きっと小説の中の祀莉は、この席から仲が深まる二人を見て悔しがっていたのではないだろうか。
(わたくしは嬉しいですけどね! 二人を観察しながら毎日過ごせます!)
自分にとって都合のいい位置づけに心の中でガッツポーズをした。
己の席を確認した生徒は友人の席へと、挨拶に向かっている。
諒華のもとにも、二人の女子生徒が声をかけにきていた。
中等部から持ち上がりのクラスなので、新しく友達を作る必要がないのは羨ましい。
興味深げに見つめていると、祀莉の視線に気づいた二人が振り返った。
「ごきげんよう、西園寺様」
「おはようございます、西園寺様。はじめまして」
品のいい笑顔で挨拶の言葉を口にした。
「え……あっ、おはようございます」
女子生徒とは普通に話せると思っていたが、やはり知らない相手は緊張する。
「今朝の噂、耳にいたしましたわ」
「あの花園様を追い払ったとか」
「え……いや……」
正確には追い払ったのは祀莉ではなく要だ。
「二年A組、花園
「中等部の頃はずっと北条様を追いかけてらしたわよね」
「そうそう。睨まれて追い返されても、数時間後にはまた同じように……」
「ほら、ご覧になって。今も堂々と一年の教室に押しかけてきましたわ」
目で促された方を見ると、今朝、校門で群れをなしていたリーダー格の女子生徒が図々しくも教室に入ってきているではないか。他の生徒には目もくれず、要の席の前を陣取り「フランスのお
要は
あの女子生徒も小説に何か関係しているのではないかと記憶をたどったが、登場人物欄に名前がなかったことから多分違うのだろう。
(なのにわたくしよりも悪役令嬢らしい名前ですよね……)
周囲の生徒は、イライラがにじみ出ている要がいつキレるか不安な顔をしていた。
──空気を読んで。察して。帰って。
彼らの気持ちが手に取るように伝わってきた。しかしまるで気にしていない珠理亜はにこにこと笑っている。ふと、何を思ったのか彼女は視線を横にそらした。
その視線の先──要の隣の席には桜が座っていた。
「あら、あなた……」
その女子生徒が注意した特待生であることに気づいたようだ。
「北条様の隣なんて、何様のつもり?」
「え……名簿順……」
今度は桜に詰め寄った。上から下までジロジロと不躾に視線を
綺麗にセットされたカールをかき上げて言い放った。
「それに、なんですの、その髮。あなたごときがパーマなんかかけて、生意気でしてよ」
(ちょっと待ってください! それ、わたくしのセリフですってば──!!)
珠理亜が発した言葉は、本来祀莉が桜に言うセリフだった。
なんだかどんどん自分の役割を
お願いだから、彼らの──自分の邪魔をするのはやめてほしい。
席を立ち、祀莉にしては
「やめてください! 花園様!」
発した声は思いの外大きく、祀莉の声で教室が静まり返った。
桜を背に
(うぅ……)
それは絶対ダメ。震えそうになる体をどうにか抑えて祀莉は精いっぱい睨みつけた。
その姿が小動物の小さな抵抗のように見えたとしても……。
見守る生徒たちは、今度は別の不安に見舞われた。ここで珠理亜が祀莉に手を上げようものなら、要が黙っていないだろう。祀莉と二人でいるところを見たのは今日が初めてだが、彼女を大事に思っていることは要の様子で気づいていた。
高等部からは自分の婚約者が入学してくると話していた時の嬉しそうな顔。
可愛い女子生徒にはとりあえず声をかける貴矢に、「祀莉には近づくな」と何度も
そして今朝の登校時、手を繫いで歩く仲睦まじい姿。
女子生徒には一切、笑顔を見せず、あわよくばお近づきになろうとする者には、冷たい言葉と態度で
要に近づいてくる姿を見るたびに、彼らは不思議で仕方なかった。
よほど神経が図太いのだろうか。
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