2-9


***



 この学園の校舎は学年で階が分かれているのではなく、クラスで分けられていた。

 Aクラスは大きい方の校舎、一ノ棟の二階に設けられていた。

 一つ上の階にBクラス、Cクラス。教室の広さはAクラスの半分だという。

 別の校舎、二ノ棟の三階にDクラス、Eクラス、Fクラスがあり、さらに教室は質素なものになっている。質素といっても他の私立の学校よりは、かなりいいたいぐうだ。

 超豪華待遇のAクラスに比べればその待遇なんてかすんでしまうだけ。

 そんな誰もがうらやむAクラスの教室の前。

 とびらとにらめっこする祀莉の心臓は大きなどうひびかせていた。


(き、緊張します……)


 教室に入りたいけど、心の準備がちゃんとできていない。

 開いていればまだよかったものの、目の前にある扉は完全に閉ざされていた。

 また孤立してしまうのだろうか。誰も近寄ってこない、一人きりで過ごす休み時間。

 先生すら声もかけてくれない。要が支配するクラス。

 悪役令嬢としてきらわれ役になるのだから、別に構わないと思っていた。

 どうせ友達なんてできないから、悪ぶっておこうと……なのに────体が震える。


「祀莉」

「──っ!」


 肩に手が置かれ、祀莉は跳び上がりそうになるほど驚いた。

 そうだ、要も一緒にいたのだ。


「大丈夫だ、俺がいる」


(あなたがいるから、わたくしは独りなんです……!)


 そう叫びたかったがそんなことができるはずもなく、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 祀莉の気持ちを知らない要は、扉を開いて教室に入っていた。


「何してんだ? ほら、入れ」

「あ……はい」


 扉のそばで教室に見入っている祀莉に中へ入るように促した。

 なかむつまじさを見せつけるような二人に、生徒たちの視線が一気に注がれた。


「あ、要だ。久しぶり!」

「なー課題やってきたかー? ちょっと見せてくれよ!」

「……また忘れたのか? 高等部でもこれではまた先生にしかられるぞ」

「違うって! わからないところがあったんだって!」


 次々と要のもとに集まる男子生徒たち。学園では王様然としてみんなに怖がられているものだと思っていたのに、意外とフレンドリーな感じだ。


(小学校と同じく、絶対王政の恐怖政治だと思ってましたのに……)


 見たことのない要の態度にぜんとして突っ立っている祀莉の肩に手が置かれた。


「っ!」

「やっほー。さっきぶりだね。君が祀莉ちゃんかぁ……」

「はい?」


 軽い挨拶で祀莉の名前を口にしたのは、代表控え室の外で会った男子生徒だった。

 焦げ茶色の髪。優しく微笑みかける瞳が、眼鏡越しに祀莉を見ていた。

 初めて会ったのはほんの一時間前──のはずだが、彼のことはそれ以前から知っていたような気がする。どこかで一度会っていて、それを自分が忘れているのなら失礼だ。

 気を悪くさせてはいけないと祀莉は必死に思い出そうとした。


(う~ん……でも、どこで……。──あぁっ!)


 この時、祀莉の中である記憶が蘇った。

 前世で小説を読もうとして手に取った時、誤って先のページを開いてしまった。

 ぐうぜん開いたそのページにはさしっていた。

 そこには──今、祀莉に話しかけてきたこの男がかれていたのだ。

 自分の想像力で楽しみたい祀莉は、挿絵はさらっと見て次のページに進むタイプだ。

 特に表紙は初めからブックカバーがかかっていたので見てもいない。

 名前と小説に書かれていた容姿の情報だけで登場人物を判断していた。

 もしかして、この男の名前は──。


「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?」

「え? 俺の名前? あきどうたかっていうんだ。よろしくね~」


 祀莉に問いかけられた男子生徒は自分の名前を名乗り、にこりと笑った。


(やっぱり……!!)


 登場人物一覧に出ていた名前と一致している。

 フライングで見てしまった挿絵は桜を挟んで要と言い合いをしているような構図。

 この男、要のライバルに違いない。


(ヒーローにもライバルがいるなんて……)


 ライバルが祀莉だけなら、自分がどうにかすれば二人はなんの障害もなく結ばれるはずなのに、まさかの展開である。

 秋堂貴矢。小説内では味方のはずだが、現実では祀莉の敵だ。

 二人の邪魔はつまり、自分の邪魔。そりゃあ、少しくらいは障害があった方が盛り上がると思うけど、万一この男にヒロインがなびくようなことがあっては困る。

 そうと知ったからには、この男をなんとかしなくてはならない。


「ねぇ、祀莉ちゃん。今度、俺と──痛っ……いててててててっ!!」

「おい、貴矢。またお前は……」


 彼の背後には要が立っていた。肩を摑む指がだんだんと食い込んでいく。

 込められている力が半端なく強いことは、貴矢の表情と叫び声で誰もが理解できた。


「いやぁ……要をじっと見つめている祀莉ちゃんが可愛かったからつい……」


(え……見つめていた? わたくしが?)

 クラスにんでいる要が珍しくて観察するように見てはいたが、見つめているほどでもなかったと思う。


「要が離れていって不安でしょうがなかったんでしょ? ね、祀莉ちゃん」

〝ね?〟と言われてもなぜそういうふうに見えたのかわからない。


「祀莉には近づくなと言っておいただろう。その手をどけろ。早急に」


 貴矢の手は祀莉の頰を撫でるように添えられていた。


(あら、いつの間に……)


 いつものごとく自分の世界に入って考えごとをしていた祀莉は、貴矢の行動に全く気づいていなかった。周囲から見ると完全に口説かれている場面だった。


「いや、でもこんなに可愛いなんて……痛いっ! わかった、わかったから!」


 やっぱり要の王様ぶりは健在だった。なんとか要の手から逃れた貴矢は「仕返し!」と言いながら要に摑みかかる。要はひらりと避けて自分の席に向かっていった。

 貴矢もその後を追いかけるようにして祀莉のもとから去っていった。

 けん……というよりは、じゃれているように見える。

 そんな二人がこれからヒロインを取り合うのだ。


(できれば秋堂君には諦めてほしいんですけど……)


 万一に備えて、何か対策を練るべきかもしれない。


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