2-8
「──り、──ろ」
まだ眠っていたいのに、強引に肩を
「──おい、祀莉。起きろ!」
ふわふわした感覚の中に介入してくる振動と声。
この声は……──。
「んぅ……かなめ?」
うっすらと開いた視界に要の姿が映る。講堂内は明るくなっていた。
ガヤガヤとした人の声と動きが、すでに式が終わっていることを告げていた。
「あぁっ、すみません! 要の声を聞いていたら急に眠気が……。その、決して
そこまで言ってはっと気づいた。
今、自分は要の挨拶を聞いていないと白状してしまった。
自分の挨拶を聞いていないと知った要は、鬼のように怒るに違いない。
「心地よかったですものね。大丈夫ですわ、寝ている人はたくさんいましたから」
すかさず諒華がフォローを入れるが、果たしてそれはフォローなのか判断しがたい。
寝ている生徒がいたと言われたら、逆にもっと怒るんじゃないだろうかと不安になった。
が、この場を切り抜けるにはそれに便乗するしかない。
「そ、そうなんです。昨日、緊張してあまり眠れなかったので、その……要の声を聞いて安心したと言いますか……」
こうなったら褒めるしかない。言い訳よりも効果的なはずだ。
手段を選んでいられない祀莉は、できる限りの
「要の声はとても耳に心地よいですから、聞いているとつい……。とても綺麗な声ですから聞き入ってしまって、いつの間にか眠ってしまったんです……。だって要の声はわたくし好みで……──」
「祀莉様、祀莉様。もうその辺になさった方が……」
「え?」
諒華にストップをかけられた祀莉は我に返って彼女が指差す方へ視線を動かした。
要は顔をおさえて遠くの方を見ていた。
(しまった、やりすぎました……!)
きっと気持ち悪いと思われているに違いない。
機嫌を直してくれればと褒めに褒めたのだが、調子に乗って言いすぎたようだ。
「すみません。今のは忘れてください……。せっかくの要の挨拶で眠ってしまって、すみませんでした」
最後の手段。素直に謝る。これ以上はどうすることもできない。
「もういいから。教室に行くぞ」
「は、はい!」
てっきり雷が落ちると思っていたが、意外にもあっさり許してもらえた。
拍子抜けした祀莉は、差し出された手を無意識に摑んで立ち上がる。
「あら? 鈴原さんは?」
「鈴原? ──あぁ、特待生か。あいつはもう教室に行った」
「ご一緒に行かれなかったんですか?」
「なんでだ? 迎えにくるって言っただろ?」
だとしても無視して教室に向かえばよかったのに。
そう言ってしまった手前、迎えに来ないわけにはいかなかったのだろう。
(邪魔をしてすみませんねぇ……あ、これも邪魔していることになるのですね)
確か……と前置きして諒華が思い出すように言った。
「鈴原さんって北条様の隣に座っていた方ですわよね。祀莉様、時折ご覧になっておられましたが……気になりますか?」
「えぇ、もちろんです」
二人だけの甘々な世界を
諒華と話している最中も何度も盗み見していた。式が始まってからは暗くて見えにくかった上に
少しでも何か進展があったのだろうか。終わった時の二人の様子でそれだけでもわかったかもしれないのに、眠ってしまったので確認できなかった。
「だから勘違いするなと言っているだろう」
「あ……はい」
なんだか「勘違いするな」ばかり言われている気がする。
今度はいったい何に対して勘違いするなと言っているのか、全くもって心当たりがなかった。こういう時は大抵、
前を歩く要の手元を見て、祀莉は自分の
「あ、すみません。四方館に鞄を置き忘れていました。取りに行ってきますので先に教室へ行ってください」
鞄を取りに行くため、諒華と要のそばを離れて四方館を目指した。
先に教室へ行って桜との親交を深めていればいいと思ったが、なぜか要はついてきていた。いくら広い校舎とはいえ、さっき見せてもらった校内図でだいたいの配置は頭に入っている。もしわからなくなっても誰かに
自分の婚約者が迷子になるのがそんなに嫌なのだろうか。
(そんなプライドより、ヒロインとの時間を大事にしてほしいんですけど……)
などと考えながら四方館に置き去りにしていた鞄を持って教室へ向かった。
祀莉がちゃんと校舎内を把握しているのか確認するためなのか、要は
進む先にいる生徒は祀莉の存在に気づくと素早い動きで道をあける。
ありがとうございますとお礼を言えば、女子生徒は
しかし男子生徒は逆に顔色が悪くなっていく。
(いったいどうしたんでしょう……?)
後ろにいる要が蛇のように睨んでいることには気づかず、祀莉はその様子を不思議に思うだけだった。
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