2-7


***



 入学式が行われる講堂は、まるでコンサートホールのようだった。

 座席の一つ一つが豪華で前後の幅も広く、ゆったりと座れるスペースがある。


「ほら、お前の席はここだ」


 要は〝西園寺様〟と書かれた名札が置かれている席を指差した。

 促されて座ってみると、とても座り心地がいい。

 かなり上質な素材を使っているのだろう。油断しているとてしまいそうだ。


「俺が迎えにくるまでここを動くな。……絶対に」

 上から背もたれに手を置き、顔を覗き込んでくる。


(なぜ、〝絶対〟を強調するんですか……。あ、もしかして……)


 これから彼は桜と一緒に代表者席で待機する。

 祀莉をここに拘束しておくことで、ねなく彼女と過ごそうとしているのだ。


(きっと二人きりの甘い時間を楽しもうとしているんですね……)


 どんな会話をするのだろうか。ちゃんと彼女の緊張を解してあげることはできるのだろうか。次々と溢れ出てくる妄想に口元が緩む。

 にやける顔をごまかすために、にこりと笑ってみせた。


「わかりました。いつまでも待ってます」


 ──わたくしのことは気にせずごゆっくり……。

 自分の席に向かおうとした要は足を止めて固まった。


「要……?」

「終わったらすぐに迎えにくるからな!」


(えっ、いや、だからゆっくりしてもらえればいいんですけど!)


 もしかして、今の笑顔は何かたくらんでいるように見えたのだろうか。

 そんなつもりは一切ないし、むしろ大人しくここで待つつもりだったのに。

 かつなことをしてしまった……とたんそくし、椅子に体を沈めた。


(あ、要と鈴原さんの席はどこでしょうか?)


 一応確認しておこうと、もたれかかっていた椅子から体を起こした。

 代表者なら舞台に上がりやすい席を用意されているはずだ。

 祀莉がいる場所よりも数列前の通路側の席に、要の頭が見えた。

 そこが代表者の席なのだろう。


(うむむ……もっと近くがよかったです……)


 ここからでは声が聞こえない。暗くなれば姿も見えなくなるだろうし……仕方がない、この場は諦めよう。さすがに式の最中に席を立つのは非常識だ。

 控え室でのツーショットで今日のところは我慢だ。あの距離の近さは絶妙だった。


(わたくしがいなかったら、いったいどんなふうになっていたのでしょうか……)


 開始時間が近づくにつれ、新入生と保護者で席が埋まっていく。

 左側の座席に女子生徒が腰掛けた。色素の薄い髪を首の後ろで一つに結んでいる。

 青く透き通るような目を持つ少女は祀莉に微笑みかけた。


「ごきげんよう、西園寺様。わたくしはおりりようと申します。諒華とお呼びください」

「西園寺祀莉です。わたくしのことは祀莉とお呼びください。よろしくお願いします」

「こちらこそ。校門でのさわぎ、すごかったですわね。まさか入学初日であんな……」


(わたくしの悪役令嬢っぷりがもう校内に広がっているのですね!)


 どうせ要がいろいろと手を回すだろうし、祀莉も印象の悪い令嬢として振る舞うつもりなので特に問題はない。

 責め立てにきた言葉も悪役令嬢っぽくつっけんどんに返してみせようと意気込んだ。


「──花園様にバシッと物申されるなんて」

「……え?」

「特待生を気遣ってあの場に戻られるなんて、お優しいんですね」


(あれ? あれぇ……??)


 目指していた〝ごうまんで自分勝手な令嬢〟はどこに行ってしまったのか。

 これを機にもっととげとげしい印象を強めておこうと思っていたのにひよう抜けだ。


「北条様がけいかいされるはずですわ」

「警戒は……されてますね」


 ──まさについさっき警戒されて、ここを動くなと念を押されたところです。

 今この瞬間だって控えの席から自分たちをじっと見ている。

 勝手に席を離れないか見張っているに違いない。


「まぁ、ご自分でおっしゃるなんて……さすがですわね」

 諒華は口に手を当てて、ふふ……と笑った。


(え? 〝さすが〟とはどういう意味なのでしょうか……?)

 言葉の意図がわからず首を傾げる。


「入学式が始まりそうですね」

「え、あ……はい」


 講堂の照明がゆっくりと落ちて、あたりは薄暗くなっていった。

 姿勢を正して前に向き直ると、落ち着きのある女性の声で式の始まりが告げられた。

 学園長、らいひん、生徒会長が入れ替わり立ち替わりだんじように上がる。

 そして──とうとう要の出番だ。

 名前を呼ばれた瞬間、周囲がどっといた。北条家の長男のお出ましだ。当然だろう。

 壇上に立った要の落ち着いた声が耳に届いた。


(それにしても、この椅子は座り心地がすごくいいですね……──)


 要の挨拶を聞いていたはずなのに、いつの間にか意識は途切れていた。


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