2-5



 部屋のすみにあるスピーカーから放送を開始する音が鳴った。

 この四方館も校舎あつかいなので、校内放送が聞こえるようになっているらしい。


『北条要様、北条要様。新入生代表控え室までお越しください。繰り返します──』


 放送の内容は要の呼び出しだった。

 新入生代表に選ばれている要は、桜と一緒に先生から式の大まかな説明を受けるのだ。

 その後に桜と二人で入学式まで親交を深め、恋が芽生え始める。


(照れながらも微笑ほほえみ合う二人──ぜひ覗き見たいです……!)

 あわよくば窓の外から覗き見れないだろうか。


「要、代表生徒の控え室ってどこにあるんですか?」

「控え室? ちょっと待て…………ここだ」


 要は華皇院学園のサイトへアクセスし、手早く学園内の見取り図を表示した。

 表示された講堂のすぐそばの部屋を指す。


(なるほど! ここでヒロインが待っているんですね!)


 きっと心細いに違いない。それを安心させるという大事な役目があるというのに、要はなぜこんなところでゆうちようにしているのか。


「放送で呼ばれてますよ。行かなくてよいのですか?」


 自分に添えられていた手を半ば無理やり外して要の前へ降りた。

 とがめるような祀莉のちゆうこくに、要はだるそうに椅子から立ち上がった。


「……できるだけギリギリまでここにいろ」

「え、なぜです?」

「いいから」


 疑問を返す祀莉に、要は理由も語らず一方的に言葉を放って四方館を後にした。

 逆らうとこわーい顔で睨まれるから、できれば従っておきたいが──


(時間ギリギリで講堂に行けば……バレませんよね!)


 数分後、要に対する恐怖よりも溢れんばかりの自分の欲望に従い、祀莉は四方館を出た。

 校舎沿いに歩きながら代表者控え室を目指す。


(わたくしの見ていないところでイチャつこうなんてずるいです!)


 物語の最後を見届けると決めたからには、全力でおうえんする。だからせめて二人がラブラブになるまでを見守らせてほしい。あの要がどんなふうにデレるのかも見物である。


(要の手が早かったらどうしましょう。でも、強引にせまられて断れないっていうのもいいですね。唇が触れる直前に先生が呼びにきて寸止め……なぁーんて!)


 祀莉のもうそうは止まらない。自然とニヤついてくる口元を隠しながら目的地を目指した。

 ──ここですね。

 四方館から控え室へのルートは頭の中に入っていたので、迷うことなく辿たどくことができた。そっと顔を覗かせてさっそく二人を観察……と思ったが、


(あら? この窓、室内の様子が見えませんね……)


 とてもれいみがかれている窓ガラスは、鏡のように外の景色を反射していた。

 なんとしてでも覗き見たい祀莉は、角度を変えながら窓の前を何度も往復する。



「──ねえ、君」


 急に声をかけられて飛び跳ねそうになった。

 かじりつくようにして見ていた窓から顔を離して、声の主の方に振り返る。


「どうしたの? 新入生だよね。もしかして迷った?」


 少し離れた場所にすらりと背の高い、眼鏡めがねをかけた男子生徒が立っていた。


(う……人がいるなんて気づきませんでした)


 それほどまでに夢中になっていたのだ。

 一つのことに集中してしまうと、周りが見えなくなってしまう。

 自分の悪いところだとわかってはいるものの、全くもって改善できていない。

 こんな場所でウロウロしているのだから、しんしやと間違えられても仕方がない。

 幸い彼は祀莉のことを道に迷った生徒と勘違いしてくれていた。


「えっと……その、はい。実は迷ってしまいまして……」


「へぇ……君、可愛いね。よかったら校舎を案内しようか?」

 男子生徒はようえんな笑みを浮かべ、祀莉に向かって足を進めた。


(いえ、そういうのは結構なんですが……)


 さて、どう断ろうかと考えている間も男は近づいてくる。

 何においても反応のにぶい祀莉。あまい匂いを感じて我に返ると、逃げてもすぐに捕まえられるほどに彼との距離が縮まっていた。

 祀莉の身長に合わせるように腰をかがめた彼は、甘く、いきまじりに囁いた。


「とっておきの場所があるんだけど──」


 ギュッと閉じた目蓋まぶたに息がかかり、ぞわっと体を震わせた。

(ひゃ────っ!! ち、近いですっ!! なんですかこの人!!)


 鈍い祀莉もさすがにこれはヤバいと感じた。

 ──逃げないと!

 しかし右の足元にはプラントボックスが置いてあり、左側は男子生徒の腕。後ろに下がりたくとも校舎ではばまれている。完全に逃げ場を失っていた。


(どうしましょ──っ!! 誰かぁああっ!)



 ──ガラッ


 背後の窓が乱暴な音を立てて開き、男子生徒の「げっ!」っという声が聞こえた。

 目を開けると、あんなに近かった男子生徒との間に距離ができていた。

 彼は「あっちゃー」という表情を浮かべ、追いつめられた犯人のように、手のひらを見せながら少しずつ後ろへ下がっていった。


「おい……」


 背後からのまがまがしいオーラ。反射的に震え出す体……嫌な予感がした。

 かくかくとした動作でおそおそる振り返ると、部屋の中から要が見下ろしていた。


(……っ!?)


 春になり、はだでる風はあたたかいものになったはずなのに、今この場に吹いている風はとてつもなく冷たく感じる。要の視線は離れた場所にいる男子生徒に移った。


「やぁ、要! 久しぶり。元気だったかぁ~?」


 祀莉越しに明るく声をかけた男子生徒は要の知り合いのようだった。

 片方の手を上げて軽く挨拶をする。鬼のような顔をした要に、どうしてこんなにも普通でいられるのか、祀莉は不思議で仕方がなかった。


「なんでお前がここにいる……」


(ひぃぃいい~~! バレましたっ!!)


 不機嫌な顔とドスの利いた低い声が、小学校で蓄積された要への恐怖を蘇らせた。

 ここから逃げ出したいが、金縛りにあったように体がこうちよくして足が動かない。

 窓から身を乗り出した要が、固まっている祀莉の腕を摑み、自分の方へと引き寄せた。


「い、いやっ……。放してっ」


 身をよじってこんしんの力で腕を引くと、摑んでいた手は簡単に離れた。

 代わりにわきの下に手を差し入れられる。


「ひゃあっ!?」


 くすぐったさに思わず声を上げてしまった。

 瞬間、地面から足が離れ、要に抱き上げられていた。


(なななな、なにっ……!?)


 突然のゆうかんに驚いて手足をばたつかせるが、必死の抵抗もむなしく、祀莉は簡単に窓から部屋に引きずり込まれてしまった。


「おい、要──」


 外にいた男子生徒をしやだんするかのように窓が閉まった。

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