2-4


***



「ここだ」

「ここは……なんですか?」


 学園の敷地内にあるとは思えない、豪華な造りをした施設だった。

 要が言うには限られた者だけが使用できる〝ほうかん〟という建物だそうだ。


(そんなものがあるとは聞いていましたが、まさかこれだとは……)


 この四方館はその昔、西園寺をはじめとする四大資産家の北条、とうだいなんじようがそれぞれ資金を出して作ったという。その親族の人間にのみ使用が許可されている特別棟。

 去年は南条家と東大寺家の生徒が好き勝手に使っていたが、二人が卒業したので今年利用できるのは祀莉と要だけである。

 この施設に入るにはIC機能つきの学生証が必要だと教えてもらった。

 すでに発行されている学生証で要は四方館のロックを外した。


「まぁ……」


 入った室内は、まるでホテルのようだった。

 一目で高級だとわかるソファーに大型のテレビ、そして最新のパソコン。

 おくにはキッチンスペースがあり、そこには大きな冷蔵庫まで備えつけられていた。


「何かしいものはあるか? 在学生が自由に物を置いていいらしいぞ」

「いえ、特に。これだけあれば十分……あ」

「なんだ? 何が欲しいんだ?」

ほんだなが欲しいです!」


 祀莉は中学になってから、たま~にだが、一人で家を出かけることを許してもらえるようになった。目的はただ一つ、読みたいまんと小説を買うこと。

 だが問題なのはその収納場所だ。

 今まで買った本は奥行きのある本棚の奥側の列にこっそりと隠すように収められている。

 見えないようにカムフラージュとして参考書や辞書を表に並べるてつていぶりだ。

 しかし、本を買ったはいいが売ることも捨てることもできずまっていく一方で、そろそろどうにかしないと……と思うほどに、本棚のスペースをせんりようしてきた。


「──なるほど。部屋にある本をこっちに移すつもりか」

「い、いけませんか?」


 要は祀莉が漫画、小説を好きだということを知っている。

 中学時代に思わぬ失態をやらかしてバレてしまった。

 もう終わりだ……と覚悟したが、それ以降なぜか彼は祀莉に協力してくれるのだ。


「いや、構わない。空いてるスペースに置けばいい。ただし卒業後はここには置いておけない、わかったか?」

「はい」


 卒業したら親の許可なしに古書店に売りに行ける。それまで預かってもらえるならありがたい。本棚が届いたら自宅の本もちょっとずつここに運ぼう。


(放課後はここに居座って読書を楽しむんです!)


 要はパソコンに近づき電源を入れていた。

 数秒ほどで立ち上がり、カチカチとマウスのクリック音が聞こえた。


「何をするんですか?」

「ネットで本棚を注文する。来い、お前が欲しいんだろう」


 要の肩越しにパソコンの画面をのぞき見る。画面にはすでにネットショッピングのページが開かれていた。ここまでやってもらえたら、後は自分好みの本棚を探すだけだ。

 要がを横に移動し、くるりと回転させて祀莉の方に向いた。

 席をゆずってくれるものだと思い、パソコンと椅子の間に立った──が、


「ひゃぁっ! あ、あれ? 要、あの……」


 なぜか祀莉は要と一緒にすわっている。一つの椅子を左右で半分こしているのではなく、深々とこしけている要のあしの間に座っている状態だ。


「俺も見る」

「なら、わたくしは隣の椅子に座りますので離してくださ──」

「この机に二つも椅子を並べたらきゆうくつだ」

「だったら後ろから見てますから」

「うるさい」


 祀莉の体を閉じ込めるように左右から腕が伸び、キーボードをたたいて検索らんに文字を打ち込み始めた。抗議しようにも背後からのあつで振り向くのも怖い。

 どちらにせよ、これ以上何を言ってもだろうとあきらめて、要に体重を預けた。


「……っ」


 急にのしかかってきた重さに驚いたのか、一瞬、要の体がこわった。


「ど、どうかしました……? やっぱり降りましょうか?」

「……いや」


 背中を預けたことが気にさわったのかと思い、要の前から降りようと申し出たが、祀莉を囲う腕はどうだにしなかった。要と同じ中等部に通っていた弟が言うには、要は全く女の子を自分に近づけさせなかったという。なのに今のこの体勢はなんだ。

 近づかせないどころか異様なほどのみつちやく具合である。

 きっと弟は婚約者である祀莉に気をつかってそう言っていたのだろう。

 要も男だ。女性に興味があるはず。

 これから桜とのイチャイチャらぶらぶライフをまんきつする未来が待っているのだから、積極的に動いてもらわなければ。


(さっきもいいふんでしたし……。ふふ、楽しみすぎます……)


 幸せそうな要と桜を思い浮かべ、祀莉は自分の世界に入り込んでいった。



 ──ペロッ


「ひゃんっ!! ちょっと何するんですか!?」

 自分の世界にトリップしていた祀莉は、突然のみような感触に我に返った。


(い、いい今、耳をめました!?)


 ぞわっとした感覚が耳から全身にめぐった。

 舐められた耳をおさえて振り向くとすぐそばに要の顔があり、飛び跳ねそうになった。


「お前、考えごとに集中すると本っ当、隙だらけになるな……。そのうち食われるぞ」

「な……っ。やめてください。怖い話と痛い話は苦手です!」


 全く真意が伝わっていない祀莉に、要は一瞬だけ苦い表情を浮かべ、前を指差した。


「本棚、いくつかピックアップしたからこの中からさっさと選べ」

「え、あ……はい」


 パソコンの画面にはリストアップされた本棚が並んでいた。

 ここに置いていてもカムフラージュできるように、大判の漫画が二列並べられる奥行きが欲しい。大きさを確認しながら上から順番に目を通した。


「あ! 要、これをくわしく見たいです」


 マウスが遠くにあって手が届かないので、気になった本棚を指す。

 要の手がマウスに伸び、画面上を動くカーソルが画像をクリックした。

 その動作で要の腕がお腹に回されていることに気がついた。

 左手はえられたまま動かない。

 いやらしい手つきではないので、ただ手の置き場所としてここにあるのだろう。

 変につっこんだらげんになって八つ当たりされそうなので、気づかないフリだ。


「おい。またぼーっとしてるのか? 画面を見ろ。この本棚でいいのか?」

「え、あっ、すみません。では、これでお願いします」

「わかった。なんなら漫画もこれで買えるぞ?」

「……いえ、れきが残るのはちょっと……」


 ネットでのこうにゆうは考えたことはあるが、届いた荷物を調べられるのは嫌だし、万が一誰かに履歴を見られたらと思うと怖い。

 だからショッピングセンターまで買いに行っているのだが、一度、要に見つかってからはなぜか彼も同行しようとする。ついてこないでと言ってもきかない。

 気づいたら後ろにいるという恐怖を何度も味わった。


「そうだな。また買いに行こう」


(別についてきてもらわなくても結構なんですが……!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る