2-3



 ──さあ、思う存分、運命を感じなさい。



 ふわり……と風が吹き、二人の間にうすべにいろの花びらが舞う。

 桜は目を見開いて要をぎようしていた。


(これは……ひとれですか! そうです! 絶対そうです!)


 祀莉はぼうかんしやとして観察するため、少しずつ後退して見物人の群れに合流した。

 気配を消して離れていった祀莉に二人は気づかない。


(それほどまでに、今は二人の世界に没頭しているんですね!)


 きっと胸の高鳴りで一目惚れのしゆんかんを迎えているのだろう。

 素早く二人の顔が見えるいい位置に移動した。周囲の生徒たちは祀莉の行動にいぶかしげな顔をしていたが、気にすることなく聴衆にまぎれ込んだ。

 一瞬たりとも見逃すまいと目を見開き、聞き耳を立てる。


「……お前は高等部からの新入生か?」

「はい。特待生枠で入学しました。えっと、この学園で一番のおえらいさんですか?」

「は……? いや……」


(あらあら、要が対応に困っています。家柄にうといヒロインにかれていくってやつですか……! ぐぅっ、ニヤついてはダメ、無表情をするのです!)


 会話をする二人を見て、ニヤつきそうになる顔を無表情に保とうと我慢した。

 ちょっとしたアクシデントもあったが出会いは上々だ。

 天然なヒロインに要は興味を持ったに違いない。すごくいい感じだ。


「あぁ、こいつは……っておい、祀莉。なんでそんなところにいるんだ」


 ──なぜ、わたくしを見るんですか。

 二人だけの世界に浸っていたのではなかったのか。

 こっちに来いと言われて仕方なく野次馬の群れから出た。

 近くまで足を進めると、ぐいっと手を引かれて要の横に並ぶように立たされた。


「こいつは西園寺祀莉。俺の婚約者だ」

「あら」


(なっ!? いきなり何言ってるんですかー! ヒロインも〝あら〟じゃないでしょ、〝あら〟じゃー!)


 大きな目をこぼれんばかりに見開いている顔はとても可愛らしい。

 できればそれは自分にではなくて要に向けてあげてほしいものだ。


(要もどうしてそんなことをわざわざ言うんですか!?)


 見物していた生徒は要の言葉を聞いて〝やっぱり!〟とささやき合っていた。

 どうせ婚約者ではなくなるから、あまりおおやけにはしてほしくなかったのだけど……。

 しかし変だ。どちらかというと要の方が、西園寺祀莉が自分の婚約者だという事実をかくしたがっていたはずなのでは?

 むしろそれは祀莉がヒロインをけんせいするために言うセリフだったと思うのだが……。


(えっ……と、どうでしたっけ……?)


 ……。

 あいまいにしか思い出せない。

 もしかしたら自分の勘違いかもしれないと結論づけて、この後の展開を思いかべた。


(出会って、特待生だと知って……なら、挨拶を任された代表生徒だってことで、控え室に案内しようかって話になって……このあたりまで覚えています)


 それ以降は読んでいるうちに気分が悪くなって本を取り上げられてしまった。

 小説の中の祀莉は〝わたくしも一緒に行く!〟とだだをこねていたような……。


(わたくしは別の意味でご一緒したいですけど!)


 とりあえず、読んだところまでは進んだ。後は本人たちを観察するしかない。

(要が控え室に案内するのを尾行しなくては……!)


 言葉を交わしている二人を見て、さらに期待をふくらませる。


「行くぞ」

「はい、どうぞ…………え?」


 桜と一緒に控え室に向かうのかと思いきや、先ほどから摑まれっぱなしの手を強引に引かれて校舎へと歩かされた。なぜだ。どんどん桜から遠ざかっている。

 彼女はぺこっとおをして同じ道をゆっくりと歩き始めた。


「あの……要。あの方はよろしいのですか?」

 他の生徒と見分けがつかなくなるほど距離をとってしまった桜を指して言った。


「は?」

 要はわけがわからないといった顔で振り向いた。


(〝は?〟じゃないですよ! せっかくヒロインを誘うチャンスだったのにー!!)


 いまいちピンときていない要に、とるべき対応を説明しなくては。


「だって特待生ですよ!? 要と同じ入学の挨拶をするんですよ? 緊張を解してあげなくては……そうです! 代表生徒のための控え室があるんですよね。そこへ案内して差し上げて……」

「お前はどうするんだ?」

「え? わたくしは……」


 ──まどからこっそり二人を見守っていたいと思っております!

 なんてことは言えないので適当にごまかす。


「えっと……式まで少し時間がありますので、校舎の外を散歩しようかと……」

「じゃあ、俺が案内してやる」


 昇降口へと進んでいた足が方向転換する。

 手を繫がれていた祀莉は要の後をよたよたと歩くしかなかった。


(ちょ……ちょっと! なんでそうなるんですかぁっ!)


 ようやくヒロインと出会えたというのに案内しないどころか、控え室にも行こうとしないとはどういうことだ。


(二人きりになれるチャンスをこうもあっさりほうするなんて……!)


 その足取りは一切の迷いがなく、昇降口からどんどん遠ざかっていく。

 まるで公園のような中庭を横目に通り過ぎ、校舎沿いに進んでいった。

 校舎の外を散歩すると言ったのは、窓の外にいてもし見つかったとしても、散歩中でしたと言い訳するため。本当に校舎の外を歩かされるとは思わなかった。


「あの、要。散歩はもういいですから、講堂か教室に行きませんか?」

「もうすぐ着く」

「……」


 質問に対しての答えが返ってこなかった。

 精いっぱいの勇気を振りしぼった祀莉の言葉を無視して要は歩き続ける。

 いったいどこに着くというのだろうか。

 何度もしつこく聞くと無言で睨まれることをよく知っている祀莉はだまって後に続いた。


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