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「──おい、着いたぞ。……祀莉? おい!」


 要が声をかけたが祀莉からの返事はなかった。ため息をついた要は、何度呼びかけても動く気配のない祀莉の手をつかみ、車から降ろした。考え込んでいる祀莉は基本、無抵抗。

 手を引かれればそれに従って体が動くことを彼は十分に知っていた。

 その様子はまるで要が祀莉をエスコートしているようだった。

 ゆうに歩いていく二人に、緊張した声で生徒たちはあいさつをして頭を下げる。

 挨拶にも気づかず、下を向いたまま考え込んでいる祀莉の姿は、入学初日で緊張しているように周りの目には映った。

 一度思考に集中し出したら、周りのことなど目に入らない。自分の世界に浸って行動がストップする祀莉をなんとかするのが、昔からの要の役目だった。

 それをわかっていない祀莉は今日もマイペースに過ごしていた。


(失礼な態度……? いったい彼女は何をしでかすのでしょうか……)


 要に手を引かれるまま、生徒たちの視線を浴びながら歩く祀莉。

 思考に夢中でヒロインの前を通り過ぎてしまっていることに全く気づいていなかった。

 そんな祀莉の耳に聞こえてきたのは、小さな声で会話する女子生徒たちの声だった。


「見ました? あの子、特待生の方ですわよね」

「えぇ。北条様が通られても頭を下げませんでしたわ」

「それに、しつけにじっと北条様を見つめてましたわよね!」

「まぁ、なんて失礼な態度かしら!」


 ────それです!!


 学園の王子様的存在の要が歩いているのに、挨拶もなくぼうぜんと見つめていたヒロイン。

 ライバルなら自分の婚約者をじっと見つめていることに腹を立てるにちがいない。

 要が北条家のおんぞうだと知らないヒロインは、どうしてみんなうやうやしく頭を下げているのか理解できるわけがない。ただ要を見ていただけなのに、いきなり初対面の令嬢のいかりを買うなんて困惑するに決まっている。


(そういうことだったんですね……って、あぁ!! もう門を過ぎてしまっています! ヒロインと要の出会いが……!)


 ようやく合点がいき、悪役令嬢としての役目を果たそうとしたが、思わぬミスをしていたことにようやく気づいた。あわてて体を反転させる。


「大変です。要、今すぐもどりましょう!」

「はぁ? 何言ってんだ……」

「いいから来てくださいっ!」


 つながれていた手を今度は祀莉が引っ張る。さっきまでぼーっとしていたのに急に引き返そうとはどういうことかと、疑問を持ちつつも要は従った。


(なんてことを……! 今からでもまだ間に合うでしょうか……)


 不安に思いながら校門に引き返すと、そこには小さな集団ができていた。

 気の強そうな女子生徒数人に囲まれて困っている女の子。

 間違いない。あの子がヒロインのすずはら桜だ。

 要の手を離し、注目の的となっている集団に近づいた。

 校門の近くでかんだかい複数の声が飛び交っている。


(どうしましょう……)


 口をはさすきすらないほどに、女子生徒たちは桜にせいを浴びせていた。

 この中に割って入る勇気がない。づきそうになりながらも自分にかつを入れた。


(いえ……こわがってはダメです!)

 祀莉は息を吸って、桜を囲んでいる女子生徒たちに向かって声を張り上げた。


「ちょっとあなた方、何をしているんですか!!」



 ──それはわたくしの役目なんです!



 そういう意味を込めて言う。

 とつぜんの制止の声に、その場にいた全員が祀莉に注目した。


「あら、こちら生徒が北条様のお通りなのに頭も下げず、失礼な態度でしたから注意していただけですわ」


 じやをされて立腹したリーダー格の女子生徒が祀莉に食ってかかった。

 彼女の言葉に取り巻きの二人が加勢する。


「そうですわ。あなた、見ない顔ですけど新入生かしら?」

「なら、はなぞの様には逆らわない方がよくてよ」


 花園様と呼ばれたリーダー格の女子生徒がふん、と笑って胸を張った。

 きつく巻かれた髪をハーフアップにしている。この令嬢の方がよほど悪役っぽい。

 西さいおん家の令嬢を見たらすぐに退散してくれると思っていたのだが、彼女たちは変わらず高飛車に振るっている。


(どうしましょう……)


 派手なしようで縁取られたするどい目でにらみつけられて、体が震えそうになった。


「──お前たち、何をしている」

「ほ、北条様……! あの、わたくしたちは……」


 いつの間にか祀莉の後ろには要が立っていた。

 桜から祀莉にターゲットを切り替えた女子生徒たちをいらったように見下ろしている。


「ひぃ……っ」


 さっきの態度はどこへやら。要の視線を受けた女子生徒は石のように固まった。

 自分からは見えないが、どんなふうに見下ろされているのかは想像がつく。


(あの目で見下ろされたらだれも逆らえませんからね……)

 かつての自分もそうだったように。


「もういい。行け」


 低い声で命令された女子生徒たちは深々と頭を下げ、後ずさるように去っていった。


(家のランクで態度が変わるとは聞いてましたけど、こんなにもあからさまだとは……)


 無言で女子生徒たちを見送った要は祀莉のとなりに立った。


「何を言われていたんだ?」

「いえ、わたくしではなくこちらの……」


 そう言いながら、罵声を受けていたヒロインへと視線を向けた。

 その視線を追って要も彼女を見た。

 目が合うと、耳の下でまとめられたツインテールがぴょこんと動いた。

 黒に近いげ茶色の髪がかたに当たってくるんと跳ねるように巻かれている。

 なんでもいいからケチをつけたいライバルは、そのくせをパーマと勘違いし、生意気だと言っていたことを思い出した。


 だが、そんなことはいい。今は大事な時なのだから。

 要のひとみに桜の姿が映し出される。


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