第2章

2-1



 あれから数カ月がち、とうとうこの日がやってきた。

 玄関ホールに置かれている姿見で身なりをチェックする。

 スカート、リボン、かみに乱れはない。制服は白を基調としたもので、地味でもなくでもない落ち着いたデザインが、品のある生徒だと印象づけていた。


 さて、今日は入学式。

 自分のよくぼうのために己をせいにしてハッピーエンドを目指すという、めちゃくちゃな目標を立てて、まつは家を出た。

 今日から新しい学園生活が始まるんだと、胸を高鳴らせて──。



「──よう、祀莉」

「!?」



 学園の送迎に用意された車へ向かおうと駐車場に足を向けた時、聞き覚えのある男の声が耳に届いた。トラウマをよみがえらせる声に全速力で逃げ出したくなったが、その気持ちをぐっと抑え込んで、声の主を見上げる。


(な、なんでいるんですか……!?)


 うららかな春の風に黒髪をなびかせたかれは口の端を上げて笑っていた。

 さわやかな笑顔ならいいが、祀莉には何か裏があるような笑みにしか見えない。

 しつこくの制服がそれをまたじように演出している。


「……かなめ


 ふるえるくちびるでその人物──幼なじみであり、婚約者でもあるほうじよう要の名前を口にした。


 父親同士の仲がよく、幼いころから要と会う機会は多かった。

 同じ小学校に入学させられ、六年間同じクラスで過ごした。当時から勉強もできればスポーツでも活躍を見せた彼は、この時すでに王様気取りでクラスを支配していた。

 生徒どころか先生までもが彼をおそれ、要の近くにいる祀莉にも近づかなくなった。

 おかげで小学校では友達ができず、六年間をどくに過ごしていたおくしかない。

 ──その男が目の前にいる。



「おはようございます、要。あの、どうして我が家に?」

「今日から同じ高校に通うんだ。お前が遅刻しないように毎日迎えにきてやる。ありがたく思え」


 そう言ってふくみのある笑みを向けてきた。


(……今日もおれさま全開ですね)


 口に出して言いたいが、それをするには祀莉は小心すぎた。

 昔から気の小さい祀莉は要に逆らえずにいる。

 いつ彼をおこらせるかと、ビクビクしながら過ごしていた記憶しかない。

 中学で離れた三年間、顔を合わせる回数がってようやくきようも薄らいだというのに。


(むしろ三年間でこくふくできた自分をめてあげたいです……)

 要の恐怖政治はトラウマものだった。


「ほら、行くぞ」

「……」


 一方的な言い方にムッとする。

 早くしろと目でうながされたが、どうにも一歩が踏み出せない。


(わたくしにとってはかなり勇気がいることなんですよ……!)


 いつまでたっても動かない祀莉に「仕方ねぇな……」と要がつぶやく。

 近づいてきた要にうでを引かれて、客人用の門の前に停まっていた北条家の車に乗り込む形となった。


(なぜ要といつしよに登校しなくてはならないのですか……)


 まぁでも、どうせこれが最初で最後だろう。

 今日だけのまんだと自分に言い聞かせて大人しく従った。

 家の体裁のために車を使っているだけなので、学園までのきよは遠くない。

 学園に近づいていると思うと、どうにも落ち着かなくてそわそわしてしまう。


「何きんちようしてんだよ。ただの入学式だろ?」

「だって……」


 これから何が起こるかなんて知らない要が、緊張した面持ちの祀莉を見て鼻で笑った。



(だってわたくしの出番がひかえているんですよ! あぅ……緊張してきました……)



 今日は要とヒロインが出会う重要な日。

 いったいどんなトキメキを見せてくれるのだろうか。

 冒頭しか読んでいなかったが、ヒロインは素直でわいらしいという印象の女の子だった。

 俺様で意地悪な要と並ぶとまるで対照的な二人だが、そこがまたいい。

 きっと純粋なヒロインが、要を変えていくのだろう。その過程が楽しみでならない。

 うっかりもだえたくなるのを我慢しながら、ライバルのれいじようを演じきれるだろうか。


(今日だけはしっかりやらなくては! 頭の中でシミュレーションしておきましょう!)


 かろうじて覚えている冒頭部分。そこでは失礼な態度をとったさくらに気を悪くした祀莉がかのじよりつける。いやたっぷりに、にくみたくなるほどに……。

 そんな悪役令嬢を演じないと、と意気込んだ──が、


(……失礼な態度ってなんでしょう?)


 小説はヒロイン視点で書かれていた。本人は失礼な態度をとったことに気づいていない。ただ要を見ていただけなのに、いきなり祀莉にしつされてこんわくしていた。


(失礼な態度……それがわからないと何もできないんですけど。えっ、わたくしは何をすればいいんでしょうか……!?)


 祀莉があせっている間に車は学園の校門前に停まった。


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