陽光の翼

 あの人は、大窓の枠に座っていた。

 真円に切り取られた夜明けを背にして、翼を広げている。久しぶりだと笑う顔には、明確な困惑があった。霧の御子に、南に来ないようにと伝言したはずだったそうだ。正反対の言葉を承ったとは黙っていよう。代わりに儀式の中止の理由を訊ねる。間違いだったんだとあの人は言った。朝焼けの陽光を受ける翼は、金朱色ではなく白金色だ。翼が伸びすぎたせいで期待させてしまったと、あの人は目を伏せる。雲の大宮殿より血が煮詰まってきていた神族からすれば、新しい血の同族は、何にも代えがたい事は理解できる。

 結局、この人は何に目覚めたのか。忘神わすれがみだった人は背の向こうを示す。ゆっくりと昇る太陽はちょうど、背中の少し上の位置にあって、後光に似た光り方をする。金烏族ですか。私が答えるとこくりと頷く。東の大水脈は遠いと言えば、水晶林からここほどじゃないと返される。あの古神は意外にも顔が広いらしい。この人に言わせれば、私は常に少数派の道を選ぶところがあるから、今の時期に火鳳の塔に来てしまうかもしれないと胸騒ぎがしたらしい。敵対者だと誤解を招かないよう、模造火を飲ませられて眷属にさせられないように、遠ざけた。この人らしいとは思うが、今は霧人形に感謝しよう。そういえば、明るくなってもこの部屋は、霧人形の服のように黒い。火鳳族の慶事の色は黒だったなと今更になって思い出す。

床に落ちた金烏の大きな羽根は、日差しを受けると貴金属の輝き方をする。枠から降り、きらきらと音を立てそうな自身の一部を摘まみ上げ、私に差し出す。旅に灯りは必要だ。水晶筒にいれて日光に当てていれば、夜は火の番をしなくて済む。新しい羽根までつけて渡してくれるのだから、受け取るしかない。折角だからと、羽根にこの人の息を吹きかけてもらう。加護付きのランタンが出来上がる。これだけあれば、私には十分だ。

 これからどこに向かうのかと、新しい金烏が問う。空はもう真っ青に晴れ渡っていた。西へ行くつもりだと答える。西果ての白砂漠まで行くかは分からないが。天界の外へ行くことはあるかと聞かれる。あるかもしれない。文明の廃墟となった灰色の世界や、水底に蠢く七領主の管轄地域も、興味を掻き立てられる。だが、どこに行くとしても、この灯りを携えていくことは約束する。私達には、それだけで良い。

扉は閉ざされ、窓は開いている。私達は目で合図をし、悪戯に笑う。大きすぎる翼は、あんまり軽いものを運ぶのに向いていないんだと嘯く。二度目の、一瞬の事だから、私は提案を受け入れる。互いの体温が伝わった。果ては見えない。一面の青空がそこにある。

 私達は、塔の外へと飛翔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天界素描 嵯峨野吉家 @toybox3104

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ