琥珀図書館
琥珀図書館はいつ来ても、変わり者しかいない。
不燃塗料で固めたこの施設は、壁や棚はもちろん、窓硝子から鍵穴に至るまで、全て琥珀色だ。雲の無い昼空も、ここから覗けば曖昧に色を曇らせる。黄昏時に訪ねれば、夕日が蜜色の光となって一面が黄金世界となるが、あまりに豊かな輝きが、却って色覚を苛むだろうから勧めはしない。収められている資料はといえば、これもやはり火を恐れて琥珀に染められているが、極めて価値が高いとは言えない。空想任せの論文や、私情を濾過せずに書かれた物語など、学術や美術から見れば二級の品ばかりが好んで集められている。それでも、利用者は、黄ばんだ紙を音もなくめくり、書物に没頭している。姿勢は実に様々だ。机と椅子に挟まれて読む者もいれば、敷物に端座する者もいる。本棚の上に寝そべって読む者や、階段の手摺に足をかけて宙ぶらりんの状態で読む者も叱られはしない。誰もが干渉することなく、琥珀の内に配置されている。
みんな真実が欲しくて必死なんだよ。事実よりもっと本当で、大切なものを思い出したいんだ。
そう言ったのは確か、館長の
目覚め損ねた私達は、自分で起き上がるしかないって、あんたも気が付いてるだろう。人の姿のほかにもう一つ、翼か、四足か、それ以外の姿を見つけないともう、目覚める事さえ許されない。
一理、或いは真理が含まれた言葉なのかもしれないが、私は頷けなかった。あの日、確かに私は変わらなかった。しかしそれは、元来の構造故だろう。あの人は翼を得たが、私は違った。それだけの話だ。
午睡猫は怜悧と偏執が並立している。たった一人で莫大な資料を収集するだけでなく、一頁も欠かさず丁寧に琥珀色で梱包し、年代・形状・主題に合わせて毎朝排列する。琥珀図書館は午睡猫の最後の砦なのだろう。館主は堅牢な壁を巡らせ、砦に劣らぬ建築を築き、油断なく内部を整える。塗料により変質した書籍は、しなやかで硬質だ。素人の扱いでも攻守どちらにも用いることが出来る。この砦を愛する利用者は忽ち兵士に変わり、館長の指揮に従う。琥珀鎧の図書要塞を午睡猫は一人で作り上げた。問題は、どれだけ時が経とうと、誰もここを攻めないということだ。
光が橙に色づき始めてきた。色付き窓は時間の感覚まで曇らせる。結局、背表紙を眺めただけで終わってしまった。いつも通りだ。玄関へ向かうと、貸出口の午睡猫に見つかった。曲線を多用した看板の下で、薄い唇が、音もなく弧を描く。小さく開きかけた口を視界から外すように、私は黙って手を振り、足早に立ち去った。
まだ、琥珀の内に飾られたくはない。
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