088話 受付嬢の秘密


 <災厄の魔物>。

 1年前に突如としてダンジョンに現れたそいつは、俺がダンジョンの奥で見捨てられる原因となった。


 それは、魔族メルカディアが謎の魔族崇拝者に頼まれて呼び寄せた魔物だった。


 <災厄の魔物>が現れてからは、ダンジョンの奥を攻略できる冒険者はこの街にはいなくなった。

 この街の冒険者の腕前は、せいぜいよくてCランク止まり。

 とても<災厄の魔物>に立ち向かえる連中ではなかったからだ。


「まず、この街にどうしてCランクまでの冒険者しかいないか、理由をご存知ですか?」


 俺にそう尋ねるサイリスさんの表情は暗い。


「Bランクへの昇格の条件に、ダンジョンの踏破があるから……ですか?」


「そのとおりです。この街の近くのダンジョンは<深碧しんぺきの樹海>ただ1つ。そして、それを踏破しようとする冒険者を、この街は徹底的に排除してきました。街の経済のためにです」


 サイリスさんは自分の罪を懺悔するかのように言った。


「それは、この身で嫌になるぐらい分からされました」


 ダンジョン踏破の申請を出したとたん、街中が敵に回ってしまった。

 全部、モーゼス議長の仕業だ。


「そして、皆さんには謝らないといけないんですが、冒険者ギルドが悪事に加担していることは、私も気づいていました。けれど、私にはそれを告発する勇気がありませんでした」


「もしかして、勇者パーティーに助けを求めたのって……」


「はい、私の独断です。カイさんが<災厄の魔物>に襲われて行方不明となったと聞いた時、私はこれまで自分がやっていたことを後悔しました。自分が直接関与していなくても、ギルドがやっている悪事を見て見ぬふりするのは、その悪事に加担しているのと同じことだと気づいたんです」


「なるほど、よそ者である勇者パーティーに全ての悪事を暴いてほしかったんですね。けれども、勇者たちは<災厄の魔物>に敗北した……」


「ええ、そしてカイ君が帰ってきた。カイ君、1年ぶりに帰還したとき、私が事情聴取をしたのは覚えていますか?」


 そういえば、そんなこともあった。

 つい数日前のことなのに、もうずいぶん昔に感じる。


「サイリスさんが嘘発見器をバンバン叩いてた、アレですね」


「アレはわざとです。あの時、隠したい、やましいことがあったのは、私の方なんです」


 そうしてサイリスさんは、あの時に知っていた秘密を全て語った。


 <災厄の魔物>の出現にギルドが関わっていること。

 そのギルドをサイリスさんが密かに裏切り、書類を捏造して勇者パーティーに助けを求めたこと。

 かけつけた勇者の正体が俺の妹であると知ったこと。

 俺が生きてるとリアが知ったら冒険を辞めてしまい、勇者にこの街のダンジョンを破壊してもらうというサイリスさんの計画が失敗してしまうため、2人が出会わないようにしていたこと。


 諸々もろもろの秘密を全て語った後、サイリスさんは「結局は失敗してしまいましたが」と悔しそうに言葉をこぼした。


「失敗なんてしてませんよ」


「え……?」


「サイリスさんが助けを求めたからこそ、俺はリアと再会できたんです。勇者にして、Bランク冒険者であるリアと!」


「どういうことですか?」


「元凶を叩けばいいんですよ。モーゼス議長を、俺たちの手で倒せばいいんです」


「でも、そんなことをしたら、カイ君は犯罪者として国を追われる身になりますよ。冒険者が出来るのは、ギルドが出した依頼の範囲内だけです。モーゼス議長が冒険者ギルドを影で支配する限り、冒険者はモーゼス議長に勝てないんです」


「お忘れですか、Bランク冒険者には緊急対応クエストが出来ることを」


 Bランク以上の冒険者は、異常事態を現場で処理したとき、ギルドから認可が降りればクエスト達成扱いになる権限が与えられる。

 聖女の兄、大剣のフェリクスが俺たちと一緒にメルカディアやその配下を撃退したときに使った手だ。


 そして、街のトップが魔族崇拝者であり魔族の力を借りてるというのは、どう考えても異常事態だ。

 街を操る魔族崇拝者を、勇者や聖女たちとともに成敗する。

 これ以上の大義名分があるだろうか。


「そっか、さすがお兄ちゃんは悪知恵が働くね。倒した後で、そういう依頼クエストがあったことにできるんだ」


「ただ、もし魔族崇拝の確たる証拠が見つからなかったら、そのときはリアたちも破滅することになる」


 俺の心配をよそに、聖女プリセアが得意顔を向けてきた。


「ふっふー。心配は御無用だよお兄さん。こんなこともあろうかと、フェリクス兄さんとアーダインに、既にモーゼス上水道の管理小屋を調べて貰ってるんだ」


「勇者パーティーの他のメンバーがいないと思ったけど、そうか、別行動してくれていたのか!」


 そこに大賢者パーシェンの名前が無いということは、あいつはもう敵に回ったと考えていいだろう。


 プリセアは<風精霊の花言葉>を取り出して、通信を始めた。


「もしもし、兄さん? 私だよ。こっちは片付いた。そっちの首尾はどう? ……えっ!?」


 珍しく、プリセアが心底驚いたような表情を浮かべた。

 そしてそのままの表情で、俺とリアを見る。


「プリセア、フェリクスたちに何があったんだ?」


「……既に交戦して、敗北。いまは戦闘不能で身を潜めている状態だって」


「待ってくれ、じゃあモーゼス議長はBランク冒険者を撃退するような相手だって言うのか?」


「お兄さんも、もう予想はついてるでしょ? いま、フェリクス兄さんが教えてくれた。モーゼス議長の正体は、魔王から力を授かった使徒だってさ」


「魔王の……使徒……」


 不思議はない。

 むしろ納得がいった。


 ゴメスダでさえ使徒になっていたのだ。

 奴らの親玉が使徒になっていないはずがない。    


「カイさん、どうするんですか?」


「モーゼス議長が俺たちの考えに気づいて身を隠すかもしれない。そうなる前に、やつを倒すんだ。リアを泣かせた恨み、しっかりと晴らさせてもらうぞ!」

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