087話 元凶


 俺は愛してるゲームで勇者モードのリアに勝利した。


 どうやら依頼が失敗しても勇者モードは解けるようだ。

 正気に戻ったリアは俺に謝りながら泣いていた。


「お兄ちゃん、本当にごめんなさい! 自分でも、どうしてこんなことになるのか分からなくて、でも、お兄ちゃんが無事で本当によかった……!」


「気にするな。誰も傷つかなかったんだから、それでいいじゃないか」


 俺はリアを慰める。

 そんな俺に、仲間から冷ややかな目が向けられた。


「そうですよね。カイさんからすれば、そういう感想になりますよね。いえ、いいんです。誰も怪我をしていないのは事実ですから」


「まったく、延々と甘々空間を見せつけおって。口から砂糖が出るかと思ったわ。おかげで、しばらく魔王の呪いの心配をする必要はなさそうじゃがな」


 なんかここ最近、仲間からの視線が冷たい。

 ディーピーに目線で助けを求めるも、「やれやれだぜ」とそっぽを向かれてしまった。


「それで、リア。いったい何があったんだ」


 気を取り直して、リアに事情を聞く。

 リアは気まずそうに、朝からの経緯を説明した。


 話をまとめると、こうだ。


 朝、リアは俺たちの宿に向かう途中で、冒険者ギルド長に声をかけられる。

 そして、困っているから一緒に来てくれとお願いされた。


 請われるがままにホイホイついっていった先は、デートで立ち寄ったレストラン。

 その2階には、モーゼス議長が待ち構えていた。


 そこで、俺の活動がどれだけ街の人達を困るのかという長い演説を聞かされた後、街のために俺を退治してくれとお願いされたのだ。

 ご丁寧に商店街の皆様なども招集しており、次々に懇願こんがんされるうちに勇者モードになってしまったそうだ。


「リア、怪しいおじさんには付いていくなって、何度も言っただろう?」


「ち、ちがうもん! 好きでやってるわけじゃないもん!」


「んー、でも妙だよね」


 聖女プリセアが不思議そうに言った。


「何がだ?」


「だって、勇者様にお願いした人たち、まるでそうすれば勇者様は動くって知っていたみたい。わざわざ商店街の人たち集めたりしてさ。普通はそんなことお願いしないよ」


「確かにそうだな……。リアの勇者モードのこと、どのくらい知れ渡ってるんだ?」


「お兄さんたちを除けば、私と勇者様だけだよ。神聖教団の大司祭でさえ、知らないと思う。ずっと2人だけの秘密だったの」


「パーティーとして一緒にいたら気づく可能性はあるか?」


「うーん。洞察力が高ければ気づく可能性はあるけど……。でも、それってもしかして」


 俺の脳裏には、大賢者パーシェンの姿が浮かんでいた。

 あいつは何かと俺にちょっかいをかけてきた。

 今回の件に絡んでいても不思議ではない。


「ああ。実は大賢者パーシェンなんだが……」


 そして俺は、パーシェンとのこれまでの確執かくしつのことを、リアたちに説明した。

 リアは話を聞いて、かんかんに怒った。


「なにそれ! お兄ちゃん、なんでもっと早く言わないの!」


「男同士の暗黙の約束ってのがあるんだよ」


「意味分かんない!」


「あんまりカリカリすると、よくないものを呼び寄せるぞ」


「ふーん。そのよくないものって、メルのことかしら? このクソ人間」


「そうだ、よく分かってるじゃないか」


 最近はもう、唐突に現れる魔族メルカディアにも慣れっこだ。

 だがリアはそうではないようで、驚いてサッと俺の後ろに隠れた。

 おい、魔族特攻の勇者がそれでいいのか?


「前から不思議だったんだけど、お兄ちゃん、なんで魔族が現れたのに落ち着いてるの……?」


「なんでって、こいつがいきなり現れるのは、もういつものことだからな。でもそういや、なんでお前は俺たちの前に現れるんだ?」


 同じ魔族でも、師匠のマーナリアとこのメスガキではだいぶ在り方が違う気がする。


「なんでって……感情エネルギーは近くにいないと採取できないからよ。魔力パスが繋がっていれば別だけどね」


「魔力パス?」


「うーん、ザックリ言うと使徒化のことなんだけど……そうね、いい機会かも。クソ人間に、使徒が何なのか、その身でたっぷりと味あわせてあげる」


 メルカディアはそう言って妖艶ようえんに笑った。


「何をするつもりだ!」


 まさか、気まぐれな魔族のメルカディアが、ついにまた俺たちと敵対するつもりなのか!?


「使徒についてしっかりと説明してあげるわ! メルが作ったスライドでね!」


 何を言ってんだコイツ。

 メルカディアが指を鳴らすと、空中に文字が浮かび上がる。

 見れば、「使徒になる10のメリット」という胡散臭い文言が並べられていた。


「モニターのスライドが見づらい人のために、紙の資料も用意したのよ! さあ、手に取ってご覧になるといいわ!」


 メルカディアはそう言って、俺達に変な紙を配っていく。

 何をやってんだコイツ。


「ゴミを配るな、ゴミを」


「ああ、ちょっと! このクソ人間、メルの徹夜の成果を惜しげもなく投げ捨てないでよ!」


 いらんことに努力を使ってるなあ。

 聖女プリセアは配られたスライドをぺらぺらとめくる。


「えーと、何々。残念ながら人間はどんなに治癒魔術を使っても150歳までしか生きられません。これは人間のもつ回復力が徐々に低下するからです。DNAメチル化を利用した分析によると自然寿命はもっと短く……」


「こらこらこらこら。聖女が魔族の書いたものを読むな!」


「素人質問で恐縮なんだけど、このデータを持ってくるにあたって、現生人類と古代人が生物学的に同等であることを証明する必要があると思うんだけど、何か根拠があるのかな?」


「こらこらこらこら。話を盛り上げるな」


「カイさん、あたしは字が読めないので、この紙は今度の焚き火のときの種火起こしに使いましょう!」


「よし! ラミリィは賢いな!」


「ちょっとクソ人間! 前から思ってたけど、メルにだけあたりが強くない!?」


 メルカディアが俺をにらみつける。

 何か勘違いしているようだから、いい機会だし言っておこう。


「あたりまえだろ。お前は人間を使徒にして俺たちにけしかけた・・・・・前科がある。そういえば<災厄の魔物>がダンジョンに現れたのも、お前の仕業だったよな」


「そういう言い方は酷くない? メル、人間に頼まれたからやってるんだけど」


 こいつ、いま何て言った?


「おい、誰かがお前に、人間を使徒にしたり、<災厄の魔物>を呼び出したりするよう頼んだのか? 頼んだのは誰だったか、分かるか?」


「分かるわけないでしょ、<魔導交信術マギ・チャネリング>だと声しか聞こえないんだから」


「<魔導交信術マギ・チャネリング>っていうと……、魔族崇拝者の儀式のひとつか!」


 前に俺が倒した<災厄の魔物>について、ひとつ疑問点があったんだ。

 どうして<災厄の魔物>は1年間、ずっとあの場所にいたのか。


 1年前、俺は<災厄の魔物>から逃げ出すしかなかった。

 それからマーナリアとの修行を終えて強くなった俺は、<災厄の魔物>を倒した。

 その間、とくに<災厄の魔物>が暴れまわったりした様子は無かった。


「なあ、メルカディア。あの<災厄の魔物>は、ダンジョンを攻略させないために配備したのか?」


「ええ、そうよ。だってそう頼まれたんだもの。メルにとっても都合が良かったから、一番いいのを呼び出したわ」


 魔族メルカディアに、人間がダンジョンを突破しないようお願いする魔族崇拝者。

 何者かの使徒となった、<闇討ちのゴメスダ>。

 彼が所属している組織を影で操っていたのは、モーゼス議長。

 そのモーゼス議長は、俺たちにダンジョンを踏破させまいと必死になっている。


 これまでの出来事の全てのピースがガッチリとはまっていく感覚がある。

 この地に魔族を召喚し、<災厄の魔物>を呼び出した黒幕、全ての元凶である魔族崇拝者の正体はモーゼス議長なのではないか。


 でも分からないこともある。


「どうして冒険者ギルドは、勇者パーティーに助けを求めたんだ?」


 冒険者ギルドとモーゼス議長も裏で繋がっている。

 ギルド長のジェイコフも、勇者に<災厄の魔物>を倒されると困る立場のはずだ。


 その答えは、意外な人物が持っていた。


「それについては、私が説明しましょう」


 そう言ったのは、受付嬢のサイリスさんだった。

 そういえば、聖女が審判役として連れてきてくれてたんだった。


「サイリスさん、何か知っているんですか?」


「知っているも何も……勇者様たちに助けを求めたのは、私です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る