086話 妹とのドキドキ☆愛してるゲーム
「さあ、始まりました! 勇者対カイ選手の、愛してるゲーム勝負! 実況はわたくし、聖女プリセアが務めさせていただきますっ!」
プリセアのノリノリな声が草原に響く。
どこから用意したのか、<
「解説は冒険者ギルド受付嬢のサイリスさんです。サイリスさん、今日はよろしくお願いします」
「いきなりよろしくお願いされても困るのですが」
「さて、今回の対戦ですが、両陣営ともに最高のカードを切ってきましたね。どんな戦いになるか、今から楽しみです。サイリスさんは今回の勝負、どう見ますか?」
「冒険者の方々って、悩みがなさそうで羨ましいですね」
違うんです、サイリスさん。
その聖女がノリノリなだけなんです。
高みの見物を楽しんでいる聖女は放置して、俺は改めて勇者リアに向き直った。
「さて、ここまでで何かルールに質問はあるか?」
「ルール以外のところで質問だらけなんだけど」
「ルールを理解したなら、さっそく勝負開始だ! リア、先攻はお前に譲るぞ!」
「へっ? えっえっ!?」
俺がリアを指差すと、リアは慌てだした。
押しと勢いに弱くて流されがちなのは、勇者モードでも変わらずか。
「さあ、さっそく勝負が始まりました! 3分以内に愛してるの言葉を一度も言わなかった場合、その時点で勇者様の失格負けとなります!」
聖女プリセアが畳み掛けるように言う。
どうやらこの聖女もリアの扱い方を熟知しているようだ。
「あ、あ、あ、あいしてるっ!!」
その場の空気に押されて、ついにリアが愛してるゲームに参加した。
「もう1回」
「えっ、なんでっ!? 言ったじゃん! 私、ちゃんと言ったじゃん!」
「ルールですよ、勇者様! 攻め手は受け手に求められる限り、時間内に何度でも愛の言葉を言わなくてはなりません!」
実況のプリセアがすかさず補足の説明を入れる。
「そういうわけだ。ほら、もう1回」
「あ……えっと……、ほら、冷静に考えておかしくない? なんでこんなヘンテコなルールで決闘してるの? こんな素っ頓狂なやり方じゃなくて、正々堂々と暴力で白黒つけようよ」
「どうした、勇者様ともあろう御方が、照れ隠しか?」
「そそそ、そんなんじゃないもん! 変な勘違いしないでよ!」
ピピーッ!
突如、プリセアが笛を鳴らした。
そして、砂時計を横に倒し、時間が進まないようにする。
「今の勇者様の言動に、審議が入りました。審判の方々は、勇者様が照れたと感じたなら挙手をお願いします」
プリセアは言いながら自分で手を挙げる。
それに追従するように、ロリーナも手を挙げた。
「うむ、今のは実に奥ゆかしいツンデレ仕草であった。古典的ではあるが、文脈が異なるところに新規性を感じるのう。温故知新といったところじゃな」
ロリーナ、なにいってるの。
ちなみにサイリスさんはノリについていけず、困惑しているようだ。
ともかく、これでリアに2ポイントが入った。
砂時計が再び動き出し、ゲームが続行される。
「あと3ポイント入ったら敗北だぞ、勇者様! 無様に敗北するか、俺に愛してると言うか選ぶんだな、へへっ!」
わざとらしくリアを挑発する。
もちろん、理由があっての行動だ。
「うわぁ……、あの人、実の妹に向かって何言ってるのかな」
「脅し方が、三下のチンピラのそれなんじゃよな」
審判たちがヒソヒソと俺の陰口をたたいた。
いいもん、最終的に勝てばいいんだもん。
「お兄ちゃん、あんまり私をバカにしないでよね!」
「じゃあ愛してるって10回言って」
「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるアイシテルアイシテルアイシテル……はい10回!」
「じゃあここは?」
すかさず俺は
間髪入れずにリアがそれに答える。
「ひじ! お兄ちゃん、やっぱり私をからかってるでしょ!」
昔は簡単にひっかかったんだけどなー。
「そんなことないさ。昔を思い出して、懐かしくなったよ。前はよく、2人で遊んだもんな」
「……そういう生活を投げ捨てたのは、お兄ちゃんでしょ」
「でも、お前はそんな俺に愛想をつかさずに、こんな辺境の街まで探しに来てくれたんだよな。ありがとな、リア」
「……別に、私が好きでやったことだし。お兄ちゃんには関係ないし」
「じゃあもう1回、愛してるって言って欲しいな」
「はぁ? 別にお兄ちゃんのことなんか、全然好きじゃないもん。むしろ、恨みつらみのほうが山ほど溜まってるもん。だいたい、お兄ちゃんって他人のこと考えてるようで、実際には自分のやりたいことやってるだけじゃん。振り回される私の身にもなってよ」
「リア、これは愛してるゲームだから、愛の言葉をささやけばいいだけなんだぞ?」
「あ──」
ただのゲームに熱が入ってしまったことに気づいたリアは、そのまま硬直した。
よし、あとひと押しだ。
「ところでリア。さっきから俺のこと愛してる愛してるって、人前でそんなこと言って、恥ずかしくないのか?」
これは禁じ手だとは思うが、確実な勝利のためだ。
リアに、自分の言動を振り返らせて恥ずかしがらせる。
「おおお、お兄ちゃんが言わせたんでしょっ!!」
効果はてきめんで、リアは顔を真っ赤にして反論した。
勝った!
これは満場一致で照れたという判定になるだろう!
「審判、これはどう思う!?」
だが、俺の目論見は外れてしまった。
審判たちが、冷ややかな目で俺を見ていたのだ。
「正直、いまのは反則だと思うなー。愛の言葉で照れさせたんじゃなくて、羞恥心を
「カイ、おぬしもう少し妹に優しくしてやったらどうじゃ?」
「もしかして、カイさんって女の敵なのではないかと思い始めてきました」
まさかの0ポイントだった。
それどころか、審判たちの心証を下げてしまった。
必勝のつもりだった策で、逆に
でも皆、ちょっと待って。
悪者の罠で敵になってしまったリアを、剣を交えることなく敗北させるってのが、このゲームの趣旨だからね?
なんか皆、目が本気になってない?
「プリセア、その……大丈夫なんだよな?」
俺の意図がちゃんと伝わっているか心配になって、思わずプリセアに聞いた。
聖女は親指をグッと立てて返事をした。
「私、気づいたんだけど、これ長引かせたほうが2人の面白行動が見れるよね!」
「おもしろ系の行動に体張るのはいいけど、今は勘弁してくれっ!」
「おっと攻守交代だね! それじゃあ、今度はカイさんが攻め手だよ!」
俺のクレームを無視して、プリセアは砂時計をひっくり返した。
どうやら正攻法で勝たないといけないようだ。
だが、それでも俺のほうが有利なことに変わりはない。
なぜなら、俺はマーナリアのもとで、愛情に耐える修行を積んできたからだ。
ありがとうマーナリア。
やはりあの修行は俺を騙しているわけじゃなかったんだな!
「リア、俺が黙って村を飛び出したのは、皆を巻き込みたくなかったからだよ。俺はお前のことをいつも考えていた。愛してるよ、リア」
「べ、別にっ! 無事でいてくれたから、村を飛び出したことは、もう気にしてないし。お兄ちゃんならいつかはやるだろうなって思ってたもん」
「そうだな、いつだってお前は俺の一番の理解者でいてくれた。そういうところも好きだよ」
「待って、そういう言い方はズルくない? なんでそんな言葉がスルスルと出てくるようになってるの!? お兄ちゃん、私の知らない間に何があったの!?」
「単に自分の気持ちを素直に言えるようになっただけさ。リア、愛してる」
「待って待って、求めてもないのに何度も愛してるって言わないで!」
「どうして? 理由を教えてほしいな」
「だってだってだって……ああ、もうっ!!」
ピピーッ!
そこで審判のプリセアが笛を吹いた。
「ここで判定に入りたいと思います。選手が照れていたと思った審判は挙手を!」
プリセアの合図に、サイリスさんが素早く手を挙げた。
「この狂った空間から1秒でも早く逃げ出したいので、さっさとポイントを入れて終わらせましょう」
「なるほど、勇者様に1ポイントですね。これで勇者様は3ポイントとなりました!」
続いて、ロリーナも手を挙げる。
プリセアはそれを見て「おおっ」と声をあげた。
「もう1ポイント入りました! 勇者様4ポイント! もう後がありません!」
だがロリーナは静かに首を横に振った。
「ちょっと待つのじゃ。何も妾は勇者にだけポイントを入れたいわけではない」
「おおっと! まさか、カイさんにも照れポイントがあったということですか!?」
「うむ、あやつは自分では気づいていないようじゃが、照れている時に頭を掻く癖がある。それに、言葉遣いも地が出ておった……。あやつが照れているのは確実じゃ!」
「これは、なんという理解度! まさに仲間との絆がなせる技と言ってもよいでしょう! カイ選手にも1ポイント入りました! 勇者様は追い込まれてますが、まだ勝負は分かりませんよ!」
その仲間との絆、自殺点になってるんだよなぁ。
とはいえ、圧倒的にリードしているのは確かだ。
あと1ポイント照れさせれば、俺の勝ちだ。
「なあ、リア……いや、勇者様。まだ俺を退治するつもりでいるのか?」
それと同時に、この作戦のもうひとつの目的も確認しておく。
こんなバカな作戦を強行したのには、リアの状態を確かめる理由もあった。
勇者モードのリアは、自分で自分を制御できるのか。
「わかんないの……自分で自分がわかんない。今でもお兄ちゃんを倒さなきゃって思ってる。でも、そんなの絶対におかしいって認識はあるの。ねえ、お兄ちゃん。私、自分で自分が怖い。だって、これから何をしでかすのか、わからないんだもん……」
予想通りだ。
勇者モードでもリアはリアとしての自意識はある。
けれども、勇者としての宿命を止められるわけではないようだ。
そもそも俺の言葉に照れるというのは、リアの感情だ。
勝利だけを求める勇者であれば、俺の言葉に心を動かされるはずがない。
そして同時に、制御が出来るなら、リアは自分の意志で負ければよかった。
ちょっぴり内心では、俺の言葉でリアが我に返ってくれることを期待していたが、そこまで都合のいい展開にはならないようだ。
「リア、怖がる必要はない。お兄ちゃんがなんとかしてやるからな」
「お兄ちゃんは、私が怖くないの? 私、お兄ちゃんを殺そうって気持ちが湧いてるんだよ? それを自分で抑えられないんだよ? そんな人間になっちゃった私を、怖がらないの?」
「怖がるわけないだろ。だってお兄ちゃんは、お前のことが大好きなんだからさ」
「ほんと、お兄ちゃんはズルいな。それに、お兄ちゃんも変わったよね。前はそんなこと、絶対に口にしなかったのにさ。まったく、聞いてるこっちが恥ずかしいよ……」
そうして、リアは照れていることを自白した。
その一言で、愛してるゲームの勝敗は決した。
こうして俺は、誰も傷つけることなく、勇者リアの襲撃を退けた。
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