085話 勇者リア・リンデンドルフ⑥


 モーゼス議長の策略により、勇者のリアが敵になった。

 俺はリアを迎え撃つため、街の近くの草原で勇者パーティーを待った。


「カイさん、本当に大丈夫なんですか?」


 ラミリィが心配そうに俺の顔色をうかがう。


「ああ、勇者は確かに世界最強のジョブだし、聖剣を持ったリア相手だと勝ち目がないだろうな。だけど、相手は人々を守ろうとしている勇者だ。付け入る隙はいくらでもあるさ」


 俺の強気な態度に、ロリーナが批難するような目を向けた。


「そういうことではないぞ。おぬし、本当に分かっておるのか? 妹と、今度は真剣で戦うことになるのじゃぞ」


「え、真剣で? なんでわざわざ、自分から不利な戦いを挑まなきゃいけないのさ」


「む……?」


「そのかわり、今回の戦いでは皆に辛い役目を押し付けることになる。それは先に謝っておくよ」


 今回の作戦を説明しようとしたところで、勇者パーティーが草原に姿を現した。


「ごめん、説明は無しだ。リアに聞かれたら、全部台無しになる」


「わ、わかりました! それにあたしはもう、カイさんが何を言っても驚きません! 慣れました!」


 ラミリィの頼もしい言葉を背に受けて、俺は勇者と対峙した。

 勇者の横には、リアをなだめている聖女プリセアがいる。


 さらにその横には、冒険者ギルドの受付嬢のサイリスさんが並んでいた。

 サイリスさんは、なんで自分がここにいるのか分からなさそうな表情をしている。

 どうやら、関係者以外の人を連れてきて欲しいと頼んだ結果、プリセアはサイリスさんを選んだようだ。


 俺の視線に気づいたのか、プリセアは抗議するように言った。


「し、しかたないでしょ! この街の知り合いなんて、ろくにいないんだから!」


「な、なんかごめん。でも、かえって好都合だったかもしれない」


「好都合?」「お兄ちゃん!」


 プリセアの言葉を遮るように、リアが一歩前に出た。


「ごめんね、街の人にお兄ちゃんを退治して欲しいって頼まれたの。抵抗しなければ、一瞬で終わらせてあげる。だから、大人しくしていてね」


 リアらしからぬ台詞に、誰もが驚いた。

 それもそのはず。

 俺が死んだと知って酷く取り乱していた少女が、今度は俺を殺すと言っているのだから。


「なるほど、勇者様・・・の言い分は分かったよ。だけど、忘れてないか? 俺は一度、お前に決闘で勝ったんだぞ。それなのに、また挑んでくるなんて、勇者としてどうなんだ?」


「あの時は個人的な決闘だった。だけど今回は、街の皆のための戦いだよ」


「だから俺を討伐するってか。忘れたのか、冒険者同士の身勝手な私闘は厳禁だってこと。それとも、また俺に決闘を挑むってのか?」


「……そういうことになるね。幸い、立会人となるギルド職員もここにいるし」


「俺は前の決闘に勝って、冒険を続ける権利を得たはずなんだけどな。勇者様ってのは、ずいぶん身勝手なんだな」


「うっ。だ、だけど……これは街の皆の生活を守るための戦いだから、私は後には引けないの!」


 リアはそう言って、さらに前に出た。

 自分は勇者なのだと言い聞かせるような振る舞い。

 その動きは、あまりにも不用心だった。


 なるほど、リアがどうして<災厄の魔物>に負けたのか不思議だったが、なんとなく理解した。

 リア本人の心情に迷いがあると、勇者モードでも動きがぎこちなくなるのか。


 むしろ、勇者モードのほうが影響が大きいのかもしれない。

 なにせ勇者モードは、リア本人の人格を無視して、リアを勇者らしく振る舞わせているのだから。


 一瞬、この状態のリアなら俺でも勝てるんじゃないかという考えがよぎった。

 だが使徒となったゴメスダが、リアの手で葬られたことを思い出す。

 俺は思い直して、やはり確実に勝てるよう準備した方法をとることにした。


「勇者様。たしか前の決闘では、勇者様の指定した方法で決闘をしたんだよな。だったら2戦目は、俺の指定する方法で戦うのが筋ってもんだよな?」


「それは……確かに」


「俺の指定した方法で決闘をして、俺が勝ったらお前は諦める。それでいいな?」


「……分かった。言っておくけど、私は負けないからね?」



「よし、それじゃあ正々堂々、愛してるゲームで勝負だ!」





「は?」



 故郷の母さん、いかがお過ごしでしょうか。

 最近は、仲間たちからの「何を言ってるんだコイツ」と言わんばかりの視線にも慣れました。

 それでも、男にはどうしてもやらねばならぬ時があるのです。


「説明しよう! 愛してるゲームとは、お互い交互に愛の言葉をささやいて、先に照れたほうが負けのゲームだ!」


「いや、お兄ちゃん。そういうことを聞きたいわけじゃなくて」


「そして決闘の公平を期すために、照れたかどうかは3人の審判に判定をしてもらう! 俺のパーティーから1人、勇者パーティーから1人、そして中立であるサイリスさん! この3人に照れたかどうか判断してもらって、1人が照れてると判断する度に1ポイント。そして先に5ポイント溜まったほうの負け。ただし、全員が一斉に照れてると判断したらその場でアウトだ!」


「いや、そういう妙なゲーム性を出してほしいわけでもなくて」


 リアのツッコミをあえて聞こえないフリをして、強引に話を進める。

 こういうのは勢いでゴリ押したほうがいい!


「さあ、勇者パーティーからは誰が審判を務めるのかなぁ?!」


 いやまあ、ここにいる勇者パーティー、リア以外だと聖女プリセアだけなんだけどな。


「なるほど、理解したよお兄さん! そういうことなら、勇者の導き手である聖女こそが、審判にふさわしいね! こんな面白系イベント、乗らないわけには……じゃなかった、決闘の誇りのためにも、聖女プリセア、協力するよ!」


「プ、プリセアまで!?」


 リアは突如ノリノリで名乗りを上げたプリセアに困惑していた。


 思った通りだ。

 勇者モードになっても、リアは予想外の展開に弱い。

 まさか勇者も、街の人達を困らせている悪者と愛してるゲームをするハメになるとは、夢にも思わなかっただろう。


 そしてこの様子だと、プリセアは俺の真の意図にも気づいてくれてそうだ。


 プリセアとしても、敵の罠である今回の決闘はリアの敗北で終わらせたいはずだ。

 だから3人の審判は、公正に見せかけて完全に出来レースなのだ。

 あとは早々にリアを敗北扱いにしてもらえば、リアが受けた罠の依頼クエストは失敗扱いとなる。


 卑怯かもしれないが、そもそもリアの勇者としての宿命を悪用して俺と戦わせようとしたのが卑怯なんだ。


「ちなみに、俺たち<煌く紫炎の流星群ヴァイオレット・シューティングスター>からは、誰が審判になってくれるんだ?」


 俺は仲間たちに恐る恐る声をかける。

 さっきからラミリィとロリーナからの視線が、なんか怖い。


 しばらくの沈黙の後、ロリーナが小さくため息をついた。


「妾が出よう。今回の戦い、ラミリィには荷が重い」


「ロリーナさん、すみません……。あたしでは足手まといになってしまいます」


 え、2人ともなんでそんな深刻そうなの!?


 そうして3人の審判が出揃った。


 妙に真剣な表情をしているロリーナ。

 逆に状況を楽しんでそうなプリセア。

 そして、いまだに状況が飲み込みきれてなさそうな、受付嬢のサイリスさんだ。


 サイリスさんは俺たちをぐるっと見渡した後、いつもどおりの表情でこう言った。


「冒険者って、いつもこんなことしてるんですか?」


 い、いつもじゃないもん。

 確かに昨日は迎撃デート作戦なんてものをやったし、その前の日は奇襲でリアを猫耳メイドにしたし、メスガキの尻を叩いたこともあった。

 あれ。もしかして、いつもか?


 だが信じて欲しい。

 俺はいつだって、自分が最善だと思う行動を取ってきた。

 今から始める、俺とリアの愛してるゲームだって、それが一番丸くおさまりそうだから提案したんだ。

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