084話 冒険者ギルド長の哀愁


「カイ、生きていたのか……」


 冒険者ギルド長のジェイコフは、驚きと後悔が入り混じった声で言った。


「あなたが<爆弾魔ボマー>だったんですね」


 俺はジェイコフをより強く押さえつける。

 何かしようとしたら、ただじゃおかないぞという合図だ。


「違う! 私はただの回収人だ! 私は誰も殺していない!」


 ジェイコフは俺の言葉を必死に否定する。

 まるで自分は無関係だとでも言わんばかりに。


「ですが、ションショーニ議員の遺体が罠になっていることは知っていたんですよね? 知っていて悪事に加担したなら、それは同罪じゃないんですか?」


「命令されただけだ! 私は悪くない! 貴様に何が分かる!」


「あなたが冒険者や、この街の善良な人々を裏切っていたってことは分かりますよ」


 この様子だと、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>が魔族崇拝に関わっていたか調査を引き受けるという話も嘘で、この男の手で揉み消されたのだろう。


 なるほど、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>がでかい顔をするわけだ。

 冒険者ギルドも抱き込んでいるなら、この街で奴らを止められる者はいない。


「裏切っていた、か。まるで自分が正しい行いをしているような口ぶりだな」


 恨みがましい声で、ギルド長は言った。

 だがそんなことは、論点のすり替えでしかない。


「では、ご自分のやっていたことは、悪ではないと? あなたはギルド長の立場にありながら、冒険者の理念を忘れ、モーゼス議長というこの街の暴君に味方しているではないですか」


「……20年だ」


「なんですって?」


「20年間、自分を殺してギルドのために働いてきた。したくもないおべっかを使い、理不尽に絶え続けた。自分がいい思いをすることしか頭にない乱暴者の冒険者クズどもの尻拭いだって、数え切れないほどやった。そうして苦労を重ね、気づけばもう若くない歳になって、ようやく手に入れたのがギルド長の地位だ! 貴様のような小僧に、私の人生の何が分かる!」


「少なくとも、あなたが自分の地位を守るために他人を犠牲にしているのは分かる。それが、保身のために、罪のない人を殺す悪徳に加担する理由になると?」


「黙れ、黙れ、黙れ! 私には議長に立ち向かう力が無かった! それとも理想に殉じて、無駄死にしろとでも言うのか? 人は誰だって我が身がかわいいだろう!? 正しいのは私だ、貴様に待っているのは破滅だけだ!」


 ギルド長を押さえつける手に、さらに力を込める。


「俺が破滅するよりも前に、あなたは命を落とすことになりそうですね」


「カイ、貴様のせいだぞ! お前がダンジョンを踏破すると言い出さなければ、こんなことにはならなかった! ちょっと力をつけただけで、英雄にでもなったつもりか? お前は手に入らない夢をいつまでも追い求める、ただのガキだ!」


「そうかもしれませんね。ところでギルド長は、モーゼス議長と命運をともにする覚悟はあるのですか?」


「長いものに巻かれて何が悪い! 貴様も身の程を知れ! 夢を諦め、現実を受け入れるのが、大人になるということだ! でなければ、私の人生は何だったというのだ……!」


 俺への批難の言葉は、やがて祈りの言葉のようになっていた。

 そうであってほしいと願う言葉。


 ああ、きっと。

 この人もかつては夢に溢れた若者だったのだろう。

 けれども夢が破れ、手に入らなかった理想と自分の現実のギャップにさいなまされながら、それでも折り合いをつけて生きてきたに違いない。


 だからこそ、自分が正しいと主張するのだ。

 多くの我慢を重ねて歩んだ自分の人生が、意味のあるものだったと信じるために。


「<爆弾魔ボマー>の正体。モーゼス議長の能力と居場所。これらを教えていただけるなら、命は助けると言いたいんですよ、俺は。長いものに巻かれるというのなら、あなたはこれから起きる戦いを静観していればいい」


 俺が問いかけると、ギルド長ジェイコフはしばらく沈黙した。

 だが、やがて観念したかのように口を開いた。


「……<爆弾魔ボマー>はモーゼス議長本人の能力だ。そして彼はこの能力を使う時、かならずモーゼス上水道の管理小屋にいる。自分の罪が露呈したとき、すぐに魔導ボートで逃げられるようにな。あの用水路はモーゼス家が私財で作ったものだが、彼ら専用の逃走経路でもあるのだよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 俺はギルド長の拘束を解いた。

 解放されたギルド長は暴れたりはせず、静かに身を起こした。


「なあ、カイ。私の人生は惨めだと思うか? 私も若い頃は世のため人のために働くことに憧れた。だが、現実はどうだ。悪徳が栄え、理念はただの建前に成り果てている。そして私は、いつしかそれを疑問に思わなくなっていた。世の中、そんなもんだとな」


 冒険譚は人に言う。

 運命とは自分で切り開くものだと。


 だが、誰もが英雄のように生きられるわけではない。

 他にやりようのない、選択肢が存在しない状況だって存在する。

 人間の努力や意志では変えられない結末だからこそ、運命と呼ぶのだ。


 切り開く者もいるだろう。

 翻弄される者もいるだろう。


 困難を克服するチャンスなんて、一度も回ってこない運命を持つ人もいるはずだ。

 運命に選ばれただけの幸運者が、そんな人を臆病者だと批難する権利などない。


 けれど。

 何者にもなれなかった人間は、手に入らなかったものを追い求めながら、残りの人生をみじめに生きていくしかないのだろうか。


「俺には分かりません。ですが、ギルド長も日々を必死に生き抜こうとしていたんだなってことは伝わってきました」


「そうか、ありがとう。若者にそう言ってもらえただけでも、救われた気がするよ。私が言うのもおこがましいかもしれないが、君の無事を祈ろう。これ以上、悪が勝つところを見たくはないからな……」


 ギルド長はそう言って天を仰いだ。

 その姿は、どこか寂しそうだった。


「皆、行こう! モーゼス議長のところに!」


 そうして皆に声をかけた時、<風精霊の花言葉>が着信音を鳴らした。


「ピピピピ、ピピピピ」


 俺は前と同様に<風精霊の花言葉>を覗き込む。


「もしもし、勇者様のお兄さん? いま大丈夫?!」


「プリセアか。残念だけど、ションショーニ議員は既に殺されていた。けれどもモーゼス議長の居場所を突き止めた。場所はモーゼス上水道の管理小屋だ。今から向かうつもりだ」


「今はそれどころじゃないの! いいから、すぐに逃げて!」


「どういうことだ? リアに何かあったのか?」


「その勇者様なんだけど、どうやらお兄さんを討伐するようお願いされたみたいなの! もちろんモーゼス議長の仕業! 私の言ってることの意味、分かるよね!?」


 リアが背負う勇者としての宿命。

 勇者リアは、本人の意志に関係なく、困っている人を助けようとしてしまう。


 ならばもし、悪意ある人間が勇者の特性を悪用したら?


 勇者は世界最強のジョブであるとともに、最も尊敬されているジョブでもある。

 だから通常は、勇者を悪巧みに使おうなんて人間は現れない。


 だがモーゼフ議長はなんらかの方法で勇者の特性を知り、それを利用してリアに俺を抹殺させようとしてきたのだ。


 確かにダンジョンを破壊しようとしてる俺は、この街の住人を困らせている。

 その人々の感情が、勇者の特性を発動させてしまったのだろう。


「いま、リアはどこにいる!?」


「私たちと一緒! でもダメ、完全に勇者モードになってる! お兄さんを倒すのに、何の疑問も抱いてない!」


 とりあえず、行方不明だったリアが無事に見つかったことは喜ぼう。

 最低最悪の事態にはならなかった。


「分かった、リアを街の外に誘導してくれ。俺はそこでリアを迎え撃つ」


「お兄さん、何言ってるの! 決闘の時とは訳が違うんだよ! 今の勇者様には精霊剣カレイドボルグがある! 全力の勇者様に人間が勝つなんて無理だよ!」


「大丈夫だ、俺は勇者には勝てないが、リアには勝てる」


「……信じていいんだよね? 勇者様は、勇者モードが終わると我に返るんだよ。そこで自分が大好きなお兄さんを手に掛けたと知ったら、私、勇者様を慰めきれないからね?」


「策はある。そのかわり、勇者パーティーの関係者以外で信用できそうな人を1人、連れてきてくれると助かる」


「え゛……。ぜ、善処するね……。それじゃあ、気をつけて」


 そこでプリセアとの通話は途切れた。


「カイさん、いまのって……」


「本気のリアが俺たちを狙っているらしい。残念だが、モーゼス議長のことは後回しだ」

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