083話 罠


 モーゼス議長に抵抗する政治家、ションショーニ議員は無残な死体となって発見された。


「こ、これは……」


 思わず周囲を見渡す。

 公共広場には、多くの人達がいる。

 白昼堂々、誰にも気づかれずに殺したというのか。


 いや、そんなはずはない。


「と、とにかく怪我の治療をしましょう! もしかしたら、まだ助かるかもしれません!」


「ダメだ、ラミリィ! 近づくな!」


 <治癒のポーション>を取り出し、ションショーニ議員の遺体に近づこうとしたラミリィを呼び止める。


「死体とその周囲をよく見るんだ。酷い有様なのに、抵抗した様子が無い。それに、こんな人通りの多いところで殺されたのなら、誰かが叫び声のひとつでも聞いてるはずなんだ。つまり、この死体、別のところで殺されてから、ここに運び込まれている!」


「な、なるほど! で、でも何のためにですか……!?」


「これは罠だ! 俺たちがションショーニ議員に接近すると読んで、ここに置いたんだ! 気をつけろ、敵は死体に近づく者を見張っているかもしれない!」


 円陣を組んで、周囲を警戒する。

 朝の公共広場は、あまりにも人が多かった。


「くそ、これだけ人が多いと、誰が敵なのか分からないな」


「いや、逆かもしれんのう。こうやって周囲を警戒させることが目的やもしれぬ」


「ロリーナ?」


「ひとつ、気になっておったのじゃ。ちょっとした死角になっているとはいえ、こんな街中に死体を置いて、これまで誰も気づかなかったのかと」


「ど、どういうことですか、ロリーナさん?」


「罠は、この死体に仕掛けられているかもしれぬ! 妾が確認しよう、おぬしらは下がっておれ!」


 俺が止める間もなく、ロリーナは死体に向かって歩きだした。

 死体のそばに立って、あたりをぐるっと見渡す。

 そして死角になるような位置にしゃがみこんでから、死体にそっと触れた。


 次の瞬間。

 ロリーナの体が爆発し、木っ端微塵に吹き飛んだ。


「なっ、なにぃぃぃぃっ!!」


 跡形もなく消し飛んだロリーナの体が、逆再生して元に戻っていく。

 オシャレしていた朝の格好を通り過ぎて、出会った時のボロボロ服になった。


「あー、装備を変えておくの、いつも忘れるのう。じゃが、これで敵の仕掛けは見抜けたぞ」


 ロリーナに酷い目にあって欲しくはないが、その働きで助かったのは事実だ。


「物体を爆弾に変える能力……。<爆弾魔ボマー>のスキルか……!」


「うむ、そして死体には変化が無いようじゃ。つまり、誰も死体に気づかなかったのではない……。死体に気づき、触れた者は、全員始末されたようじゃな……」


 ションショーニ議員の死体はいまもなお転がっている。


 昨日の演説の様子だと、彼の話に感化された人もずいぶんいた様子だった。

 もし彼の支持者がこの無残な死体を見つけたら、心配して駆け寄るだろう。

 逆に、彼に関わりたくないと思う者は、この遺体に気づいても見て見ぬフリするに違いない。


「ションショーニ議員の同胞だけを的確に殺す罠ってことか。えげつないことをするやつだ……」


 そんな罠を設置するメリットのある人物は、1人しか心当たりがない。

 そして、なんとなくの直感だが、敵はずいぶんと手慣れてる印象を受ける。


「ションショーニ議員を殺したのはモーゼス議長だ。もしくは、モーゼス議長の命令で配下の者が手を下したか。きっと、いつもこうやって政敵を消してきたのだろう」


「カイさん、どうするんですか?」


「俺はこのションショーニ議員のことをよく知らない。けど、この人は少なくとも選挙という正攻法でモーゼス議長に立ち向かおうとした。それを、モーゼス議長は非合法な暴力で亡き者にしたんだ。ならば、やり返されても文句は言えないよな?」


「カイ、おぬしもしや……」


「モーゼス議長は悪だ。この街の法律でやつを裁けないというのなら、俺が鉄槌をくだしてやる」


「へっ。ようやく話が分かりやすくなったじゃねーか。カイ、普段のお前のやり方は回りくどいんだよ。悪いやつはぶん殴って倒す。これが一番だぜ」


「分かりました、やりましょう! モーゼス議長を倒すんですね! カイさん、あたしたちは何をすればいいですか!?」


「ああ、まずは服を脱ごう!」


「……え?」



■□■□■□



 そうして俺たちは、身を潜めてションショーニ議員の死体を見張った。

 その周囲には、焼け焦げた俺たちの服が転がっている。


「確かに、ああやって焼け焦げた服が散らばってると、あたしたちが罠にひっかかって爆死したように見えますね」


「うむ……じゃがカイにはもう少し、順序立てて説明するってことを覚えて欲しいものじゃな」


「ちゃ、ちゃんとその後で説明したじゃないか……」


 ションショーニ議員の死体が罠となっているなら、狩人は獲物がちゃんと罠にかかったか確認しに来るはずだ。

 だから俺は、あえて罠にかかったような痕跡を残した。

 そして何者かが現場を確認しに来るのを待つことしたのだ。


「お前ら、静かに。誰か近づいてきたぜ」


 ディーピーの合図で、一斉に黙る。

 そして近づいてきた人物の様子をうかがった。


 ここからでは顔はハッキリと分からないが、体格から見ると男性のようだ。

 白髪交じりの頭髪から察するに、初老ぐらいの年代だろうか。

 いや、彼が苦労人であれば、中年ぐらいかもしれない。


 もしこの白髪交じりの男性が無関係であり死体に触れようとしたなら、俺は呼び止めるつもりだった。


 だが、男性は死体よりも、周囲に散らばる燃えカスに注意を払っていた。

 男は俺が転がしておいた銀の剣に気づくと、それに向かって小石を投げた。


 カンッと乾いた金属音が鳴る。


 あの動き、間違いない。

 触れると爆発する能力のことを知っている。


 そして男は<アイテムボックス>を使って、死体に触れないようにしながら回収した。


「黒だ! 捕まえよう!」


 俺は物陰から飛び出すと、そのまま男性を取り押さえた。


「うぐっ!」


 男は俺たちの出現を予想していなかったのか、あっけなく地面に組み伏せられる。

 その顔を確認し、驚いた。

 それは、想定はしていたが、想像が外れてほしかった人物だった。


「あなたもグルだったんですね。ギルド長……」


 ダンジョン踏破の承認が降りないはずだ。

 ションショーニ議員の死体を回収したのは、冒険者ギルドのギルド長であるジェイコフさんだった。

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