082話 後手


 反モーガン議長勢力として演説していた恰幅かっぷくのよい中年の議員。

 名前をションショーニ・ザハロフと言うらしい。

 彼と協力してモーガン議長を失脚させるのが、当面の目標になりそうだ。


 そうして俺たちは公共広場に着いた。

 だがそこにションショーニ議員の姿はなかった。


「まだ演説は始めてないみたいだな」


 もしかしたら今日も昨日と同じように午後に演説をする予定なのかもしれない。

 なんとかしてションショーニ議員と話が出来ないかと周囲の人に話を聞いてみたが、まるで相手にされなかった。

 モーガン議長の工作のせいで、情報収集もままならない。


 しかたがないので、俺たちはションショーニ議員が公共広場に顔を出すまで待つことにした。


 広場のベンチは埋まっていたが、俺が近づいたら親切な人たちが逃げ出すように席を譲ってくれた。

 皆で一斉にベンチに腰掛ける。


「おやつでも食べながらのんびりするか」


 俺は<アイテムボックス>からリンゴを取り出し、皆に配った。

 皆で一斉にシャクシャクとかじる。


「しばらく新鮮なリンゴは食べられなくなりそうですねー」


 ラミリィが残念そうに言った。

 今回の件が解決するまで、サイフォリアの街では買い物もままならない。

 <アイテムボックス>に保存食をたくさん入れてあるので飢えることはないが、不便なのは確かだ。


「足の早いものから消費していくつもりだよ」


 街中にいるというのに、気分はすっかり長期キャンプだ。

 そんな中、ロリーナが浮かない顔で言った。


「のう、ずっと考えておったのじゃが、他の街に移るというのはどうじゃ? ダンジョンは何もこの街にしかないわけじゃなかろう」


「他の街か……。いまサイフォリアの街を離れると、変な噂を広げられて、他の街でも活動がしにくくなる可能性があるから、それは手詰まりになった時の選択肢だな」


 ゴメスダは書類を偽装して俺たちを追放できると言っていた。

 ならば、他の街に移ったあとで、似たようなことをされる可能性は十分にある。


「そうか……。いや、すまん。ダンジョンを破壊すると市井いちいの者たちの生活に支障があると分かると、どうしても気になってしもうてのう……」


 こんな状況だというのに、ロリーナは街の人達の暮らしを心配しているようだ。

 確かに、この街の経済はダンジョンから手に入る資源で成り立っている。

 俺たちが街の人達に迷惑をかけているのは事実だろう。


 だが俺たちの様子を見て、ディーピーがため息をついた。


「まったく、やれやれだぜ。お前ら、どうしてダンジョンでアイテムが手に入るか、考えたことがあるか?」


 ダンジョンに宝箱が湧いてきたり、資源ポイントがある理由か。

 調べたことはある。

 だが、誰に聞いても「そういうものだから」としか返ってこなかった。


 だから、俺は自分自身の仮説を言ってみた。


「人間をダンジョンにおびき寄せるため……かな?」


 多くの冒険者はダンジョンの中で命を落とす。

 それでもダンジョンに潜る冒険者が後をたたないのは、そこにお宝が眠っているからだ。


「半分正解だぜ。ダンジョン内で魔術を使った時、その魔力の残渣ざんさはダンジョンメダルに蓄えられる。だからダンジョンは人類をおびき寄せる仕組みがある。けれども、メインの理由はそれじゃねえ」


 ディーピーはそう言って、リンゴをしゃくりとかじる。


「他にも理由があるのか?」


「あたりまえだろ。そうじゃなきゃ、わざわざ魔力を消費して資源ポイントなんて作らねえぜ」


「うーん、なんだろう」


 俺たちはディーピーの問いかけに頭を捻った。

 最初に何かに気づいた顔になったのは、ロリーナだった。


「いや、待つのじゃ。そもそも、なぜダンジョンが存在するか、そこから考えねばならぬのではないか?」


「いい着眼点だぜ。ダンジョンの目的は、究極的には魔界を広げることなんだ」


「ふむ、魔界とはなんじゃ?」


「えっ! ロリーナさん、魔界を知らないんですか!?」


 ラミリィが驚きの声を上げる。

 だが驚くのも無理はない。

 魔界を知らないということは、神聖教団の教義を1度も聞いたことがないということなのだから。


「魔界というのは、魔の力が強まりすぎて人間が暮らせない土地のことだ。災厄級の魔物がたくさんいるらしい」


 女神モルガナリア様は、その恐ろしい魔物たちから人々を守ってくださっているのです。

 というのが、神聖教団の説法の締めくくりとなる。


「ま、ようは魔物の世界ってことだぜ。で、その魔界の広げ方なんだがな。ダンジョンの一生が分かれば理解しやすい。まず大前提として、魔物は魔力を求めるってのは知ってるよな?」


「強い魔物ほど、多くの魔力を必要とするんだよな。だからフィールドの敵は弱いし、ダンジョンの奥にいくほど魔力が濃くなって強い魔物が出るようになる」


「ああ。そしてダンジョンはダンジョンマスターの才能を持った魔物が、フィールドを異界領域化させて生み出すんだ。ダンジョンマスターの仕事はダンジョンメダルに魔力を貯めること。ダンジョンはもともと、魔族が効率よく魔力を集めるために作った装置なんだ」


 神聖教団の教えだと、魔物とダンジョンは人間を貶めるために魔族が生み出したとされている。

 だが、ディーピーの話によると少し違うようだ。


「もしかして、養蜂ようほうのハチみたいに、魔物が魔力を集めてダンジョンメダルに蓄えているのか?」


「まさにそれだぜ。ダンジョンメダルは働きバチが必死に集めた蜜みたいなもんだ。そして厄介なことに、魔物もお引越しするんだ。巣分かれして出ていく蜂のかたまりみてぇにな」


「もしかして……大襲撃スタンピードですか……」


 ラミリィがぽつりと呟いた。

 大襲撃スタンピードは大量の魔物が人里に一斉に襲いかかってくる現象だ。

 大襲撃スタンピードから村や街を守るのは困難で、たいていはその地は魔界となる。


「そうだ。大襲撃スタンピードってのはな、ダンジョンメダルに十分に魔力を貯めて仕事を終えたダンジョンマスターが、作った魔物とともに新天地を目指す現象なんだ。そして移動先で新しくダンジョンを作る。そうやって魔界は広がってくんだ」


「なるほど、大襲撃スタンピードが起きる前にダンジョンを消さないといけないんですね」


「そういうこった。さて、ダンジョンマスターにとってはダンジョンメダルは絶対に守りたい。けれど、魔力のカスを落としてくれる人間にはダンジョンに来てもらいたいわけだ」


「もしかして、ダンジョンに宝箱や資源ポイントがあるのって……!」


 ディーピーはリンゴの種だけ残して食べきってから、答えた。


「植物ってよー、別に親切で美味しい果物をつけてるわけじゃないだろ? 動物たちは柔らかい実だけ消化する。一番大切な種は守られるってわけだ。ダンジョンにとっては、資源ポイントが実で、ダンジョンメダルが種ってわけだぜ」


 動物が食べた果物の種は消化されずに、遠くに運ばれる。

 つまり見方みかたによっては、動物は植物にいいように使われているわけだ。


 同じように、ダンジョンも人間を上手く利用しているということか。


「なるほど理解はした。じゃが、マズくないかのう? つまりダンジョンは、ダンジョンメダルを人間に取られないように、美味しいエサとして資源ポイントを用意しているわけじゃろ。すると、ダンジョンの資源に頼った経済を回して、ダンジョンを破壊する者を邪魔するこの街は……」


「まんまとダンジョンの繁栄戦略にハマっちまってるな。いつかこの街は大襲撃スタンピードに呑まれるぜ。それが明日か100年後かは分からねえけどな。ダンジョン内の魔物が妙に増えるようになったら、危険信号だ」


「魔物が妙に増えるようになったら、だって……?」


 ディーピーの言葉に、嫌な予感がした。


 討伐依頼で妙に多かった魔物たち。

 魔物の襲撃が多くて採取を諦めた冒険者。


 てっきり依頼を受ける冒険者のほうが減ってると思ったが、もし逆だったら?


大襲撃スタンピードの予兆は、もう始まっているのかもしれない……!」


 いや、逆に考えれば好都合かもしれない。


 大襲撃スタンピードの予兆があるのなら、ダンジョンを踏破する理由になる。

 モーゼフ議長は無理でもションショーニ議員を説得する材料として使えるだろう。


大襲撃スタンピードが近いのなら、のんびり待っている暇はない。ションショーニ議員を探そう!」


 そして俺たちはションショーニ議員を探しだした。

 幸か不幸か、ションショーニ議員はすぐに見つかった。


 壇上に向かう途中の物陰、広場を歩いているだけでは見つからない死角に放置されて・・・・・いたのだ。


「なんてことだ……。ションショーニ議員、もうとっくに公共広場に来ていたのか……」


 俺たちが見つけたのは、ションショーニ議員の無残な死体だった。

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