081話 嫉妬


 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の背後にいたモーゼス議長がついに動き出した。

 どうやら、街ぐるみで俺たちを妨害するつもりらしい。


 突如いなくなったリアのことも気がかりだ。


「まずは情報収集だ。どういう噂が流れているかと、リアの行方を調べよう」


 そうして俺たちは聞き込みを開始した。


 最初に訪ねたのは、馴染みの素材屋。

 前に買取価格に色をつけてもらってから、何かと利用させてもらっている。


「あんたらか……ついに、こうなっちまったか」


 だが、店主が俺たちを見る眼差しは、あまり良いものではなかった。

 厄介者を見つめるような目つきだ。


「いきなり街中が敵に回ったような感覚だよ。何があったか教えて欲しい」


 俺は情報量として銀貨を何枚か差し出した。

 だが素材屋の店主は、それを受け取らなかった。


「悪いな、あんたらとは取引するなって念を押されてるんだ」


「そうか……迷惑をかけてすまなかった」


 この街におけるモーゼス議長の影響力を痛感した。

 徹底して俺たちを干し上げるつもりだ。

 この調子だと、リアのことも聞けないだろう。


 俺たちは早々に素材屋を立ち去ろうとする。

 だが、店主が俺たちを呼び止めた。


「まあ待て。しがない素材屋の独り言を聞く時間ぐらいはあるだろ?」


「……ありがとう」


「あんたら、ダンジョンを踏破しようとしただろ? この街ではいつもこうなんだ。ダンジョンを踏破しようとする冒険者が現れたら、どんな手を使ってでも、そいつらを追放する」


 どうして、とは聞けなかった。

 これは店主の独り言だ。

 だから俺は、黙って店主の話の続きを聞いた。


「冒険者の理念とやらは知ってるよ。神の教えも、もちろん承知だ。魔物に奪われた土地を取り戻す。それが人類の使命だということはな。だがよ……」


 店主は店先に並べている商品の素材を、じっと見つめた。

 それは冒険者がダンジョンから持ち帰った品々だ。


「うちには子供が2人いる。どちらもまだ食べざかりだ。俺は立派な理念なんちゃ持っていないが、それでも子供を守りたいっていう、親ならば誰でも持っている感情は捨てちゃいない。だから、その、つまりだな……」


 店主は言いにくそうに言葉を詰まらせる。

 俺はジェスチャーで「どうぞ、続けて」と独り言を促した。


「ダンジョンが無くなったら、俺たち一家は露頭に迷っちまう。だから、ダンジョンを踏破して消そうとしてるあんたらと、それを阻止しようとするモーゼス議長。俺にとって、どちらがありがたいかと言えば、モーゼス議長なんだよ……。迷惑なんだ、あんたらは」


「そんな言い方っ!」


「ラミリィ、やめるんだ」


 店主に食ってかかろうとするラミリィを制止する。

 ここで店主に何を言っても、何も変わらない。


「俺だけじゃない。きっとこの街の皆は、ダンジョンが無くなったら困るって思ってるさ。この街は、ダンジョンとともにありすぎたんだ……」


 店主の長い独り言を聞き終えた俺たちは、黙って店を出ていった。




 どうやら悪い噂は、あっという間に街中に広まったようだ。

 街を歩くと、道行く人々が奇異の目を向けてきたのだ。


「ねえ、あれって……」


「間違いないわ、人相書きとソックリだもの」


 人々の陰口を浴びながら、俺達は街の往来を歩く。

 俺やロリーナ、そしてディーピーは素知らぬ顔だが、ラミリィの顔色が悪い。


「ラミリィ、大丈夫か?」


「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて……。こんな時に、暗い顔してちゃダメですよね、あはは……」


「素材屋の店主が言ってたことは、気にしなくていい。確かに誰って生活がある。それを壊そうとする連中を嫌がるのは理解できる。けれども、俺たちだってやらなきゃいけないことがあるんだ」


 俺たちがダンジョンを攻略しようとしているのは、ダンジョンメダルを手に入れ<魔法闘気>のレベルを上げるためだ。

 そしてそれは魔王を倒し、ロリーナを呪いから解放するため。


 それを成し遂げる過程で、恨まれることもあるだろう。


「それはそう……なんですけど……」


 説得の甲斐かいもなく、ラミリィの表情はいまだ暗い。


「それに、俺達のやろうとしていることは、正義に属する行動だ。ダンジョンを消すっていうのは人類の悲願で、神の教えに従った行為なんだからな」


 かつて”人類”は全世界を支配したと言われている。

 だが、魔物の出現により世界帝国は崩壊した。

 それから”人類”はその領域を魔物たちに奪われて続けた。

 そして最後に女神モルガナリア様が守護するこの地だけが残った、というのが神の教えだ。


 ”天啓”は人間が魔物たちに対抗できるように女神モルガナリア様が授けた加護であり、失われた大地を取り戻すことが天命である。


 だから本来は、俺たちが咎められるいわれはないのだ。


「そうじゃ、ないんです……」


 ラミリィは俺の袖をぎゅっと掴んだ。

 俺は歩みを止めて、ラミリィと向き合った。


「ラミリィ?」


「あたしが悩んでいたのは、もっとくだらない話なんです。ごめんなさい、でもカイさんがあたしを励まそうとしてくれてるのは分かります。嬉しいです、ありがとうございます」


「どうしたんだ、言ってみてよ」


「笑わないで聞いてくれますか?」


「笑うもんか」


 俺がそこまで言うと、ラミリィはたどたどしく語った。


「あたし、たまに自分がどうしようもない壊れ物だって思うときがあるんです。さっき、店主さんが言ってたじゃないですか。親ならば誰でも、子供を守りたいって感情を持ってるって。それが怖かったんです。恥ずかしながら、嫉妬までしました」


「ラミリィ、それはどういう……」


 言いかけて、俺はラミリィの過去を知らないことに気づいた。


「きっとあの人には幸せな家庭があるんでしょう。家族を守るために、卑怯だと分かっていることに手を染めて! そんなのずるいです! あたしには何もなかったのに!」


「ラミリィ……」


「ようやく分かったと思ったんです。カイさんと一緒に正しい行いをしていれば、それでいいって。幸せなんて掴めなくても生きていけるって。ようやく諦めがついたのに。それなのにどうして、たくさんの幸せを掴んでる人たちが、あたしの邪魔をするんですか!」


 その言葉に、どれだけの重みがあるのかを俺は知らない。

 きっと、想像を絶する経験をしてきたのだろう。


 静かに涙を流しながら、ラミリィは言葉を続けた。


「あたし、あの店主さんの言ってることに、まるで共感できませんでした。それで、自分の感性が分からなくなっちゃったんです。もしかしてあたしは、普通の幸せが分からない人間なんじゃないかって」


 俺はラミリィの涙を手で拭った。


「上手く言えるか分からないけどさ。どんなに分かりあえる相手でも、全てに共感できるわけじゃないだろ? だから、無理に他人に思いを重ねる必要はないし、それを気に病まなくていいと思うんだ」


「でも、あたし……、悔しかったんです。人並みの幸せを掴んで、それを守ろうとしている人が。あたしよりも、あの店主さんのほうが、よっぽどちゃんと人生をやっていて、その差に打ちひしがれてました。バカみたいですよね、笑ってくれていいんですよ?」


「ラミリィ、それはあの聖女の冗談よりも笑えないよ。ラミリィだって立派に生きてるじゃないか。それは俺が保証するよ」


「カイさん……」


「それに、他人と自分を比べて嫉妬するなんて、それこそ普通の人間だ。俺だってそうだよ」


「え……。カイさんも誰かに嫉妬したりするんですか?」


 ラミリィが意外そうな顔で俺を見た。

 俺としては、意外そうな顔をされるのが意外だったのだけれど。


「うん。妹のリアが勇者になったって知った時、正直な話、思っちゃったよ。なんで俺じゃなかったんだろうって」


「でもでも、カイさんは勇者の力なんかなくったって、ヒーローですよ! 気にすることないです!」


「そういうこと」


 俺はラミリィに笑ってみせた。

 ラミリィは何のことか分からなそうな反応をしたので、言葉で説明する。


「俺からしたら、ラミリィの悩みもそういう風に見えるってことだよ」


「カイさん……。ありがとうございます、なんか元気が出てきました!」


「その調子。ラミリィは笑顔のほうが似合ってるよ」


 それから俺は話が終わるまで待っていた2人に向き合った。


「2人とも、おまたせ」


「へいへい。ごちそーさんですよっと」


「うむ……これならしばらく魔王の呪いは発動しなくて済みそうじゃのう……」


「えっと……どういうこと?」


 そうして俺がディーピーとロリーナの微妙な反応をいぶかしんでいた時だった。

 聖女プリセアから渡されていた<風精霊の花言葉>が音を発したのだ。


「ピピピピ、ピピピピ」


「わわっ、これ、どうすればいいんだ?」


 俺が<風精霊の花言葉>を覗き込むと、軽妙な音が鳴り止む。

 そしてかわりにプリセアの声が花から聞こえてきた。


「あー、もしもし? 勇者様のお兄さん? 聞こえるー?」


「プリセアか。聞こえてるよ、何か分かったのか?」


「ううん、ただのイタズラ通話だけど?」


 そういうことするから、パーティーの皆から着信拒否されるんだぞ。


「これ着信拒否ってどうやるんだ?」


「わー、ストップストップ! 冗談です。おちゃめなジョーク! そろそろ気落ちしてる頃かなと思って、小粋なギャグで気を紛らわせてあげようと思ったって言ったら信じる?」


 信じない。


「それで、何か分かったのか?」


「うん、勇者様だけど、公共広場のレストラン付近で見たって人がいたの。だけどフェリクス兄さんが言うには、そこにはモーゼス議長が密会に使っている部屋があるって。お兄さんたちだと何かと問題があると思うから、そこを調べるのは私達に任せて」


「その言い方だと、俺たちは他に何かすることがあるんだな?」


「うん、昨日のダブルデートの最中に壇上だんじょうで演説してた人のことを覚えてる? あの人と接触して。そして協力してモーゼス議長を罷免ひめんさせるの。正攻法で状況を打開するには、これしかないと思う」


 ダブルデートをした記憶はないが、レストランには覚えがある。

 俺とリアがそれぞれアップルパイを食べた店だ。


「ああ、あの演説してた中年のオジサンか。分かった、どこに行けばいい?」


「たぶん今日も公共広場で演説してるんじゃないかな? こっちも何か分かったらまた連絡するから、着信拒否しないでちゃんと出てね!」


 そうしてプリセアとの通話は途切れた。

 とにもかくにも、公共広場に向かうしかなさそうだ。

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