080話 議長の策略


 最初に違和感を覚えたのは、朝起きた時。

 リアが部屋に来てなかったのだ。


「あれ、あいつ寝坊でもしたのか……?」


 昨日の口ぶりだと、毎日俺と同行するような言い方だった。

 まさか2日目にして話が変わったわけでもあるまいに。


 既に起きていたラミリィとロリーナに聞いても、2人も何も知らないようだった。

 念の為にディーピーにも聞いてみるが、やはり知らぬ存ぜぬ。


 しばらく待っても来なかったので、4人で行動を取ることにした。

 書き置きを残し、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。




 次に妙な感じがしたのは、冒険者ギルドでのこと。

 妙に他の冒険者たちからの視線を感じるのだ。


 こういうことは前にもあったが、それは侮蔑けいべつがゆえの視線だった。

 けれども今回の視線には、敵意が込められているように思えた。


 気にしないようにしながら、受付嬢のサイリスさんに挨拶をする。

 サイリスさんは、俺の顔を見るなり、どこか呆れたような目を向けてきた。


 なんだろう、何か変な感じがする。


 違和感の正体をつかめないまま、俺は昨日頼んだダンジョン踏破の申請について確認した。

 返答は予想以上にかんばしくなかった。


「まだ審議中のようです。昨日の今日ですから、すぐには出ませんよ。これを機に、遠出するクエストを受けてみてはどうですか? あるいはいっそ、別の街に行くとか……」


 あまりにもサイリスさんらしからぬ言葉だった。

 明らかに、俺たちをこの街から遠ざけようとしている。


「あの、それはどういう……」


「長話をされると、後の方の迷惑になります。他に要件がなければ、以上です」


 露骨な拒絶。

 サイリスさんの態度は、昨日までとは一変していた。


「カイ、どうするのじゃ?」


「妙な胸騒ぎがする。先にリアと合流しよう」


 俺たちは新たな依頼クエストは受けず、勇者パーティーが拠点にしている民家に向かった。




 そして、何かが起きていると確信した。

 俺たちを出迎えたプリセアが、リアが来てないことを知って驚いたのだ。


「えっ? 勇者様はとっくにお兄さんたちの所に向かったよ? 会ってないの?」


 プリセアが言うには、リアは昨日と同じように俺たちの宿に向かったはずらしい。

 時間的に入れ違いではなさそうだ。


 俺はふと、リアの背負う勇者としての宿命のことを思い出した。

 勇者となったリアは、助けを求められたら応えずにはいられなくなっている。


 もしかしたら俺たちの宿に来る前に、何か厄介事に巻き込まれたのかもしれない。


「勇者様を探したほうがいいかも。私、兄さんとアーダインにも声をかけてくる!」


 プリセアは他の仲間達に話をするために、民家に戻ろうとする。

 俺は、まだ名前が出ていない勇者パーティーの一員のことについて尋ねた。


「大賢者パーシェンは? あいつの転移魔術があれば、簡単に探せるだろ」


「パーシェンのやつ、昨日から帰ってきてないんだよ! まったく、うちの男たちはよくほっつき歩いてるけど、こんな時にまでいないなんて……」


 姿を見せていない大賢者と、行方不明の勇者。

 無関係なんてことがあるだろうか。


「すれ違いだったら部屋で待つように書き置きを残してきてある。俺たちは一旦宿に戻ってみるよ」


「私達は街の中を探してみる。そうだ、これを持っていって」


 プリセアは<アイテムボックス>から1輪の黄色い花を取り出した。

 花の中央からニョキっと筒状にもう1度花が突き出ている、不思議な形の花だった。


「これは……?」


「ふむ、ラッパスイセンのようじゃが、何かのマジックアイテムかのう?」


 ロリーナが花の名前を言い当てた。

 このロリーナという身元不明の少女、たまに造詣ぞうしの深さを発揮する。

 もちろん俺は、花なんて「お花」以上の詳しい名前は分からない。


「<風精霊の花言葉>っていうアイテムで、精霊使いならそれを使って遠く離れた場所でも会話ができるの。何か分かったらコレで連絡するから、持っておいて」


 そういえばこの聖女は持ち前の”天啓”スキルで精霊を操れるんだった。

 人類最強の勇者や、あらゆる魔術の適性を持つ賢者の影に隠れがちだけど、この人も割と規格外なんだよな。


 こういう人たちが<魔法闘気>を使えたら向かうところ敵なしだよな、なんてくだらないことを考えながら、俺は<風精霊の花言葉>を受け取った。


「そういえば、この<風精霊の花言葉>で他の勇者パーティーの人たちと連絡は取れないのか?」


「私、兄さん以外からは着信拒否されてるから……」


「着信拒否」


 なんなの、もしかして勇者パーティーって思っていたより仲が悪いの?


 ともかく俺たちはプリセアと別れ、急ぎ宿屋に戻った。




 宿屋で、事態が思っていたよりも深刻なのだと理解する。

 宿屋の入り口で、女将さんが俺たちを呼び止めて言ったのだ。


「待ちな! あんたがカイ・リンデンドルフだろう? これ以上、あんたたちには部屋を貸せないよ! さっさと出ていっておくれ!」


 もちろん、いきなり部屋を追い出される心当たりは無い。


「どういうことだ?」


「どうもこうもあるかい! さっきお偉方えらいがたの使いが来てね。なんでもあんたら、この街をめちゃくちゃにしようっていう、悪い冒険者だそうじゃないか」


「えー! なんですかそれ! あたしたち、そんな人達じゃないですよー!」


 ラミリィが驚きながら抗議する。

 俺はだんだん、何が起きているのか分かりかけてきた。


 この街の最高権力者であるモーゼス議長は<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>と裏で繋がっているという話だった。

 そのモーゼス議長が、俺たちを排除するために動き出したのだ。


「ラミリィ、ここは素直に従おう。悪いのはこの人じゃないよ」


 そうして俺たちは、言われるがままに宿を引き払った。

 案の定というべきか、部屋にリアはいなかった。


「まずは勇者と俺達を引き離そうってわけか……」


「カイさん、これからどうするんですか?」


「とりあえずは野宿だろうね……。たった数日で野宿に逆戻りになっちゃったロリーナには悪いけど」


「別にそれはよいのじゃが……今はそういう話をしているわけではないと思うぞ?」


 俺としては、ふかふかのベッドで寝れなくなったことのほうが重要なのだが。


「もちろん、ここで他の街に逃げるなんて選択肢はない。向こうから仕掛けてきたんだ、堂々と迎え撃とう」

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