079話 冒険者ギルド長の憂鬱


[冒険者ギルド長ジェイコフ視点]


 サイフォリアの街の公共広場に面するレストラン。

 その2階が秘密の会合の場となっていることを知る者は少ない。


「ダンジョン踏破の申請があっただと? ジェイコフ君、そんなことはいつもどおり君のほうで処理してくれればよいのだよ」


 防音魔術が施された室内で、男の重たい声が響いた。

 その声の主はウィルバッド・モーゼス。

 人は彼を、様々な肩書で知る。


 サイフォリア議会の議長を務める最高権力者。

 冒険者の街であるサイフォリアにおいて最大のクランである<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>のクランマスター。

 商人ギルドの顔役にして、モーゼス銀行の頭取。

 サイフォリア冒険者ギルドに対する最大出資者。


 この街で、この男に逆らって生きていける者はいない。

 ジェイコフは胃が痛むのを感じながら、モーゼス議長の言葉に反論した。


「ですが、申請を上げたのが例の者なのです。使徒となったゴメスダも、返り討ちにされました……」


「カイとかいう小僧か。いつから冒険者ギルドは低ランクの冒険者1人を始末できないほど弱体化したのかね? これは、冒険者ギルドへの出資について根本的に見直すべきかもしれんな」


 ジェイコフは自分の胃が縮こまるのを感じた。

 モーゼス議長がその気になれば、この街の冒険者ギルドは簡単に干上がるだろう。


 街の冒険者ギルドのギルド長というのは、現地の統治者と冒険者ギルド本部の間で板挟みになるのが常だが、ここサイフォリアにおいては特にそれが酷かった。


 辺境の街は、冒険者の活躍の機会が多い。

 ゆえに冒険者ギルド職員にとっては、魔物の湧き潰しが済んでいる中央こそが閑職で、辺境の街に配属されるのが出世街道だとされている。


 ジェイコフもサイフォリアの街に配属されると決まった時、同僚にたいそう羨ましがられたものだった。


 だがとんでもない。

 サイフォリアの街は名目上は自治の認められた議会制の自由都市だが、その実態はモーゼス家という暴君が世襲で統治する、モーゼス王国だったのだ。


「ジェイコフ君。すこし、経済の話をしよう。サイフォリアのような辺境の街のほうが中央よりも儲かると言われるのは、どうしてだと思うね?」


 暴君モーゼスが、ギルド長ジェイコフを試すように尋ねる。

 ジェイコフは1つでも間違えれば自分の首が飛ぶことを感じつつ、慎重に言葉を選んだ。


「ダンジョンがあるから……です」


「その通りだよ。ダンジョンからは豊富な資源が手に入る。本来ならば育成に1年かかる薬草が、採取ポイントでは毎日手に入るのだ。だから冒険者ギルドが儲かる。そして冒険者の武具を用意する職人ギルドが儲かる。職人が加工した素材が全国に輸出され、商人ギルドが儲かる。それが、この街の経済だ。ところで、この街にはあと何個ダンジョンがあるか、知っているかね?」


 もはやモーゼス議長の言葉は、質問にすらなっていない。

 この街の近くにあるダンジョンは<深碧しんぺきの樹海>ただ1つであることを、冒険者ギルドのギルド長が知らないはずがないのだから。


 かわりにジェイコフは、モーゼス議長が期待している言葉を告げた。


「誰かが最後のひとつである<深碧しんぺきの樹海>を踏破し、ダンジョンが消滅したら……この街の経済は、大打撃を受けます。それだけは阻止しなければなりません」


「そのとおりだよ、ジェイコフ君。やはり君は前任のギルド長よりも賢い人間だ。安心したまえ、君はきっと前任の彼よりも長生きできるだろう」


 冒険者ギルドの最終目標は、世界からダンジョンを駆逐し、魔物の驚異から人類を救うことである。

 だが、この街では冒険者ギルドは大きく歪んでしまった。


 かつてカイはギルド長のジェイコフに、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>が魔族崇拝をしている可能性について調査を依頼した。

 だが、そんなものはとっくに握りつぶされている。


 冒険者ギルド長のジェイコフは、探りを入れたのに無事だったわけではない。

 カイへの言葉とは裏腹に、最初から探りなんて入れてなかったのだ。


 むしろ危機は、彼らの秘密を知り始めた、カイのほうに迫っていた。


「もはや手段を選んでいる場合ではない。なんとしてもカイを殺せ!」


「ですが、カイはどうやら勇者たちと関係があるようです! 勇者と聖女がいなければ、ゴメスダはやつらを暗殺できていたでしょう。そうでなければ、この間までFランクだった冒険者たちが、使徒にかなうはずがありません!」


「勇者か……そんなものがいなければ、今も世界は魔族が支配していたというのに」


 モーゼス議長はいまいましそうに吐き捨てた。


 魔族崇拝者とは、勇者が魔王を倒して人類を救ったとされる時よりも前、魔族が人類を支配していた時代に戻るべきだと考える人達の集団である。


 彼らは言う。

 家畜が種として栄えているのは、人間に守られているからである。

 ならば、人間が種として栄えるため、より強い存在の魔族に従属するべきだと。


 魔族崇拝者にとって、最大の敵は魔族の天敵である勇者なのだ。


「なるほど、それで私が呼ばれたというわけですね」


 これまで沈黙を保っていた、別の男が愉快そうに言った。

 冒険者ギルド長ジェイコフは、男の顔を見て驚いた。

 どうして、この男がここにいるのかと。


「そのとおりだ。我々の敵であるカイ、そして魔族の邪魔をする勇者をどのようにして排除するか考えるのに、君よりもふさわしい人物はおるまいよ」


「ええ、お任せください。私は勇者パーティーの一員として、誰よりも勇者のことを熟知しております。大賢者と呼ばれる私の知恵をお貸しいたしましょう」


 大賢者パーシェン。

 彼はついに、勇者を裏切ったのだ。


「ほう、頼もしい言葉だ。それでは、さっそく聞かせてもらえないかな? 勇者たちを破滅させる方法を」


「勇者のジョブは人類最強。しかも今回の勇者は、その中でも歴代最強とさえ言われています。普通の方法では勝ち目はありません。しかし、そんな勇者にも致命的な弱点があります。いえ、勇者であることが弱点と言えるでしょう……」


 大賢者パーシェンはそこまで言って、言葉を止めた。

 誰もが何事かとパーシェンを見る。


「どうした、続けたまえ」


「モーゼス議長殿。ここから先を話すにあたり、念の為に約束の件について、再確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


「ああ、あの件か。もちろん約束しよう。<魔法闘気>の習得方法について、魔族から授かった秘術を君に教えるよ」


「素晴らしい! 賢者には勇者のような弱点は無い。つまり、私が<魔法闘気>を習得すれば、人類最強は私になる! なんなら、勇者とカイの討伐、私に任せていただいてもよろしいのですよ?」


 大賢者が隠していた野心が、ついに溢れる。

 モーゼス議長はここにきてパーシェンを警戒するような目を向けた。


「いや、これは我々の問題だ。大賢者殿の手を煩わせるわけにはいかんよ」


「それは残念です。では、勇者の弱点ですが──」


 そうして、カイたちを陥れる陰謀が企まれていった。


 冒険者ギルド長のジェイコフは、その会話を暗澹あんたんたる思いで聞いていた。

 どうして自分は、こんな世にも恐ろしい会議に参加しているのか、と。

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