089話 対峙


 俺たちはモーゼス議長が潜んでいた、モーゼス上水道の管理小屋へと向かった。

 途中で傷ついたフェリクスたちと出会う。


 別行動を取っていた勇者パーティーのフェリクスとアーダインだったが、モーゼス議長に返り討ちにあってからは、緑道に身を潜めていたようだ。


「2人とも、大丈夫か!」


「カイ君か。その様子だと無事だったようだな。なに、俺たちも命に別状はない。負けてしまったがね……」


「2人とも、すぐに傷の手当てをするから、じっとしていて!」


 聖女プリセアが地面にうずくまっている2人に近づこうとする。

 だがそれをロリーナが制止した。


「いや、待つのじゃ! その前に、2人から話しを聞くべきじゃ! モーゼス議長とどのように戦ったのかを!」


「ロリーナ、2人は重傷なんだぞ。すぐにでも治療を……いや、まさか!」


 モーゼス議長の”天啓”スキルは<爆弾魔ボマー>。

 物体を爆弾に変える能力だ。

 そして、そのモーゼス議長と戦って負けた2人。


「これは最も重要な質問なのじゃが、2人ともモーゼス議長の”天啓”は知っているかのう?」


 フェリクスと大盾のアーダインは、静かに否定する。


「いや、俺たちはヤツの能力さえ使わせることも出来ずに負けたんだ。完敗だったよ……」


「……間違いない。2人は爆弾に変えられている。モーゼス議長は2人をわざと殺さなかったんだ。俺たちが心配して近づき、触れたところを一網打尽にするためにな」


「そんな! じゃあフェリクスさんたちは治療できないってことですか?」


 ラミリィが心配そうに言った。

 だが、聖女プリセアが得意げに答える。


「そういうことなら、不幸中の幸いだね。私はずっと前から、2人の治療は始めていたんだよ」


「どういうことだ?」


「<天使の息吹リジェネーション>。私が一番得意な治癒魔術で、あらかじめパーティーにかけておくことで、少しずつ傷が治っていくんだ」


 そういえば、前にフェリクスと一緒に冒険をしたとき、瀕死の重傷だったフェリクスの傷がいつの間にか治っていたことがあった。

 あれは、聖女の支援魔術による効果だったのか。


「プリセア、俺たちならもう大丈夫だ。これからモーゼス議長と戦うのだろう? <天使の息吹リジェネーション>はお前達にかけておけ。その魔術は、1パーティーにしかかけられないからな」


 パーティーの上限が6人であるため、パーティーを効果の対象とした魔術は、最大で6人までにしかかけられない。

 フェリクスは、自分たちのことは置いておき、これから戦いに向かう者たちに改めて自動回復の魔術をかけなおせと言っているのだ。


「兄さん、本当に大丈夫?」


「くどいぞ! ここで俺たちが回復するのを待っていたら、モーゼス議長に逃げられてしまう! ヤツはいま、部下に命じて水門を開けさせている! 魔導ボートで逃げるためにな!」


「うん、分かった……。<天使の息吹リジェネーション>!」


 聖女プリセアは俺たちに自動回復の魔術をかける。

 こうして、魔法の仕組み上では、俺たちは即席のパーティーとなった。


 俺、ラミリィ、ロリーナ、ディーピー。

 それと、勇者のリアと、聖女のプリセア。


 この6人で、モーゼス議長を倒す!



■□■□■□



 上水道の管理小屋は簡単に見つかった。

 サイフォリアの街の最高権力者が身を隠してるとは思えないほどの、質素な小屋だった。

 だが、外からでは中の様子はわからない。


「扉が閉まっているな」


 小屋に建てつけてあるのは簡易な木の扉だったが、軽い気持ちで触るわけにはいかない。

 <爆弾魔ボマー>の能力で、扉が爆弾になっているかもしれないからだ。


「あの、本当にモーゼス議長は小屋の中にいるんですか? もう逃げちゃったりとか、してないんでしょうか」


「ラミリィ、その心配はない。さっきからリアの白い<魔法闘気>が発動してるからな。近くに使徒がいるのは確実だ。あいつはきっと、自分自身をおとりに使ってるんだ。罠をタップリと仕込んだ小屋に、俺たちを誘い入れるためにな……」


「そうだぜお嬢ちゃん。それに、さっきから小屋の中からどす黒い気配を感じるぜ。そして、その周囲には誰もいないのも分かる。あの小屋の中には、モーゼスとかいう使徒しかいないのは確かだ!」


 最近思うのだけど、ディーピーは気配感知の能力がずば抜けている。

 野生の勘なのか、それとも何か特別な技能があるのかは分からないが、ともかくこういう時のディーピーは頼りになる。


「あとは、どうやってあの小屋に乗り込むかだね」


 リアが警戒しながら小屋を見つめる。

 まったく、律儀なやつだな、リアは。


「ラミリィ、やろう」


「はい、カイさん! 任せてくださいっ! <早打ち連射・一斉攻撃>!」


 <魔法闘気>を乗せたラミリィの矢で、問答無用で小屋ごと吹っ飛ばす!

 それは、紫色に輝く流星群。

 1発1発が圧倒的な破壊力を持つ矢は、ちんけな小屋を跡形もなく破壊した。


 だが、その瓦礫の中に、悠々と座る1人の男がいた。


「ずいぶんと荒々しいノックだね。それに、回数も多すぎる。マナーの勉強をして出直してきたまえ」


 直接会うのは初めてだが、身にまとうドス黒い<魔法闘気>で、その男が何者か分かった。

 <魔法闘気>を発動させてから、俺は元凶の使徒に言い返した。


「この街のマナーでは、人を爆弾に変えていいことになってるのか? 無礼には無礼で返されるものだぞ、モーゼス議長」


 モーゼス議長は俺の言葉など意に介さぬ様子で、埃を払ってから立ち上がった。


「立場の違いというものを、まるで分かっていないようだね。私が言えば道理のほうが遠慮をしてくれるのだよ、この街ではね」


「<早打ち連射・一斉攻撃>!」


 モーゼス議長の言葉を無視して、ラミリィが再び矢を放つ。

 だが、その矢はモーゼス議長に届く前に、全て爆発四散した。


「わっ! カイさん、全部撃ち落とされちゃいました!」


「目上の人の話を遮るものではないよ。まったく、これが面接なら君たちは全員とっくにお帰りいただいているところだ」


「話し合いを拒否して暴力に訴えたのはお前からだぞ、モーゼス議長。お前は真っ当な政治活動をしていたションショーニ議員を殺害した。お前は殺人者だ!」


「殺人者だと……? ふふ、それを決めるのは、この街の司法だ。君ではない」


「お兄ちゃん、話なんかしても無駄だよ! さっさとケリをつけよう!」


 リアはそう言って駆け出した。

 それと同時に、リアの体が何人にも分かれる。


 精霊剣カレイド・ボルグ。

 同じ場所に並行世界を同時に存在させる能力を持つ、勇者のみが使える聖剣だ。


 その剣の能力で分身を生み出し、一斉に攻撃をする。

 人類最強の力を持つ勇者が、同時に何人も現れて同時攻撃をしかけてくる。

 これを防げる人類は存在しない。


 そう思っていた。


「話に聞いていた、因果律を複製する剣か。だが残念ながら、君は近づかないと私に攻撃できない。そして、近づけば私は能力を発動する。つまり、どれだけ因果律を並べようと、結果は収束する。すなわち」


 次の瞬間、分身したリアの1人が持つ精霊剣カレイド・ボルグが爆発した。


「きゃっ!!」


 爆発の衝撃でリアの手から聖剣が離れると、他の全ての分身が消滅する。

 そしてただ1人残ったリアは、爆風で大きく吹っ飛び、地面に叩きつけられた。


「リアッ!」


「剣を手放して能力が切れた時点で、因果が確定するのだよ。これが、精霊剣カレイド・ボルグの攻略法だ。もっとも、何度も使える手では無いがね」


 倒れたリアのもとに、聖女プリセアがかけつける。


「大丈夫、息はある。でも、気を失ってるみたい!」


 俺はそのとき、モーゼス議長の視線が聖女プリセアを追っていることに気づいた。


「分かった。ラミリィ、もう一度攻撃をっ!」


「えっ、はいっ! <早打ち連射・一斉攻撃>!」


 ラミリィの矢の嵐は、やはりあっけなく爆発によって打ち消されてしまう。

 だが、これでいい。


「矢が無駄だとは思わんのかね?」


「いや、大いに役立ったぞ。モーゼス議長、あんたの能力の弱点が分かった。あんたは1つずつしか、爆弾にできないんだ」


 冒険者ギルド長のジェイコフが言っていた。

 モーゼス議長は能力を使うときは、この管理小屋に身を潜めるという。


 なぜ身を隠す必要があるのか。

 いまの応酬で確信した。

 それは、爆弾に変えられる対象は1つだけであり、爆弾の罠を張っている間は自分が無防備になるからだ。


「ほう、よくぞ言い当てた。では、能力の開示をしよう。私の”天啓”は<爆弾魔ボマー>。対象1つを爆弾に変える。どのような爆弾にするかは私が好きに選べる。射程はおよそ5メートル。ただしこれは爆弾に変える能力の射程で、一度爆弾に変えたものは私が能力を解除するまで、どんなに離れようと爆弾のままだ」


 能力開示のルール。

 スキルは能力を説明すると、効果が強力になる。


「俺が効果を見破ったから、追い詰められて能力の開示をしたか。今のうちに覚悟をしておくんだな。俺にぶっとばされる覚悟をなあ!」

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