077話 ゴメスダの末路


「ここまでだ、ゴメスダ!」


 俺がそう叫ぶと、ゴメスダは忌々いまいましそうに俺を見た。


「くそっ、ハズレスキルで万年Fランクだったカイが、俺を見下すんじゃねえ!」


 万年Fランク。

 そう言われても、今は全く悔しくない。


 かわりに、そうやって人をさげすむゴメスダに憐れみさえ覚えた。


「ゴメスダ、お前はなんだって魔族の使徒になりさがった。何が狙いだ?」


「狙いだぁ……? くくっ、めでてえやつだぜ。お前なら俺の気持ちが分かると思っていたんだがなぁ。万年Fランクだった、お前ならなぁ」 


「さっぱり分からない。言い残したいことがあるなら、簡潔に話せ」


 俺の言葉を受けて、ゴメスダはあざけるるように笑った。

 見下しているのは、俺か、それとも──


「困難を克服するだとか、運命に打ち勝つだとか、そんなのは始めから”持っている”人間だけが出来ることだ。俺たちみたいな一般人は、そんなチャンスなんて回ってこないのさ。いつだって、最悪な選択肢の中から、一番マシなのを選び続けるしか無いんだよ、俺達は」


「だから何が言いたいんだ、お前は!」


「俺に何か目的があるとすれば、つつましく生きるのに十分な金を貰って、まあまあな人生を送ることだけさ。ただ、”天啓”が暗殺向きで、俺の上司がそれを望んだから、俺は命令通りに動いた。それだけの、つまんねえ話なんだよ」


「お兄ちゃんに同情を誘って油断させるつもりなら、私が許さないからね」


 リアが話に割って入った。

 少しでもゴメスダが奇妙なことをすれば、すぐにでも剣を振り下ろしそうだ。


 だが、俺にはゴメスダが何かをするようには思えなかった。 

 死ぬ前に、自分の人生を総括そうかつしているような、そんな気配を感じたのだ。


「同情が欲しいわけじゃねえぜ、勇者様よぉ。ただ、意外だっただけさ。てっきりカイはこっち側の人間だと思っていたからな」


「こっち側って何。お兄ちゃんに対して、知ったような口をかないで」


「へへっ、選ばれし者の傲慢ごうまんって感じだな。だが、知っておいてくれよ。世の中には、一番マシだと思う選択を続けて、それでも破滅していく人間はいるってことをな。まったく、最悪な気分だぜ。人を使徒とかいう化け物に変えやがってよぉ……」


「まて、ゴメスダ! お前は、自分の意志で使徒になったわけじゃないのか!?」


「何を言ってやがる。あれは……うぐっ!?」


 話の途中で、ゴメスダがいきなり苦しみだした。

 そして、ゴメスダの体の周囲に黒いもや・・が湧く。


「ゴメスダ……それ以上、私の不利になることを喋るのは許さん。お前はここで、みじめったらしく絶望しながら死んでいけ」


 見覚えがある。

 ロリーナの時にも現れた、魔王の影だ。


「やはりゴメスダを使徒にしたのは、魔王だったのか!」


「カイか……ずいぶんと粘っているようだが、無駄なあがきだ。どうせお前も最期は絶望しながら死ぬことになる。こいつのようになっ!」


「うっ、ぐぐ……ぐわああぁぁぁぁ!!!」


 苦しそうにしていたゴメスダが、断末魔の叫びをあげた。

 そして、それきり動かなくなった。


「殺したのか……? 使徒ってことは、お前の仲間なんだろ! お前は仲間さえも平気で切り捨てるのか!」


「使い魔となった人間ごときが、我と同胞はらからになれるはずがなかろう? お前達人間は我のエサにすぎん! いわばこの世は人間牧場よ! フハハハハッ!」


 高笑いとともに、黒いもや・・は消えていった。

 残ったのは、ゴメスダの死体だけだった。


 その死体に、聖女プリセアがそっと寄り添う。


「使徒化が解かれてる。用済みってことなのかな。……最期は、人間として死ねたみたいだね」


 奇妙な感覚だ。

 ゴメスダがこれまでやってきたことは、許せることではない。

 本人も褒められた人物ではなかった。


 けれども、人の命がこうもアッサリと使い捨てられるのを見ると、なんとも言えない感情が湧き上がってくる。


 ゴメスダは、いうなれば命令を忠実にこなした兵士だ。

 もしも上司とやらが、人を殺す命令をするような人物でなければ、もっとまともな最期になったのかもしれない。


「ゴメスダの上司……。つまり、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>が絡んでいるのは間違いなさそうだな」


「<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>については、冒険者ギルド長のジェイコフさんが直々に調査してくれてますからね。もしかしたら、魔族崇拝の証拠を押さえてくれるかもしれませんよ!」


 ラミリィが嬉々とした声で言った。

 だが、ロリーナのほうは少しばかり不安顔。


「どうした、ロリーナ」


「いや、もし本当に<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に、強引に使徒を作り出す手段があるというのなら、むしろギルド長に頼んだのは失敗だったかもしれんと思うてのう」


「ギルド長が危ないってことか?」


「うむ、じゃが訪問したギルド長が行方不明になったとしたら、疑いは確証に変わるじゃろう。じゃから、よほど早計な短絡者でなければ、ギルド長に危害を加えるとは思えんから、気にしすぎかもしれんのう」


「何にせよ、ゴメスダを倒した報告もしなくちゃいけない。いったん冒険者ギルドに戻ろう」


 そうして俺たちが立ち去ろうとした時。

 魔族のメルカディアが不愉快そうに声をかけてきた。


「ちょっとあんたたち」


 不愉快そうに、メルカディアが俺たちに声をかけた。


「言っておくけど、メルはあんたたちを助けたわけじゃないんだからね。表立って魔王と敵対する気はないから、勘違いしないでちょうだい」


「ああ、今回は助かったよ。ありがとう。またよろしくな」


「はあ? このクソ人間、メルの話をちゃんと聞いてたの!? 本当にもう……頭にくるやつ!」


 メルカディアはそれだけ言うと、去っていった。


 しまった。つい、からかってしまった。

 再会したリアがしっかりした勇者になっていた反動か、昔はリアにしていたような言動を思わずメルカディアにしてしまった。


 だから、会ったら聞いてみようと思っていたことを聞きそびれてしまった。


 怒りの感情を求める魔族のメルカディアは、果たして自分の意志で動いているのか、それとも、ついやってしまうのか。

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