076話 ゴメスダ戦


 メルカディアが現れたことで、迎撃デート作戦は次のフェイズへと移る。

 俺は自分の狙いを皆に説明することにした。


「いいか、ゴメスダだってバカじゃない。俺たちが街中に堂々と姿を表したら、何かの罠だと思うだろう」


「確かに……。普通は奇襲を恐れて隠れながら行動しますよね」


 ラミリィが感心した様子でうなづいた。


「そういう意味ではリアの勇者としての行動はとても助かった。合理性に欠けた行動を見て、ゴメスダのやつも、きっとこう思ったはずだ。自分を舐めているのかと」


 皆には素の行動をしてほしかったので、これまで説明できなかった。


「なるほど、こんなアホらしい作戦でどうやってゴメスダをおびきだすのか不思議に思っておったが、そもそもやつをおびきだす必要が無かったわけじゃな」


 最初に俺の意図に気づいたのは、ロリーナ。

 俺と同じように、ゴメスダをおびきだすのは不可能だと思っていたのだろう。


 あいつはきっと、俺たちを確実に殺せるタイミングでしか姿を見せない。

 だからこそ、俺達はあいつを逆探知する必要があった。


「俺だって、あいつが怒ってノコノコと現れるとは思っていないさ。あいつが怒ってくれれば、それで十分だったんだ。さて、あいつのイライラは今どのくらい溜まってるかな?」


 俺はメルカディアの肩をポンと叩く。


 魔族には、自分の求める感情を強く持っている人間を感知する能力がある。

 そして、メルカディアの糧とする感情は怒り。


 つまり、こいつは怒ってる人間を見つける探知機として使える。


「あーあ、メルもまんまと使われちゃったわけね。いいわ、ノってあげる。とびっきり怒ってる人間の感情を、さっきからビンビン感じてるもの」


 メルカディアは周囲から見えないようにしながら、ゴメスダが隠れている位置を示した。

 よかった、素直に言うことを聞いてくれるかが一番の懸念材料だった。


「お兄ちゃん、あとは私達に任せて」


 勇者リアと聖女プリセアが武器を構える。


「<輝ける三稜鏡プリズムフラッシャー>!」


 聖女の魔術で、あたりが一斉にまぶしく光る。

 その光の中を、リアが駆けていた。


 俺も後を追うが、<魔法闘気>で強化していない俺の体では、勇者の全力疾走には追いつけない。


「ぐわーっ!!」


 その直後、男の叫びが響く。

 間違いない、ゴメスダのものだ。


 声のしたほうを見ると、木の陰からゴメスダがい出ていた。

 どこにも逃げられないよう、聖女の魔術で全方向から照らされている。


 いや、そもそも逃げられる状態でもないか。

 初撃で深手を負ったのか、ゴメスダは苦しそうにうずくまっていた。


「くそ……勇者と聖女か……」


 ゴメスダは忌々しそうに吐き捨てた。


 だがその傷も、すぐに治り始めている。

 使徒となったゴメスダの能力だろう。


「その使徒の力、誰から授かったの? 他に仲間はいる?」


 リアの冷たい声がゴメスダに浴びせされる。


「そ、それは言えねえ……」


「そう、ならば答えはひとつね。リアはお兄ちゃんに危害を加えようとする人を許さないし、勇者は使徒を見逃さない」


 そして、リアの容赦のない一撃が、ゴメスダの体に深々と突き刺さった。


「くそ……やられた……か……」


 ゴメスダは、そう言って力なく項垂うなだれた。

 だが、リアはその態度に騙されなかった。


「甘く見ないで。あなたは体の一部が残っていれば再生できるんでしょ。もう二度と再生できないよう、木っ端微塵こっぱみじんにしてあげる」


 リアは自分の<精霊剣カレイド・ボルグ>を振りかぶった。


 前にゴメスダはロリーナに向かって、傷の治療ができないよう、木っ端微塵こっぱみじんにすると言った。

 バラバラになれば再生は出来ないと、ゴメスダは認識しているのだ。

 それはつまり、裏を返せばゴメスダの再生能力はそういった類のもの。  


「待て、リア!」


 俺はリアを呼び止める。

 リアは視線をゴメスダから離さずに、声だけで返事をした。


「何、お兄ちゃん。そんなことないと思うけど、止めても無駄だからね?」


「違う、そうじゃない! 勇者の力でゴメスダを消滅させるにしても、それはもっとよく観察してからだ!」


 俺はリアたちに少し遅れて、ゴメスダまでたどり着いた。 

 ゴメスダは既に満身創痍まんしんそういで、常人ならば致命傷だ。


 だが、その姿を見て俺は気づいた。

 こいつ、左手が無い!


「リア、お前はゴメスダの左手も切り落としたか?」


「ううん……、あっ! 無くなってる」


「読めたぞ、ゴメスダ! お前は今の一瞬で自分の左手を自分で切り落としたな? 再生したあと、<影渡り>で遠くに逃げるために!」


「待ってよ、お兄ちゃん! いまこいつは、プリセアの魔術で全方位から照らされてるんだよ? 影なんてどこにもないよ!」


 今日のデートでずっとついてきてくれた、浮かぶ光精霊ケサランパサラン。

 それと光魔術<輝ける三稜鏡プリズムフラッシャー>によって、ゴメスダの周囲には影が無くなっている。


「いや、それでも影はあるぞ。うずくまったゴメスダの、その下に!」


 俺はうずくまるゴメスダを乱暴にどかす。

 予想通りだった。


「あったぞ、穴だ! こいつ、地面に穴を掘って、そこから自分の左手だけ逃したんだ! やられたフリをするのがブラフだったんじゃない! そうしてさっさとトドメを刺されるために、あえてやられたフリをしたんだ!」


「カイ、てめぇ~~!!!」


 ゴメスダは恨めしそうに俺を見た。

 どうやら図星だったようだ。


「悪いが、お前を逃がすわけにはいかないんでな」


「へっ、よく言うぜ。その穴をよく見な! どこに繋がっているのかを!」


「……リア、ゴメスダを見張っていてくれ」


 ゴメスダに言われて、俺は穴をのぞき込む。

 そこには、地下水道が隠れていた。


「水が流れている! こ、これはっ! 分水用の地下水道か! このモーゼス上水道から、地下水道で街に水を行き渡らせているのか! まさか、ここに左手を落としたのか!?」


「そうだぜ、地下ってことは影だらけだからなぁ! そして地下水道はこの街のいたるところに張り巡らされてる! お前らは俺を追うことなんて出来やしねえのさ! 残念だったな、俺は逃げ延びた左手からまた再生するぜ!」


 ゴメスダが得意げに叫んだ。

 だが、それをロリーナが制する。


「いや、追う必要はなかろう。来てもらえばええだけじゃ。ラミリィ、おぬしの矢で上水道の水を弾き飛ばすのじゃ!」


「えっ、は、はい! <早打ち連射・一斉攻撃>!」


 ロリーナの合図とともに、ラミリィが用水路に向かって一斉に矢を放つ。

 すさまじい水しぶきがあがり、用水路に流れていた水がいっきに無くなった。


「おそらく、落とした左手のほうは<影渡り>が使えんのじゃろう? 自分から離れたものにも効果があるのであれば、もっと他にもやっていたはずじゃ。そして、いまは用水路の暗渠あんきょに落ちているだけならば……水が無くなれば、手はどちらに流れてくるかのう?」


 水の無くなった用水路に、地下水路から一斉に水が逆流する。

 そして、水が戻ってきた用水路にゴメスダの手が浮かんでいた。

 それをロリーナがすかさず拾う。


「さて、これで逃げ道も無くなったのう」


「これで心置きなく、あなたを吹っ飛ばせるんだね」


 それが、勝敗が決した瞬間だった。


「くそっ、くそっ、くそっ! お前ら、よくもーー!!!!」

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