075話 勇者リア・リンデンドルフ⑤
誰にでも優しいが、そのかわり身内に寂しい思いをさせる人がいる。
心を許した相手には優しいが、そのかわり他人とは距離を取る人がいる。
どちらが良い、悪いという話をするつもりはない。
ただ、俺の知る限り、妹のリアはどちらかというと後者の人間だった。
けれども、4年ぶりに再開したリアは、そうではなかった。
迷子の子供のために母親を探し出した俺たちは、人が集まってきた公共広場から今度こそ離れようとした。
俺たちは使徒となった<闇討ちのゴメスダ>に命を狙われている身。
ヘタに一般人に近づけば、巻き込んでしまうおそれがある。
だがリアは、目についた困っている人たちに、片っ端から手を貸していったのだ。
重い荷物を背負った老婆を手助けしたりだとか。
ひったくりを追っかけて荷物を取り返したりだとか。
逃げた飼い猫を探して路地裏を歩き回ったりだとか。
そういう、平時であれば関心するような人助けを、見境なしにこなしていった。
リアが大人しくなったのは、
そのころにはもう、空はすっかり赤く染まり、夕暮れ時となっていた。
そうしてやってきたのが、モーゼス上水道。
都市の中央にまで飲用水を運ぶ人工の川で、ほとりが緑道として整備されている。
緑豊かな並木道は、サイフォリア街民の憩いの場だ。
けれども、仲間たちの表情は固い。
「カイ、ここは影が多い。ゴメスダからすれば、奇襲しほうだいじゃぞ」
「もうじき日が暮れる。そうなったら、あたりは影だらけになる。それよりはまだ有利な状況だよ。それにゴメスダは俺たちを目視する必要がある。
ここまで、迎撃デート作戦は思ったような効果を出していない。
ゴメスダが監視しているというのはブラフだったのではないかと思わず疑ってしまうほどだ。
「お兄ちゃん、その……本当に大丈夫なの?」
リアが不安そうに聞いてきた。
「不安そうにするのが一番ダメだ。ほら、勇者なんだから、シャキッとしろ」
「そうなんだけど……、そうじゃなくて……」
そう言ってリアはチラチラと川を見る。
もしかしてこいつ、水が苦手なの治ってないのか?
小さい頃に川で溺れてから、リアはずっと水が苦手だ。
ゴメスダではなく、この用水路が怖いのかもしれない。
その証拠に、こころなしかリアが
俺はリアの勇者らしからぬ臆病さに思わず破顔した。
そして、さりげなくリアを川から遠ざけるように、俺が水路側を歩くようにした。
そうして俺たちが警戒しながら並木道を散策していたときのこと。
急に、女性の叫び声が響いた。
ゴメスダが市民に手を出したのかと思ったが、違った。
「きゃー! 誰か助けてっ! 子供が用水路に!」
母親らしき女性が川に向かって手を伸ばしている。
見れば、小さな子どもが溺れていた。
まさか、と思うよりも早く、リアが川に飛び込んだ。
一切の迷いのない動きだった。
「リア、お前! 泳げるようになったのか!?」
ゴメスダの奇襲を警戒しなくちゃいけない状況で真っ先にお前が離れるなとか、そういう話よりも前にリアのことが心配になってしまった。
俺の知るリアは筋金入りのカナヅチだ。
水に入るのも怖がるほどだった。
溺れている子供を助けるためとはいえ、そのリアが
だが、聖女のプリセアが慌てて川べりに走り寄った。
その焦りざまを見て、理解した。
リアは泳げるようになったわけじゃない。
泳げないくせに、子供を助けるために川に飛び込んだのだ。
「お兄さん、私が援助するから、勇者様を助けに行ってあげて! 草の精霊よ!」
プリセアが川べりの草に触れると、その草のツタがどんどん伸びていく。
俺はそのツタを掴んで、川に飛び込んだ。
「2人とも! 俺に掴まれ!」
俺が溺れる子供とリアを抱きかかえると、伸びていたツタが縮んでいく。
そうして2人は無事に救出できた。
できたのだが──
「リア、俺の言いたいことが分かるな?」
リアは濡れた体を縮こまらせて、心底申し訳無さそうに萎縮していた。
「そ、そうだよね。勇者である私が真っ先に離れたら、ゴメスダの奇襲に対応できなくなっちゃうよね……」
「そうじゃない! 泳げないのに川に飛び込むやつがあるか! お前に何かあったらどうするんだ!」
「うっ。ご、ごめんなさい……」
どうやら、自分が無茶をした自覚はあるようだ。
ならば、これ以上俺が説教することはない。
それにリアの行動をどこかで<闇討ちのゴメスダ>も見ていたはずだ。
だとすると、思っていた以上に効果が出ているかもしれない。
あまりにも
「どうしたんだお前。らしくないぞ? まるで、立場が逆転したみたいだ」
何度も言うが、故郷ではこういう時に真っ先に飛び出すのは俺だった。
そして、俺の無茶に対して、リアが呆れるのだ。
「それは……」
「私が説明するね」
助けた子供を母親に返していたプリセアが、話に割って入った。
どうやら、何か事情があるようだ。
「お兄さん。前に勇者様が、困っている人がいると、勝手に体が動いちゃうって言ってたじゃない? あれって、言葉通りの意味なの」
「プリセア! それは秘密にするって約束だったじゃん!」
言葉通りの意味というと、つまり──
「もしかしてリアは、本人の意志に関係なく、困っている人を助けようとしてしまうってことか? 勇者としての責務をまっとうするために」
プリセアは静かに頷いた。
「これまで助けを求める声に応じていたのも、
「リア本人の性格に関係なく、ついやってしまうってことか。なんというか、まるで……」
まるで魔族だな。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
妹は魔族ではない。
それは兄である俺が保証できる。
それに、魔族は自分が糧とする感情を求めて、自発的に行動している。
リアのように、本人の意志に関係なく、つい思わず行動してしまうわけではない。
だから、そんなことあるはずがない。
俺は頭に浮かんだ最悪の結論を、必死にかき消した。
それに、リアがたとえ何者になっていようと、リアは俺の妹だ。
「それにしても、ビショビショじゃないか。リア、変わりの服は持ってきてるか?」
俺はリアの肩を優しく叩く。
すると、何かが決壊したかのように、リアが泣き出した。
「私だって、好きでビショビショになったわけじゃないもん! 気がついたらやっちゃってるの! 自分でおかしいって思ったときには、すでに行動が終わってるの!」
「リア……」
ずっと覚えていた違和感。
妹と勇者の2面性。
それは勇者となったリアが背負うことになった、宿命だった。
「好きでやってる訳じゃないのに、行動してる最中は、なぜかそうするのが当然って気持ちになるの。こんなの絶対おかしいよ! せっかくお兄ちゃんに褒めてもらおうと思って、オシャレしてきたのに、全部台無しになっちゃったし!」
「リア、お前の気持ちは分かった。だからもう泣くな。それに、お前のやってる行動は悪いことじゃないんだ。お前がどういう考えだろうと、世のため人のために命がけで行動すること、それは胸を張っていいんじゃないか?」
「お兄ちゃん……」
「さあ、濡れた服のままだと風邪をひくぞ。兄ちゃんが着替えさせてやるから、抵抗するなよ?」
「うん……」
俺は<装備変更>で瞬時にリアの服を交換する。
この手のスキルは相手が抵抗しなければ、自分よりも能力が上の相手にも使える。
瞬時に着替えられるのは<装備変更>というハズレスキルの数少ない利点だ。
「待って。お兄ちゃん、この服って……」
「いやだから、お前の体格に合う服はそれしか持ってないって言っただろ」
リアに着せたのは、前にリアとの決闘でも着せた服。
すなわち、猫耳メイド服。
「ややや、やっぱり! これ、お兄ちゃんの趣味なんじゃないの!?」
「俺の趣味じゃない。けど、それを持ってきたやつよりも、ずっと似合ってるぞ! うん、さすがは俺の妹だ!」
周囲に聞こえるような大声で、俺はリアを褒め称えた。
もちろん、迎撃デート作戦のためだ。
そして、俺の作戦は予想通りの結果を得られた。
「ふん、このクソ人間……! メルの忍耐力を試そうっていうのかしら!」
どこからともなく現れたのは、猫耳メイド服の持ち主。
メスガキ魔族のメルカディアだ。
「ようやく来たな。この作戦、おびき出したかったのは、ゴメスダじゃない。お前だったんだよ、メルカディア」
「えっ、何? 普通に呼んでくれれば、メル、普通に来たんだけど……」
「それじゃダメだったんだよ。怒りの感情を求めるお前が、ついフラッとやってきてしまうぐらい、怒り心頭な人間が俺たちの近くにいる状態じゃないとな……!」
ゴメスダを追い詰める準備は整った。
あいつが攻撃をしかけるのを待つなんてことはしない。
奇襲をしかけるのは、俺たちのほうだ。
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