074話 勇者リア・リンデンドルフ④


 リアは迷子の少年の母親を探すと言い出した。

 勇者として、立派な振る舞いだろう。

 今が、使徒に狙われている状況でなければ。


「ご、ごめんねお兄ちゃん! でも私、困っている人がいると、勝手に体が動いちゃうんだよ」


 俺が渋い顔をしていたら、リアが謝罪を入れた。

 自分が何を言い出したのか気づいたのだろう。

 だが、その意志を変えるつもりはないようだ。


「お兄さん、こうなったら勇者様は止められないよ。この子の安全確保のためにも、一刻も早くお母さんを見つけ出すのが得策だと思う」


 聖女プリセアはリアの勇者的行動に慣れているのか、落ち着き払った様子で俺に耳打ちした。


「さすがは聖女だな。俺たちが目立つところに身を晒しているのは、使徒になったゴメスダの注意を集めることで、他の人達に被害が出ないようにしてるのを分かってくれていたんだな」


 わざわざ街中でデートごっこなんてしてるのは、俺たちをいつでも攻撃できるとゴメスダに思わせるためだ。

 ヘタに身を隠したりだとか、ダンジョンの中で迎撃体制を整えたりして、使徒ゴメスダの敵意が一般人に向くのだけは避けたかった。


「カイさん、そこまで考えていたんですね……!」


 ラミリィが尊敬するような眼差しを俺に向けた。

 え、じゃあなに。

 君、理由とか考えずにデートごっこに全力を注いでたの?


「ともかく、リアの考えは分かった。そういうことなら、急いでその子の母親を探そう」


「うん、ありがとうお兄ちゃん」


「ただ、ゴメスダに狙われている以上、手分けして探すってわけにはいかないからな」


 俺が改めて注意喚起すると、聖女プリセアが何か思いついたような顔になった。


「ふっふっふー。手っ取り早くその子の母親を探せばいいんだよね。だったら、いいこと思いついちゃった」


 そして少年を抱きかかえると、プリセアはその白い翼を広げて、飛んだ。

 たいした高さではないが空を舞うその姿は、まさに天使のようだった。


 その天使は、街頭演説をしていた中年男性の前に降り立った。

 そして何事かと驚く中年男性から、<魔導拡声器ラウド・ヘイラー>をひったくった。


「ぜはー……ぜはー……、ちょっとまって……、運動不足……。ふー……。あー、テステス! はい、注目! こんにちは、聖女でございます」


 <魔導拡声器ラウド・ヘイラー>を通したプリセアの声が公共広場に響く。

 誰もが何事かとプリセアの声に振り向いた。

 なるほど、確かにこれなら、母親をすぐに見つけられる!


 プリセアは周囲を見渡しながら、言葉を続けた。


「迷子のお知らせです。この子の母親を探しています。我こそはと思う者は、名乗り出るがよい!」


 もうちょっと真面目に出来ないの?


 そうして聖女の評価が乱高下してる最中のこと。

 まさかの人物が聖女のもとに駆け込んできた。


「は~い! 私! 私がその子のママになりま~す!」


 聞き覚えのある声に嫌な予感がしつつ、声の主を確認する。

 予想通りというべきか、なんというか。

 母性派魔族のマーナリアがそこにいた。


 何やってんだ、あの魔族ひと

 というか、ママになりますって、里親募集のペットじゃないんだぞ。


 突然の魔族の登場に、さすがの聖女プリセアも困惑していた。


「えっと、その、角がある人は……。そっか、認識阻害の魔術……。あー……。母親って言うなら、この子の名前はなんですか?」


 ナイスな機転だ!

 本当の母親にしか分からない質問で、やんわりとマーナリアをお断りするつもりだな!


「それは~、私がその子の名付け親ゴッドマザーになっていいってこと~?」


 そういうことにはならんでしょ。


 おそらくマーナリアは「母親を求める人間の感情」に釣られたのだろう。

 魔族は自分が糧とする感情を求めずにはいられない生き物だ。 


 演壇えんだんの上で己の欲望に忠実な魔族を尻目に見ながら、俺はリアを見た。

 魔族が現れたというのに、白く光るリアの<魔法闘気>は発動していなかった。


「リア、お前のピカピカ光る勇者としての力は、どのくらいの射程があるんだ?」


「光るのが能力なんじゃないけど……たぶん30メートルぐらいかな」


「ここからマーナリアまで、30メートルはなさそうだよな」


「いま発動してないのは、認識阻害で正体を隠してるからだと思う。同じように、ゴメスダも<魔法闘気>を使わずに隠れていたら、私じゃ感知できないんじゃないかな」


「もうちょっと頑張って、魔族ぐらいは感知できるようにならないか?」


「お兄ちゃん、たまに無茶振りするよね……。一応、やってみる」


 リアは「んー」と唸りながら、目を閉じて集中を始めた。

 魔族の気配に反応する勇者の能力は、今回の戦いに大きく関わってくるので頑張ってもらいたいところだ。


 リアが意識を集中している間、俺は壇上で母親探しをする聖女の動向を見守った。

 見れば、マーナリアとは別に、熟年の女性が聖女のもとに駆け寄っていた。

 いや、聖女が抱いている子供のところに向かってると言ったほうが適切か。


「タッくん!」


「ママー!」


 よかった、無事に母親が見つかったようだ。

 だが、プリセアが母親に子供を渡そうとすると、マーナリアが割って入った。


「待って! ママになるのは私よ!」


 本当、何やってんの、あの魔族ひと

 母親の座を奪おうとする不審者に、周囲の誰もが困惑する。


 そんな中、プリセアがまた何かを思いついたような顔をした。

 そして得意顔で母親と、ママを名乗る不審者に言った。


「そうだ! じゃあ、2人ともその子の腕を1本ずつ持って、引っ張り合いをしてみて。勝ったほうに、この子を返すから」


 そういう話、どっかで聞いたことあるな。

 子供が「痛い」と言った時に手を離す優しい人のほうを、母親とみなすやつだ。

 さすがは聖女、人の心の機微をよくわかってる。


 感心していた俺だが、ふと気づいた。

 あれ、引っ張り合うといっても、片方は圧倒的な力を持つ魔族だよな?

 マーナリアが容赦なく引っ張ったら、親子ともども、大変なことになるのでは?


 まずい、止めないと!


 俺は聖女の目の前でいままさに引っ張られようとしている子供めがけて走った。


「ストップ! ストップ! そのまま引っ張ったら、大変なことになるぞ!」


 俺の言葉に、母親たちは我に返った。

 その様子を見て、プリセアが満足そうに頷いた。


「うむうむ! 子供の身の案じるとは、そなたこそが真の母親じゃな。さあ、子供を持っていくがよい」


「何を言ってんだ、あんた」


 そうして俺は聖女にツッコミを入れた後、正しい母親に子供を返した。

 母親は俺たちに丁寧に礼をすると、そそくさと去っていった。

 まあ、ママを名乗る不審者からは一刻も早く距離をとりたいよね。


 その不審者は、しょんぼりとしょげかえっている。


「ごめんね、カイちゃん。カイちゃんがいるのに、ママ、他の子にも手を出そうとして……」


「いや、嫉妬ではないので。人道的観点からの人助けなので」


「そんな冷たい目で見ないで! ママ、母親を求めている子供を見ると、勝手に体が動いちゃうの!」


 似たような台詞をちょっと前に聞いた気がするが、ロクなことじゃなさそうな気がしたので考えないことにした。


 さて、言い出しっぺの勇者リアだが、自分の<魔法闘気>に意識を集中させたままだった。


「お兄ちゃーん。やっぱりダメっぽーい」


 リアはもう迷子の子供のことには関心が無いようだ。

 自分が助けるって言ったんだから、最後まで面倒を見なさいと言いたくなる。


 けれども、それと同時に、やはり思ってしまうのだ。

 そもそもリアって、困ってる人を放っておけないような性格だったかなと。

 

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