073話 迎撃デート作戦②


 街の公共広場は様々な用途で使われるが、普段は市民の憩いの場となっている。


 ゴメスダをおびき寄せるための迎撃デート作戦を始めた俺たちだが、綿密なデートプランがあるわけではない。

 そこで、とりあえず甘味スイーツを買い食いすることにした。


 皆でレストランのテラス席に腰掛け、思い思いのものを注文する。

 周囲を警戒したが、ゴメスダの気配は無かった。


 とはいえ、やつの”天啓”スキルの<影渡り>は影の中に潜むようなものではない。

 あくまで影で繋がっている場所に瞬間移動する能力だ。


 だから、俺たちを監視するなら、必ずどこかで姿を現しているはず。

 ここは公共広場に面したテラスなので、何かあればすぐに対応できる。


 何も起きないまま待つこと数分、料理が配られた。


 俺を挟み込むように席についたラミリィとロリーナは2人ともパフェ。

 俺とリアはアップルパイで、聖女のプリセアはチーズケーキ。

 テーブルの上に居座るディーピーにはナッツ類だ。


 リアが今もアップルパイが好きなことに、少しだけ懐かしい気持ちになった。


「はい、カイさん。あ~ん」


 ラミリィがスプーンでよそったパフェを俺の口に入れようとしてくる。


「なあ、ラミリィ。ここまでしなくてもいいと思うんだけど」


「いえ、ダメです。やるからには、全力でやらないとバレますよ。いま、あたしたちは恋人同士です。いいですね?」


 そう言うラミリィの目は完全にわっていた。

 ロールプレイに全身全霊をかけすぎでは。


「ほれほれ、どうした。言い出しっぺのおぬしが照れてどうするのじゃ」


 反対側からはロリーナが身を寄せながら、同じように俺にスプーンを近づける。

 こちらは俺の反応を見て楽しんでる愉快犯といった感じだ。


 ここで恥じらったら負けな気がしたので、平然を装って、さしだされたスプーンを両方ともほおばる。


「おお、本当に食べおった! これはおもしろいのう」


 珍獣扱いしてないか?


「カイさん、カイさん。その……あたしにも、あーんして欲しいです……」


 ラミリィが恥ずかしながら、上目遣いでおねだりをしてきた。

 俺は自分のアップルパイとラミリィの顔を3回ぐらい見比べた後で、アップルパイを1切れラミリィに分け与える。


「カイ、おぬしどれだけアップルパイに執着があるのじゃ……」


「えー、ちゃんとラミリィにあげたじゃん」


「そうなんじゃが、予想外のケチ臭さを出してきて、ちょっと驚いておる」


「あたしは、カイさんがそこまで好きなものをあたしに食べさせてくれただけで満足です」


 感慨深そうにラミリィはうなづいた。

 ラミリィが納得してくれているようなので、ロリーナからの胡乱うろんな眼差しは受け流すことにした。


 視線といえば、もうひとつ。

 さっきからリアも俺のことを何かと見てくるんだよな。


 そう思ってリアの座る向かい側に目をやると、ちょうどリアと目があった。


「なに?」


 目が合うと同時に、リアから棘のある言葉が飛んでくる。

 いや、何か話があるか聞きたいのは俺のほうなんだが。


 そんな俺達の様子に気づいたのか、リアの隣にいる聖女プリセアが、手元のチーズケーキをリアに食べさせようとした。


「勇者様も、ほら。あーん」


「うぇっ!? プリセラ? 私べつに他人のものまで食べようとするほど、意地汚くないよ!?」


「えー? お兄さんのこと、不機嫌そうに見つめてたからさー。てっきり、勇者様もやりたいのかと思ったよ」


「は? な、なんでそうなるの!」


 慌てふためくリアを、プリセアはニマニマと眺める。

 リアは反応が面白いから、ついからかいたくなるんだよな、分かる。


「じゃあ、どうして勇者様はずっとお兄さんのことを見つめてたのかな?」


「うっ、うう~~」


 答えに窮したリアは、プリセアの差し出したケーキをしぶしぶといった様子で口に運んだ。


「あ、おいしい」


 リアから素直な感想が溢れる。

 プリセアはそんなリアの態度に、ご満悦のようだった。


「じゃあ勇者様。今度は勇者様が私にあーんしてよ」


「えぇ……」


 リアは手元のアップルパイを大事そうに持ちながら、プリセアの提案に嫌そうな顔を返した。


「勇者様、本当にアップルパイ好きだよねぇ」


「それほどでもないと思うけど……」


「それほどでもない人は、そんな風に誰にも取られないよう抱え込んだりしないんだよ。あー困ったなー。アップルパイ、味見したかったのになー」


「……プリセア、その言い方はずるい」


 リアは観念したかのように、アップルパイを一切れ取ると、プリセアに食べさせた。


「んー、おいしーい」


 俺は、そんな2人の仲睦なかむつまじい様子に、少しばかり安堵していた。


 聖女とは、神聖教団が認める勇者の導き手だ。

 つまりはリアのサポート役ではあるのだが、逆にいえば聖女が必要としているのは勇者であって、リアという1人の人格ではない。 


 もっとビジネスライクだったり、なんなら勇者としての役割さえ果たせばリア個人の心情はどうでもいいという扱いをされる可能性だってあるわけだ。


 それが、仲の良い友人のような関係を築いているのだから、兄としては感謝してもしたり無いぐらいだ。


「プリセア、ありがとうな」


「へっ!? 私、妹さんからアップルパイを強奪しただけだけど?」


 まさか感謝されるとは思っていなかったのか、プリセアは素っ頓狂な声をあげた。

 この聖女は知らないだろうが、俺たち兄妹にとって、アップルパイは家族の象徴なんだよ。


「リアに自分のアップルパイを分け与えるような相手が出来るとは思ってなくてな。その、これからも妹をよろしく頼む」


 お兄ちゃんとして、いいことを言ったつもりだったのだが。


「あー……」


 リアとプリセアは微妙な顔をしながら、互いに顔をあわせた。


「もしかして、俺、何かすべったこと言ったか?」




 結局、レストランのテラスではゴメスダの襲撃は無かった。


 そうして、俺たちが場所を移すか悩んでいたところのこと。

 公共広場がにわかに騒がしくなってきた。


 恰幅かっぷくのいい中年の男性が、演壇の上で演説を始めたのだ。


 <魔導拡声器ラウド・ヘイラー>越しにがなりたてる声は、率直に言って騒々そうぞうしい。


「煩いオッサンだな。おい、カイ。なんだありゃ」


 これまで気ままにナッツをかじっていたディーピーが、鬱陶うっとうしそうに聞いてきた。


「政治活動だよ。この街は選挙で街の代表を決める民主政を敷いてるからね。ああやって公共広場で自分の考えを皆に訴えるんだ」


「うーん? でも確か、この国って王様がいるんだろ?」


「魔物の襲撃が多い辺境の都市は、自治が認められてることが多いんだよ。自由都市ってやつだね。この街ではサイフォリア議会が実質的な統治機関で、その議長が最高権力者さ」


「ふーん。で、あのオッサンは何をあんなに頑張って訴えてるんだ?」


「街の最高権力者であるウィルバッド・モーゼス議長が今の座に就いてるのは不正だから選挙をやり直せって言ってるみたいだ」


「まあなんだ。人間の社会ってのは、色々面倒だよな」


 ディーピーは興味を失ったようで、またナッツをかじりだした。

 だが逆に、俺たちは演説に注目せざるをえなくなってきた。


「カイさん……人が集まってきましたけど、どうしますか?」


 街頭演説に聞き入って、公共広場に人が集まってきたのだ。

 ゴメスダとの戦闘になったときに被害が少なくなるよう開けた場所を選んだというのに、これだけ人が多いとかえって危害を与えてしまいかねない。


「場所を移そう。いまここで戦闘が起きたら大混乱になる。代金は俺が払ってくるから、皆は奇襲を警戒していて」


 俺は立ち上がり、手短に勘定を済ませにレストランの店内に入った。

 お金を払う際に、ついでにウェイターに尋ねる。


「ずいぶん騒々しいみたいだけど、ここはいつもこうなのか?」


 俺の質問に、ウェイターは少し困りながら答えた。


「こんなことは珍しいですね……。いえ、公共広場ですから、演説なんてものはよくあるんですよ。ですが、議長の反対勢力の演説がここまで長引くのは初めて見ました」


「どういうこと?」


「いえ、ね。議長に不利な演説が始まると、普段はどこからともなく冒険者の<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>が現れて、演説を邪魔するんです。今日はそれが無く、皆が演説に耳を傾けている。こんなことは初めてですよ」


 そういえば、ウィルバッド・モーゼス議長と<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>は裏で繋がっているって話だったな。

 俺たちが<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の冒険者を壊滅させたから、演説の妨害のために手駒の冒険者を使えないのだろう。


「情報ありがとう。それと、ごちそうさま。アップルパイ、おいしかったよ」


 ウェイターに礼を言って、俺はレストランを出る。

 外では、女性陣が一箇所に集まっていた。


 その円陣の中に、小さな男の子がいた。

 見知らぬ少年は大声で泣きじゃくっている。


 誰だろう、と思いつつ近づくと、ラミリィが俺に助け舟を求めた。


「あっ、カイさん! その……勇者様が……」


「リア、何があったんだ?」


 デート作戦なんて言ってるが、今の俺達は使徒のゴメスダに狙われてる身だ。

 ヘタに一般人と関わると、巻き込んでしまう可能性がある。


「聞いて、お兄ちゃん。この子、迷子なんだって」


「うん、それで?」


 俺の問いかけに、リアはそうするのが当然とでも言わんばかりに、自信満々に答えた。


「だから私達で、お母さんを探してあげようよ!」


 俺が言うのもなんだけど、こいつ状況分かってるのかな……。

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