072話 迎撃デート作戦①


 使徒となった<闇討ちのゴメスダ>の奇襲を迎え撃つため、俺達はイチャイチャすることにした。


 そんな俺はいま、公共広場の噴水前でディーピーと2人でボンヤリしながら女性陣を待っていた。

 ラミリィとロリーナの強い希望で、デート用の服に着替えてから再集合という話になったのだ。


「なあ、カイ。二手ふたてに別れたのは、失策だったんじゃねえか?」


「演技とはいえデートなんだからちゃんとした格好をしたいって言われたら、俺からは何も言えないよ。それに、あっちは勇者のリアと聖女のプリセアがいる。こっちが危険な分には問題ないさ」


 この作戦は命を狙われているはずなのに余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度を取ることに狙いがある。

 そういう意味では、二手ふたてに分かれて再集合するのは都合が良かった。


「本当は余裕なんて無いんだけどね。日が落ちる前にカタをつけたい」


 公共広間に設置された日時計を見る。

 時刻はすでに午後3時を過ぎていた。


 ゴメスダの”天啓”スキルの<影渡り>は、足元の影と繋がっている影の中を瞬間移動できるスキルだ。

 日が落ちれば、あたり一帯は闇となる。

 そうなれば、やつの独壇場どくだんじょうだ。


「なあ、カイ。分かってるとは思うが、使徒には主となる魔族がいる。そしてゴメスダとかいう男を使徒にした魔族は……」


「ああ、魔王だ。だからきっと、ゴメスダは俺たちを絶望させたいと考えているはずだ。そうじゃなきゃ、森の中でわざわざ姿を見せてから攻撃してくる理由が無いもんな」


 魔族は人間の感情を糧にしており、魔族の配下である使徒は主が求める感情を生み出そうとする。

 それは使徒となったゴメスダも例外ではないようだ。

 あいつは、俺達に絶望を与えようとして動いている様子がある。


 確かに使徒となったゴメスダの身体能力は凄まじかった。

 だが、いきなり不意打ちでロリーナを攻撃した、人間だったときのゴメスダのほうがよほど恐ろしい。

 狙いが丸わかりの相手ほど、ぎょしやすい相手はいないのだから。


「カイの狙いは理解してるんだが、その……よかったのか? 今回の作戦。たぶん、お前が思っているよりも話がややこしくなってるぜ?」


「なんだ、そんなことか。俺が変なことを言う男だって思われるのは構わないよ。それで皆の身が安全になるのならね」


「そういうことじゃねえんだが……お、噂をすればお嬢さんがたの登場だぜ」


 ディーピーに言われて広間の入り口に目をやると、手を振っているラミリィたちが目に入った。

 皆、しっかりとオシャレをしてきている。


 美しく着飾った少女が4人そろって歩いていると眼を見張るのか、すれ違った人たちが次々に振り返っていた。

 あるいは単に、輝く光精霊をふよふよと周囲に漂わせながら歩く集団が目立つだけかもしれない。


 ところで、他のみんなは分かるんだが、なんでリアのやつまで着飾ってるんだ?

 疑問を顔に出さないようにしつつ、俺はラミリィたちに手を振った。




「おまたせ、お兄ちゃん。よかった、そっちも無事だったんだね」


 俺たちと合流してから、リアが開口一番に言った。


「皆、何か変わったことは無かったか?」


 皆が一斉に首を横にふる。

 どうやら、ゴメスダの奇襲は無かったようだ。

 同時に、そう簡単には尻尾を出すつもりはないという相手の意気込みも感じる。


「えへへ、どうですかカイさん! この格好!」


 ラミリィはそう言って、くるっと回った。

 動きに合わせて、スカートがひらりとひるがえる。


 その姿を見て、すごくしっくりと来た。

 少女らしさを全面に出しつつも、どこか落ち着いた雰囲気のある服装。

 男に媚びた感じのしない、けれども可愛らしさのある態度は、なんというか実にラミリィらしい。


「うん、似合ってるよ」


「カイさんなら、そう言ってくれると信じてました!」


 ラミリィは嬉しそうに破顔する。

 その表情を見ていたら、思わずこちらまで顔をほころばせてしまった。


「いきなりずいぶんと見せつけてくれるのう。これでは妾が当て馬ではないか」


 不機嫌そうな声でそう言ったのはロリーナ。

 品の良いワンピースに着負けしない優雅さでたたずんでいる。

 汚れを落とした銀の髪は日の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「ロリーナも、ずいぶんとオシャレしてきたんだな」


「ふん、汚い格好で隣を歩かれると迷惑らしいからのう」


 気落ちさせるために言った悪口のこと、根に持ってるなぁ……。

 俺が苦笑いしていると、ロリーナはしてやったりと言わんばかりに不敵に笑った。


「うむ、おぬしのその顔が見れただけでも満足じゃ。それで、妾にも何か言うことはないか? ラミリィだけでは不公平だとは思わんかのう?」


「うん、ロリーナも可愛いよ」


「う、うむ……そうか……」


 ロリーナは顔を赤く染めながら、視線を逸らした。

 照れるぐらいなら、始めから催促しなければいいのに。


「で、お兄ちゃん。私にも何か言うことがあるんじゃない?」


 順番待ちといった感じで横に並んでいたリアが、得意げに言った。

 服装に感想を言って欲しい様子だったので、屈託のない意見を投げつけることにした。


「リア、なんだその浮かれた格好は」


「うかっ……お兄ちゃん、私にだけ酷くない!?」


「使徒と直接戦う可能性のある勇者様が、そんな浮ついた服装してどうするんだよ」


「酷い……勝負服だったのに……!」


「お兄ちゃんとしては、皆を守るための勝負用の装備で来てほしかったぞ」


「うわーん! プリセラー! お兄ちゃんがいじめる!」


 リアは聖女プリセラに泣きついた。

 たぶん、泣きつく相手を間違えてると思うんだけど。


「いやー、私、こんな勇者様を見るの初めてだよ。うける!」


 ほらね?


「ち……ちなみにプリセラさんは、どうして着替えたんですか……?」


 ラミリィが牽制けんせいするようにプリセラに聞いた。


「んー? そこはほら、私もオシャレしたら、勇者様もつられて着飾ってくれないかなって思ってさー。いやー、まんまとハマってくれたから、面白かったよね!」


 プリセラはリアを見ながら、ケタケタと笑った。


「うわーん! パーティー内に裏切り者がいたー!」


 突如現れた獅子身中の虫に半べそになるリア。

 それを見て、聖女プリセラは更に笑った。


 そうそう、俺の知っているリアはこういう妹なんだよな。

 勝ち気で、でもどこか抜けていて。

 リアのことを勇者ではなく、愉快な仲間として見てくれる人が近くにいることに安堵する。


 そして俺達は迎撃デート作戦を開始した。

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