071話 迎撃準備


 無事に街まで帰還した俺たちは、なるべく影の少ない道を通って街中を歩いた。

 そして依頼の薬草を素材屋に届けたあと、冒険者ギルドに向かった。


 警戒しながら移動したが、<闇討ちのゴメスダ>からの奇襲はなかった。


 ギルドに着いた俺達は<闇討ちのゴメスダ>のこれまでの悪行を、全て報告した。

 これまでは奴の罪を黙っているつもりだったが、話が変わったのだ。


「なるほど、カイ君の話は分かりました。勇者様の証言もありますし、<闇討ちのゴメスダ>は使徒疑い・・・・で指名手配となるでしょう」


 ギルドの受付嬢のサイリスさんが、書類に筆を走らせながら言った。


「あの、カイさん。あたしよく分かってないんですけど、この手続きにはどういう意味があるんですか?」


「使徒疑いになると、法の保護を受けられなくなるんだ。つまりゴメスダは社会の敵になった。あいつが何を言っても世間は信用しない。つまり、俺たちは存分に戦えるってわけだ」


 ゴメスダが俺の<魔法闘気>について何か証言をしても、誰もそれを信じない。

 使徒疑いは、それだけで人間社会から追放されるほどの罪だ。


 だからこそ、俺も使徒の疑いがかからないように必死に立ち回っているわけだが。


「サイリスさん、ゴメスダが使徒となった以上、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に魔族崇拝の疑いがかかるんじゃないですか?」


 魔族を敵視する神聖教団を国教としているこの国では、魔族崇拝は大罪である。

 もしも<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>が裏で魔族崇拝の儀式をしていた場合、それが発覚すれば奴らは破滅だ。


 奴らを合法的に追い込む妙案だと思っていたが、サイリスさんの反応は芳しくなかった。


「魔族崇拝に関連する物が見つかればそうなのですが、あの人達を調査すること自体が難しいんですよね」


「それは、奴らがこの街の議長と繋がっているからですか?」


 俺の言葉で、周囲がにわかにざわめきだす。


「……カイ君、あまりここでその話はしないほうがいいですよ」


 サイリスさんの言葉は、俺をたしななめているというより、俺の身を案じているような調子だった。


「何事だね?」


 話を聞きつけたのか、受付の奥から中年の男が顔を出した。

 サイフォリアの街の冒険者ギルドのギルドマスター、ジェイコフさんだ。


 いつも疲れた顔をしているが、人当たりは朗らかな人物である。

 年齢に似合わぬ白髪交じりの頭髪は、彼が苦労人であることを伺わせる。


「いえ、たいしたことではないのですが……」


 サイリスさんはそう言いながら、手元の書類をさっと隠した。

 俺はその行為の意味が分からないまま、会話を続けた。


「ギルドマスター、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に所属する<闇討ちのゴメスダ>が使徒になった疑惑があると、勇者様が見抜いてくれました。もしかしたら、クランの内部で魔族崇拝の儀式が行われたかもしれません」


 俺の言葉に、ギルドマスターのジェイコフさんは朗らかな笑みを浮かべた。


「そうか、分かった。その件は私が調査しよう。よく知らせてくれた。だが、あまり深追いすると危険かもしれない。必要となったら、ギルドから改めて依頼クエストを出すから、君たちはこれ以上、この件には首を突っ込まないように。分かったね?」


「はい、よろしくおねがいします!」


 これで<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の悪事が全て明るみになるかもしれない。

 俺は期待に胸を膨らませた。


 だから気のせいだろう。

 受付嬢のサイリスさんが、暗い顔をしている気がするのは。


 無表情美人と呼ばれるこの人は、その表情から何を考えているか読み取るのは困難なのだから。



■□■□■□



 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の調査は冒険者ギルドに任せるとして、俺達は使徒となったゴメスダとの戦いに備えなくてはならない。

 リアの提案で、俺達は勇者パーティーと合流することになった。


 そうして、勇者パーティーが拠点に使っている家にやってきたのだ。


「えっ、今いるのはプリセアだけなの?」


 俺たちを出迎えた有翼人の聖女に向かってリアが言った。

 聖女プリセアはその白い翼をはためかせながら、悪びれる様子もなく答える。


「うん、フェリクス兄さんはまた修行。アーダインはまたお嫁さん探しという名の徒労。賢者はまた行き先も告げずに単独行動。男たちはそろいもそろって外出中だよ」


「まあ、プリセアがいたなら、いいかな。私達はいま使徒に襲われてるの。力を貸して」


「そんな! こんなにも早く使徒が来るなんて、参ったね! オウ、シット! 使徒だけに」


 忘れてた。

 この聖女、残念系面白お姉さん(ギャグが面白いわけではない)だったんだ。


「プリセア、使徒は元冒険者の<闇討ちのゴメスダ>。”天啓”は<影渡り>で、光で照らせばスキルを封じられるの。光精霊をお願い」


「あ、あいあいさー! もしかして私、またスベった……?」


 聖女のクソ寒ギャグを華麗にスルーして、勇者リアが指示を飛ばす。

 プリセアは<アイテムボックス>からハープを取り出すと、美しい音色を奏で始めた。


 その様子はさながら天使がハープを奏でる姿を描いた宗教絵画のようだった。

 直前のクソ寒ギャグさえなければ、その神々しさに誰もが感動していただろう。


 あまりに豹変ぶりに驚いた俺たちに、リアが説明をしてくれた。


「プリセアの”天啓”は<精霊の調べ>。音楽の力で精霊を操るの」


「え、でもプリセアは精霊使いじゃなくて、聖女なんだろ?」


「うん、聖女の力を持ちながら、精霊も操れるのがプリセアの強みなの」


 ハープを奏でるプリセアの周囲が明るくなっていく。

 そして、光り輝く丸い毛玉のような精霊が現れた。


「これは……」


「光精霊の一種、ケサランパサランだよ。戦う力は無いけど、ずっと周囲を漂って明るくしてくれるんだ」


 演奏を止めた聖女プリセアが答えた。


「いやしかし、驚きじゃな。プリセラは聖女でありながらハープも奏でられるし、薬の調合も出来るとはのう。みごとなものじゃ」


 ロリーナが感心しながらプリセアを褒め称えた。

 だが、プリセアは不満そうな顔を浮かべる。


「それね、ハープとハーブでかけたつもりだったんだけど、誰も突っ込んでくれないんだよ。ひどくない!? 自分のボケを自分で説明するなんて、もはや拷問だよ!」


「ボケのためだけに演奏と薬草学を習得したのか!?」


「私、ギャグには体張るタイプの聖女なんで!」


 酷い聖女もいたもんだ。

 どう対応したらいいものか悩んでリアの様子を見てみたが、リアは平然としていたので気にせず話を続けるのが一番なのだろう。


「これで影の対策はバッチリだな。ただ、ずっとこうしてるわけにもいかない。なんとかしてゴメスダのやつをおびき出して、倒す必要がある」


「お兄ちゃん、その口ぶりだと、何か案があるって思っていいのね?」


「ああ、もちろんだ。だが、この作戦は皆にかなりの負担をかけてしまう……。嫌なら嫌と、はっきり言ってもらって構わない」


「あたしはカイさんの考えた作戦なら、なんでもやりますよ! 一緒に頑張りましょう!」


「妾はもとより絶望しかなかった身じゃ。この体、おぬしの好きに使うがよい」


 頼もしい仲間たちから、二つ返事で了承が得られた。

 まだ作戦の内容も聞いていないのに、ずいぶん信頼してくれてるみたいだ。


「あー、俺様は一旦ノーコメントで。カイは何を言うか分かったもんじゃないからな」


「私も。こういう時のお兄ちゃん、たまにとんでもないこと言うから」


 後半2名は謎の理解者ぶった立ち振舞いをしているが、気にしないことにしよう。


「いいか、ゴメスダのやつは俺たちを監視するって言ってたよな。俺たちに攻撃できるチャンスを狙って、ずっと見ているつもりだろう。そこを逆に利用する!」


「おお、さすがはカイさん! なんかすごそうです! どうやって利用するんですか?」


「イチャイチャしよう!」


「……は?」


 俺の提案に、居合わせた全員がきょとんとした。


「名付けて迎撃デート作戦だ」


「ごめんお兄ちゃん、意味分かんない」


「ゴメスダは俺たちが奇襲の恐怖に怯える姿が見たい様子だった。おそらく魔王の使徒になって、俺達から絶望の感情を取りたいのだろう。それを逆手に取って、俺たちはゴメスダのことなんか眼中にないって態度を見せつけるんだ。たぶんやつはイチャラブに耐える訓練をしていないはずだから、きっと上手くいく」


「待って、お兄ちゃん! イチャラブに耐える訓練って何!? そんな訓練、誰もしないよ!」


 えー、マーナリアのところで結構やったんだけど?


「ややや、やだなぁカイさん。いきなり何を言ってるんですか。ち、ちなみになんですけど、この作戦、誰と誰がイチャイチャするんですか?」


 緊張で声が上ずったラミリィが、挙動不審で聞いてきた。


「え……離れ離れになったら危険だし、皆でやるつもりだったんだけど……」


「お兄ちゃん! 常識も故郷に置いてきちゃったの!? 皆でって……何股かけるつもり!?」


「おい、何をそんなに怒ってるんだよ。演技するだけだぞ? それに、リアは妹だし、聖女は恋愛禁止だから、皆と言ってもラミリィとロリーナだけだ」


「あ、あう……」


 何を勘違いしていたのか、リアは顔を真っ赤にして照れた。

 その様子を見て、聖女プリセアがおかしそうに笑う。


「あーっはっはっ! お兄さん、サイコー! 笑いのセンスあるね! こんな勇者様を見るの、初めてだよ! うん、私はその作戦に賛成! なぜなら、面白そうだから!」


「あっ、プリセアっ! あなた、一番の部外者だからって……!」


 その様子を、リアが恨めしそうに見ていた。

 それでもなお笑い続けるプリセアを見て諦めたのか、リアは怒りの矛先をラミリィたちに変えた。


「それに、お兄ちゃんの仲間のみんなも、こんなヘンテコな作戦でいいの!? 嫌なら嫌って言っていいんだからね!」


「あたしは……ライバルが1人だけになるなら……むしろ嬉しいというか……その……」


「うわーっ! この人、まんざらでもなさそうっ!」


 珍しくもじもじと気恥ずかしそうに喋るラミリィに向かって、リアが叫んだ。


「俺も他にいい方法が思いつかなかったから言っただけで、1人でも嫌な人がいたら中止するからね?」


 なんかだんだん予想外の事態になってる気がして、俺は念の為に言ってみた。

 すると、ロリーナがしおらしく俺の服をひっぱった。


「どうした、ロリーナ。やっぱり、こんな作戦は嫌だったか?」


「嫌というわけではないのじゃが……、ひとつこの作戦には問題点があってのう。言いにくいのじゃが……」


「構わないよ、ロリーナ。君の冷静な意見を聞かせてもらいたい」


 俺が促すと、ロリーナは軽く咳払いをした。


「<死霊兵団>が湧く呪いにかかっている妾じゃが、その気になれば山奥にでも引きこもっておけば、誰にも迷惑をかけずに済むのじゃ。実は、そのように過ごしていた時期もある。それがどうして今は人里に降りているかというとじゃな……」


「ん? 待って、今は迎撃デート作戦の話じゃないのか?」


「その話じゃ! いいか、よく聞け! 妾は人肌恋しくて街まで来たのじゃ! 今の妾はちょっと優しくされただけで簡単に落ちるチョロイン状態じゃという自覚がある! 作戦のためのゴッコ遊びといえども効果はバツグンじゃから、覚悟しておくことじゃな!」


「よくわからないけど、作戦が嫌なわけじゃないんだな! 冷静な意見をありがとう!」


「お兄ちゃんこそ落ち着いて! ちっとも冷静な意見じゃなかったから!」


「あーっはっはっ! もう諦めなよ、勇者様ー!」


 こうしてパーティーの皆とイチャイチャして敵をおびき出す、迎撃デート作戦が始まった。

 誓って言うが、俺は大真面目である。

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