058話 勇者リア・リンデンドルフ②


 勇者である妹のリアとの決闘。

 ここで断っても、リアは納得しないだろう。


「分かった、受けるよ。でも、どちらかが死ぬまでっていうルールは無しだぞ」


「あたりまえじゃん。先に一撃をいれたほうの勝ち。それでいい?」


「分かった、場所はギルドの訓練場か?」


「そこだと、周りの人に被害がでちゃうから……私達が特訓の場所として使ってる岩山が近くにあるの。そこを使いましょう。一応、立会人として他の皆も連れてくね。呼んでくるから、ちょっと待ってて」


 リアはそう言って部屋から出ていった。

 その姿が見えなくなってから、呆然としている大賢者パーシェンに小言を告げた。


「よかったな、お前の目論見通り、俺と勇者は戦うことになったぞ」


 俺に話しかけられて、パーシェンはようやく我に返る。

 こいつはリアが俺に抱きついた時からずっと棒立ちだった。


 おおかた俺が勇者の兄だと知って驚いていたのだろう。


「なあパーシェン。リアの弱点とか知らないのか?」


「な、なぜ私があなたにそのようなことを教えなければならないのですか!」


「おいおい、まだ頭が回ってないのか? リアのやつ、俺に勝ったら勇者を引退して村に戻るつもりだぞ。そうなったら勇者パーティーで成り上がるというお前の目論見は、全部台無しだ」


 パーシェンにとっても、いまここでリアに勝たれるのは不都合なはずだ。

 この瞬間だけ、俺と大賢者は利害の一致により共闘できる。


「……勇者様はその時の感情によって、実力にムラが出ます。迷いがあると弱くなるようです。<災厄の魔物>と戦った時は最悪でした」


「カエルは?」


「は?」


「カエルだよ、ぴょこぴょこ跳ねるカエル。あいつ、子供の頃はカエルが苦手だったんだ。今はどうなんだ?」


「いえ、そのような態度はみたことありませんが……」


 ちぇっ、カエルを投げつけて驚かす作戦はダメそうだ。


「他に、弱点っぽいものは無いのか?」


「あるわけないでしょう。人類最強のジョブですよ? いや、ですが……予想外のことが起きるとパニックになることはありますね。兄が死んだとギルドで聞いたときは、あまりにも動転して『勇者は素性を明かしてはならない』という決まりすら忘れて取り乱してました」


 なるほど。

 リアのやつ、その癖まだ治ってないのか。


「今回ばかりは礼を言うぞ、パーシェン。ちょっと勝機が見えてきた」


 そうは言ったものの、人類最強の勇者に<魔法闘気>無しで勝てるビジョンが思い浮かばない。

 けれども今回ばかりは、逆に考えよう。

 バレちゃってもいいやと考えよう。


 なんせ、人類最強のリアは、勇者であることよりも、俺の妹であることを優先しているのだから。



■□■□■□



 決闘には冒険者ギルドの職員の立ち会いが必要だ。

 だがお互いのパーティーメンバー全員が立会人としてそろっていれば、例外的にギルド職員抜きに決闘をしてもよいことになっている。


 そうして俺たちと勇者一行いっこうは、賢者の転移魔術で人里離れた岩山にやってきた。


 もちろん、こんなところに一般人はいない。

 ここならお互い、出し惜しみなく全力を出せるわけか。


「カイさん、大丈夫なんですか……? まさか、勇者さんと決闘なんて……」


 戦いの前に、ラミリィが心配そうに聞いてきた。

 俺はそれに笑顔で答える。


「大丈夫。俺は勝つから、そしたら冒険を続けよう」


 そして俺は、既に準備ができている勇者リアと対峙した。


「それじゃあ、いくよ。お兄ちゃん!」


「ああ、どっからでもかかってこい」


 俺がそう言った瞬間。

 リアが目の前に現れた。


 待っ、早っ、いや──<魔法CQC>36手がひとつ、居合斬り!


 武器を構えていない状態から即座に攻撃する技でとっさに対応する。

 我ながらよく反応できたと思ったが、俺が訓練用の剣を振ったときには、もうそこにはリアはいなかった。


 視界のどこにもリアの姿はない。

 ならば──<魔法CQC>36手が一つ、後ろ蹴り!


「えっ」


 背後からリアの声が聞こえる。

 リアは俺の蹴りさえもかわしていたが、俺がここまで対応できたことに驚いたのか、わずかに動きが鈍くなった。


 その一瞬の隙のおかげで、俺はリアのさらなる追撃から逃れることができた。


「<魔法闘気>、発動!」


 <魔法闘気>を発動して身体能力を上げ、リアから一気に距離を取る。


 ハッキリ分かった。

 素の俺とリアでは戦闘能力が違いすぎる。


 勇者に対して、小細工では勝てない。

 <魔法闘気>を使わなければ、やられる!


 最初の攻撃に対応できたのは、どうせ一瞬で終わるだろうとリアが油断してくれていたおかげだ。


 勇者パーティーの面々にばっちり目撃されているが、出し惜しみはなしだ。


「な、なんだ! あの禍々しいオーラは!」


 <魔法闘気>を使った俺を見て、勇者パーティーからざわめきの声があがる。

 とくに大賢者パーシェンは嬉々として横槍を入れてきた。


「ようやく正体を表しましたね、カイ・リンデンドルフ! やはり貴様は魔の者と繋がりがあった!」


「うるせー、こっちは必死なんだから黙ってくれ! ここで俺が負けたらお前の人生設計も台無しなの忘れたのか!」


 勇者パーティーに<魔法闘気>がバレてしまったが、ここでリアに負けて村に帰るよりはマシだ。

 ロリーナのためにも、俺は旅を続けたい。


 リアには悪いが、一瞬でケリをつけるのは俺のほうだ

 魔族から教わったこの最強の力で、俺が勝つ!


 けれどもリアの姿を見て、今度は俺のほうが驚いてしまった。


 リアの体から、白いオーラが出てきたのだ。


「えっ、なにこれっ! なんで私、光ってるのっ? それにお兄ちゃんのそれ、何っ!?」


 リア自身も困惑してくれたおかげで、状況を分析する時間ができた。


「これが大賢者の言っていた、勇者の能力か!」


「そのとおりです! 勇者様は魔族に連なる者と相対するとき、神から授かった力が覚醒し、能力が飛躍的に向上するのです! 素晴らしい、古文書にあった通りでした!」


「おい大賢者、お前この勝負の勝ち負けよりも、自分の研究結果を見届けることに興味が向いてないか!」


「はっ、そうでした! カイ・リンデンドルフ! 魔族の力を使うあなたには万にひとつも勝ちの目はありませんが、私が困るのでなんとかして勝ちなさい!」


 こいつぐらい他人に無茶を言えるようになれば、もっと楽に生きれるのかなぁ。

 それよりも、今はリアへの対処だ。


「ラミリィ、君からは勇者リアはどう見えてる!?」


「えっと、なんか神々こうごうしく輝いています! でも、なんでいまそれをっ!?」


 やはりそうか。

 いまので確信した。


 リアから出ている白いオーラ、他の皆からは少し違って見えてるようだ。


「何が勇者の能力だよ……。どう見てもそのオーラ、<魔法闘気>じゃないかっ!」

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