057話 勇者リア・リンデンドルフ①


「お兄ちゃんっ!」


 勇者、いや、妹のリアは俺のことに気がつくと、一目散に駆け寄ってきた。

 そして、そのままの勢いで抱きついてくる。


「お兄ちゃん、よかった! 生きてたのね! ギルドでお兄ちゃんが死亡してるって話を聞いたときは、本当にもうダメかと思ったんだから!」


 そういえば受付嬢のサイリスさんが、書類上だと俺は死亡扱いになっていたと言っていたな。


「ごめんな、リア。色々あったんだ」


「本当にお兄ちゃんなんだよね? <死に戻りレムナント>なんかじゃないよね!?」


「なんなら頭から聖水でも浴びようか?」


 それはもう冒険者ギルドでやったんだけどな。


「ううん、そんなことしなくていいよ。お兄ちゃんが人間だってこと、勇者の力で分かるみたい」


「そういえば、リアは勇者だったんだな。なんだか実感ないな。妹が人類最強のジョブである、勇者なんて」


「なんか急に、<勇者の証>のスキルを覚えたんだよ。その時にはもうお兄ちゃんは村にはいなかったけどね」


 俺がリンデン村を飛び出した時、リアはまだ”天啓”を授かっていなかった。

 あの時のリアはまだ10歳になっていなかったからな。


 だから俺はリアの”天啓”を知らなかったのだが、まさかそれが勇者のジョブに就けるようになるスキルの<勇者の証>だったとは。


 しかし、リアが勇者であるのは、俺にとっては好都合かもしれない。

 ロリーナに呪いをかけた魔王をどうやって倒すか、その算段はついていなかった。


 けれど、勇者リアがいれば、魔王を倒せるかもしれない。

 ロリーナを助ける光明が見えてきた。


 だが、リアの考えは違った。


「お兄ちゃん、リンデン村に帰ろう! お父さんもお母さんも、心配してたよ!」


 リアの旅の目的は、あくまで俺を探し出すことなのだ。

 歓喜に満ちた、リアの無垢むくな眼差しが辛い。


 俺はまた、この目を裏切らなきゃいけないんだ。


「ごめん、リア。兄ちゃんな、まだ旅を続けなきゃいけない理由があるんだ」


 1年前、まだ俺が荷物持ちをしていた時にリアが迎えに来ていれば、俺は素直に帰っていただろう。


 いや、これが1日前だったら。

 ロリーナの呪いのことを知らない俺だったら、仲間たちと一緒に田舎に帰ってスローライフもいいかもしれないなんて、のんきなことを考えたかもしれない。


 だけど、今の俺はもう、やりたいことを見つけてしまった。

 だから、それを成し遂げるまでは、リンデン村には帰れない。

 ロリーナを救わずに、俺の冒険は終われない。


 しかし、人類最強はそれを許そうとはしなかった。


「どうして? もういいでしょ。お兄ちゃんがどんな冒険者だったか聞いたよ。万年Fランクなんだって?」


「き、昨日ついにEランクにあがったぞ!」


 自分で言ってて悲しくなってしまった。

 リアが冷ややかな目を俺に向ける。


「4年続けて、ようやくEランク? どう考えても才能ないじゃん、それ」


 どうしたものか。

 このままだとリアは力づくで俺を村に連れ戻しかねない。


 かといって、「<魔法闘気>という最強の力を手に入れて、成り上がるのはこれからなんだ!」なんて話をしようものなら、そこから俺が魔族と関わったことがバレてしまう。


 いまは何か察した様子はないが、大賢者パーシェンの言動からかんがみるに、勇者には対魔族用の能力があるのだろう。


「リア、聞いてくれ! このロリーナには魔王の呪いがかけられてる。俺はそれを解いてあげたいんだ!」


「ふーん。でもそれ、お兄ちゃんがやる必要はないよね?」


 こいつ、キツいところを的確に突いてきやがる!


「リア、お前には分からないかもしれないが、俺は力をつけたんだ」


「分かってないのは、お兄ちゃんのほうでしょ! お兄ちゃんは、自分のことを全然分かってない!」


「4年間も離れていたのに、俺の何が分かるんだよ!」


「分かるよ! どうせまた誰かのために、身の丈に合わないことをやろうとしてるんでしょ! 困ってる人を助けるために、その身を危険に晒して! それで私がどんなに困ってるか知らずに!」


 リアは泣いていた。

 それを見て、ああ、体は成長したけど、泣くときの仕草は子供のころのままなんだなと、呑気のんきに考えてしまった。


「リア……」


「お兄ちゃん、私ね、お兄ちゃんの”天啓”がとんでもないハズレスキルだったとき、嬉しかったんだよ? だって、これでもうお兄ちゃんは無茶をしでかさないって思ったから。でも、実際には違った」


「リア。俺が村を飛び出したこと、怒っているのか?」


「ううん、呆れた。ああ、やっぱりお兄ちゃんは、どうなってもお兄ちゃんなんだなって」


「どういう意味だよ」


「そのまんまの意味。それよりも、お兄ちゃん」


 リアは涙を拭いて、それから言葉を続けた。


「分かってるよね。冒険を続けたければ、私を納得させなくちゃいけないって。勇者の私じゃなくて、お兄ちゃんが戦う必要性を教えてよ」


「そ、それは……」


 ロリーナを助けるのが俺でなくてはいけない理由は、突き詰めると俺のワガママだ。


 俺が、なりたかった自分になるためには。

 なりたかった自分で在り続けるためには。

 ここで、ロリーナを見捨てるわけにはいかない。


 そんな個人的な都合なのだ。


 家族を心配させるぐらいなら、いっそここで諦めて、手に入らなかったものをいつくしみながら、残りの人生を生きていくという選択肢が無いわけではない。


「言わなくていいよ。口論だと私、お兄ちゃんに勝てないし。それにお兄ちゃん、無理やり連れ帰ってもまた村を飛び出すでしょ。だから、実力で納得させてみてよ」


 勇者リアはそう言って、俺に訓練用の剣を渡してきた。


「これは……?」


「1対1で決闘しよう。お兄ちゃんが勝てば、私は素直に引き下がる。そのかわり私が勝ったら、私と一緒にリンデン村に帰ってもらうからね?」


 こうして、人類最強職である勇者が、勝負を挑んできた。

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