056話 聖女の丸薬


 俺たちは聖女プリセアに、ロリーナが魔王に呪いをかけられていることを話した。


「カイ君たちのことは、兄さんから聞いてるよ。込み入った話みたいだし、中で話そうか」


 プリセラに招かれて、俺達は勇者パーティーの拠点である民家に入る。

 内部もまた、普通の質素な家だった。


 部屋の様子から、なんとなく勇者パーティーの気質が伺える。

 質実剛健というか、富や名声には無頓着なのだろう。


 まずリーダーである勇者からして、行方不明の家族を探して旅をするついでに人助けをしていたという話だし。

 残念ながら勇者の家族は<災厄の魔物>に殺されてしまったみたいだけど。


 積極的に成り上がろうとしているのは、大賢者パーシェンただ1人に違いない。


 聖女プリセアは俺たちを居間に案内した。

 勇者たちはいつもここで食事をしているのだろうか。

 うながされるままに席に着く。


「ちょうどよかった、アップルパイを焼いてたんだ。食べていってよ。といっても、温め直しただけなんだけど」


 そう言って、プリセラはアップルパイを切り分け始めた。

 こうして見るとプリセラは普通の気さくな面白系お姉さんだ。

 世界を救ううるわしい聖女という感じは全く無い。


 聖女プリセラはパイを1皿余分に切り分ける。

 そしてそれを気まずそうに突っ立ったままの大賢者パーシェンに渡した。


「これ、勇者様に持っていってあげて。どうせ暇でしょ?」


「私は暇というわけでは……いや、しかし……分かりました、うけたまわりましょう」


 あれほど威張り散らしていた大賢者も、聖女には頭が上がらないようだ。

 その様子がちょっとだけ面白かった。


「勇者もアップルパイを食べるんだな。あ、いや。人類最強が、意外と庶民的なものを食べるんで驚いただけなんだけど」


「勇者様の好物なんだよ」


「へえ。俺も好きなんだよ、アップルパイ」


 故郷にいたときは、母さんがよく作ってくれた。

 どのくらい好きかというと、マーナリアに捕まった時に、アップルパイが食べられると聞いて逃げるのを止めたぐらいには好きだ。

 あの時、出てくるのがピーマンだったら俺はディーピーの提案どおり逃げていた。


 そういえば、妹も好きだったな、アップルパイ。


「カイ、おぬしアップルパイと聞いてから目の色が変わっておるぞ。ここに何をしに来たか、忘れたわけではあるまいな?」


「だ、大丈夫だよ。目的を見失ったわけじゃない」


 よほど俺の瞳はアップルパイに釘付けになっていたのだろうか。

 そんなつもりはなかったのだが。


 聖女プリセアは切り分けたアップルパイをテーブルに並べる。

 そして自分も席に着くと、本題を切り出した。


「魔王の呪いだよね。先に断っておくけど、私には解呪するのは無理そうかな」


 聖女にも無理となると、人類には解けない呪いと考えていいだろう。

 やはり、ロリーナの呪いを解くには魔王を倒すしかなさそうだ。


「構わんよ。元より期待はしておらんかったからの」


「発動を抑える方法が分かればと思って、話を聞きに来たんだ。毎回ロリーナが死ぬのは、心苦しいからね」


 俺はこれまでの経緯を改めて聖女プリセアに説明した。

 プリセアはしばらく悩んだ後、奇妙な丸薬を取り出した。


「呪いを解くことはできないけど、苦しみを減らすことはできるかも。だけど、皆にはナイショだよ?」


 そう言って、プリセアは丸薬をロリーナに渡した。


「これは……?」


「それね、苦しまずに死ねる薬」


「えっ?!」


 どうして、と聞く前に、プリセアは人差し指を自分の唇に当てた。

 黙っていろ、ということだろう。


「即効性があるから、今後は自分の首を切り落とすんじゃなくて、その薬を飲むといいんじゃないかな。ごめんね、聖女なのに、私がしてあげられるのはこの程度みたい」


 どうして聖女がそんなものを持っているのか聞いてみたかったが、どうやらそれを許してはくれなさそうだ。


「いや、恩に着る」


 ロリーナは渡された丸薬を、大切にしまった。


「ギルドに申請通してないやつだから、悪用しちゃダメだよ? 兄さんからあなたたちの人柄を聞いて、それを信用して渡したんだからね?」


 プリセアから釘を差される。

 世の中には毒で戦う冒険者もいるが、毒を使う場合はギルドに申請が必要だ。

 魔物を殺すほどの毒だ、正しく管理されてないと暗殺などに悪用されてしまう。


 だからこそ、聖女がギルドにも申請していないような毒物を持っていることが異常なのだが、今はそれについては追求しないほうがよさそうだ。


 プリセアは勇者を導く聖女で、正義感あふれるフェリクスの妹。

 この丸薬を悪事に使うはずがない。


 それからプリセアは、呪いに対する心構えを教えてくれた。

 感情の変化を発動条件にする呪いは、割と本人の心構え次第らしい。


「つまり、絶望とともに歩めば、絶望しつつも別の感情を抱ける、と……ううむ、ややこしくてよくわからんのう」


「えっと……恐怖が勇気の反対じゃなくて、恐怖と勇気は両立するのと同じ理屈なんだけど……ごめんね、感覚的な話になっちゃうから、どうしてもわかりにくいよね」


 ロリーナはプリセアの抽象的な話を理解しようと頑張っていた。


 そうして、ロリーナの呪いについて話し込んでいた時だった。

 大賢者パーシェンが、また厄介事をもってきたのだ。



 パーシェンは勢いよく扉を開けて、嬉々として叫んだ。


「小細工などせず、はじめからこうしていればよかったんです! さあ、勇者様、こちらです! <災厄の魔物>と出会って生き残ったというこの男、勇者様の能力なら魔族の使徒なのか見分けられるはずです!」


 そして誰かを手招きする。

 話の流れから、誰が出てくるかはもう分かっている。


 マズい。

 勇者に魔族の使徒を見分ける能力があるなんて初耳だ。


 聖女のプリセアが何も言わなかったから安心していたが、勇者だけが持っている能力だとしたらどうする?


 何をもって魔族の使徒と判別する能力なのか。

 <魔法闘気>を覚えていると無条件で魔族の使徒と扱われたとしたら、最悪ここで勇者パーティーと戦いになる。


 必死に思考を巡らせたが、現れた勇者の顔を見たとたん、頭が真っ白になった。

 憂鬱ゆううつそうな顔をしていた勇者のほうも、俺を見た途端に硬直した。


「もしかして、リアなのか……?」


「まさか、お兄ちゃん……!?」


 4年ぶりに、妹と再開した瞬間だった。

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