054話 反転攻勢
俺たちは大賢者パーシェンに連れられて、ダンジョンの奥へと進んだ。
「カイ、気をつけろよ。何か妙な気配がするぜ」
ディーピーが俺に耳打ちをする。
「ありがとう。でも、パーシェンが何を企んでいるかは分からないが、俺達は真っ向からそれに立ち向かうだけだ」
何が起きてもすぐに対応できるように、剣を握りしめる。
そして森が開けたところまで連れてこられると、事態が動いた。
「<
突然パーシェンが俺たちを結界の中に閉じ込めたのだ。
「パーシェン、何のつもりだ」
俺はただ1人結界の外に立っているパーシェンをにらみつけた。
だが、パーシェンはすました顔をしている。
「それは並大抵の攻撃では壊れない守護結界。ですが、今はあなたたちを捕らえるための牢獄です」
光り輝く結界は、俺たちを取り囲んでいる。
破壊しない限り、外に出られなさそうだ。
「そんなことは見れば分かる。どうして俺たちを閉じ込めたのかって聞きたいんだ。やっぱり俺たちを魔族扱いして殺すつもりだったのか?」
「前はそのつもりでしたが、今は考えが変わりました。私が殺すべき相手は、勇者パーティーのかわりに<災厄の魔物>を倒した人物です。怪しい神託を信じて殺した相手が、悪知恵ばかり回る無実の冒険者だったら、私の出世が遅れてしまいます」
何も考えが変わってないじゃないか。
勇者パーティーが勝てなかった<災厄の魔物>を倒したのは俺だ。
「だったら、Eランク冒険者なんかにいつまでも付きまとってないで、もっと凄腕のやつを探せばいいんじゃないか?」
「あいにくですが、この街の冒険者はザコばかりでした。そもそも<災厄の魔物>を倒せる冒険者を抱えているなら、我々勇者パーティーが呼ばれるはずがない。そこでです。カイ・リンデンドルフ! 私はあなたを試すことにしました!」
大賢者パーシェンは、結界の外から俺のことを指差した。
「その結界を壊せる人間は、私が知る限り勇者様ただ1人! もしあなたが結界を破壊して外に出られるようなら……私はあなたこそが<災厄の魔物>を倒した人物だと判断します!」
ひとつ、
大賢者パーシェンは、どうして<災厄の魔物>を倒した相手に
勇者パーティーは<災厄の魔物>を倒すために、わざわざ辺境の街にやってきた。
実際に魔物を倒したのは俺だが、フェリクスに頼んで、それは勇者たちの実績にしてもらっている。
成り上がるのが目的なら、十分な成果を手にしたではないか。
何か、口には出していない目的がある気がする。
勇者パーティーの仲間たちにも説明できない、何かよからぬ企みが。
やはり大賢者に<魔法闘気>のことを知られるのは良くない気がした。
俺は自分たちを捕らえている光の結界を改めて見つめた。
勇者ほどの実力が無いと壊せない結界、やはり<魔法闘気>で壊すのは止めた方がよさそうだ。
「あのなぁ。そもそも俺たちが無理に結界を破壊する理由が無くないか? お前だって、ここでずっと俺たちを監視できるほど暇じゃないだろ。お前が根負けするまで、この結界の中でおとなしく待ってもいいんだぞ」
こっちには保存食を大量に入れてある<アイテムボックス>がある。
その気になれば、1週間以上はここで過ごせる。
トイレとかの問題があるので、出来ればやりたくないけど。
「ええ、確かにそうされると厄介なのは分かっています。<
「助っ人、だと……?」
パーシェンが合図をすると、木の陰から黒い服の冒険者がワラワラと現れた。
間違いない、<
ロリーナを背後から刺した、<闇討ちのゴメスダ>もいる。
ダンジョンの中にもやつらがいなかったのは、ここに集結していたからか!
「利害の一致から、協力してもらうことになったのですよ。あなたはこのクランと揉めているそうですね?」
「クハハハハ! また会ったなぁ、カイ。まったくいい気味だぜぇ」
「ゴメスダ! よくもまあ俺の前にぬけぬけと姿を現せたものだな!」
「おっと、いいのかぁ? そんな偉そうな口を
ゴメスダはニヤニヤと笑っている。
その他の黒い服の冒険者たちも、値踏みするように俺たちを見ている。
「……どういうことだ?」
「俺たち<
「カイ・リンデンドルフ! あなたにはタイムリミットがあるのです。結界を破って街に戻らないと冒険者でいられなくなるという、タイムリミットがね!」
「カイちゃんよぉ。お前が俺たちの言うことを聞かないせいで、クランマスターはカンカンだぜぇ? だが、優しいあのお方はお前にも温情を与えてくださった。ここで詫びて、俺たちの軍門に入るなら、これまでの無礼は許してくださるってよぉ!」
くそ、利害の一致って、こういうことか!
ゴメスダの発言がどこまで本当かは分からないが、のんびり時間稼ぎをしていたら裏工作で冒険者ギルドの登録を消されるってのは、十分にありえる話だ。
それをされたくなければ、自分たちの配下になれという話か。
「つまり、こういうことか? 冒険者を続けたいなら、結界を破るか、<
「察しがよくて助かりますよ、カイ・リンデンドルフ! 私はあなたを試します! もしあなたが三下クランに頭を下げるならば、その程度の人物と判断し、もうあなたを追いません。<災厄の魔物>を倒した人物ではないのでしょう。ですがっ!」
「きゃっ!」
大賢者パーシェンが手をかざすと、<
「<災厄の魔物>を倒した人物なら、この壁を破壊できるはずです! これだけの冒険者に囲まれていれば、その能力を完全に隠し切ることは不可能! あなたの力が魔族のものなのか、これで分かりますっ!」
パーシェンの言う通り、大勢に見られながら<魔法闘気>を使えば、それが一瞬であっても誰かに見られてしまうだろう。
魔族から教わった力である<魔法闘気>が明るみに出れば、冒険者を続けるのは不可能。
かといって、パーシェンが根負けするまで時間を稼げば、裏工作で俺は冒険者ギルドを追放される。
もちろん、ここで<
「さあ、選びなさい! 結界を破壊し、その力を私に見せるか!」
「それとも、負けを認めて俺たち<
大賢者パーシェンと闇討ちのゴメスダは次々に叫ぶ。
どちらが望んだ結末になるか、期待して待っているのだろう。
「いいや、違うね。答えは『大賢者が自分の意志で結界を解除する』だ!」
「何を……!? 今度こそ
「すぐにそうしたくなるさ。なぜなら、俺達はここから一歩も出ることなく、お前たちを倒せるからだ!」
「まさか、既に何かこの場所に仕込んでいて……? いや、それはない! くだらないハッタリはやめてください、カイ・リンデンドルフ!」
この先、もう戦いが終わるまで大賢者と話すことはない。
俺はパーシェンの話を無視して、ロリーナと向き合った。
そして、ロリーナがいまだに頭の上に乗せてるゴミを優しく取り払う。
「ロリーナ。これから君に、過去を克服するとはどういうことなのか教えよう。過去を克服するとは、見たくない過去を、新たな現実で塗り替えることじゃない。辛い過去を糧にして、先に歩んでいくということだっ!」
「カイ?! おぬし、いきなり何の話をしておる!」
「いま、この場を切り抜けるためには、君がほんのちょっぴり勇気を出せばいい。それだけの話なんだ。だから、頼む」
「勇気って、おぬし……それだと呪いが……はっ、まさか!」
「そのまさかだよ。勇者ほどの実力じゃないと壊せない結界だって? 大賢者は俺たちを閉じ込めたつもりだけど、違うねっ! この結界は、まさに俺たちを守るために使えるのさ!」
「まったく、とんでもない勇気もあったもんじゃな。しかし、どんな慰めの言葉よりも強く、この胸に響いたぞ。魔王の悔しがる顔が見たかったのう!」
ロリーナの言葉とともに。
──周囲の地面が
それは呪い。
ロリーナを苦しめるために魔王がかけた、絶望の呪い。
絶望の呪いは、ロリーナが希望を持つことを許さない。
けれど、今この時だけは。
「うわあっ、なんだ、この魔物はっ!?」
「アンデッドか!? おい、神官職は何人連れてきているっ!!」
冒険者たちがざわめき立つ。
それは、周囲を埋め尽くすほどの兵士の亡霊。
本来であればロリーナを苦しめるための、絶望の<死霊兵団>だ。
けれど、<
ロリーナの敵だけを倒す、不死身の軍隊となる。
「ぐわあぁぁぁっ!!」
「なんだこいつら、やたらと強いぞ!!」
ディーピーですら
街で
1人、また1人と倒れていく。
善戦できているのは、大賢者パーシェンだけ。
だが、<死霊兵団>は無限に湧き続ける。
ロリーナが1度死亡するまでは。
すなわち、大賢者がこの無限に現れる魔物たちを消し去るためには、自分で張った結界を自分の意志で解除するしかない。
その光景をロリーナは感慨深そうに眺めていた。
「まさかのう……妾を苦しめるだけだった呪いが、
「何度でも言うぞ、ロリーナ。俺たちが目指すものは、臭いものにフタをするみたいに、呪いを抑えるために封印を施すことじゃない。そんな、マイナスをゼロにするための行為じゃないんだ。俺たちの目指す真の勝利とは、マイナスさえもプラスにして、先に進むことだっ!」
<死霊兵団>は次々に冒険者たちを倒していく。
絶望はいま、知恵と勇気によって、希望に変わったのだ。
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