053話 討伐依頼


 翌朝。

 Aランクに成り上がると決めた俺達は、さっそく新たなクエストを受けるために冒険者ギルドを訪れた。


 受付嬢のサイリスさんが、いぶかしそうな目で俺たちを見ている。


「先にひとつ聞いておきたいのですが、なぜロリーナさんはゴミを頭からかぶっているのでしょうか」


「うむ、気にするでない。こうやって気持ちを沈めているだけじゃ」


 ロリーナが装備しているゴミは、呪いを発動させないために気落ちさせ続ける方法として編み出したもののひとつだ。

 美少女としてどうかとは思うが、どうかと思うようなことをしてるからこそ気落ちするものなのだろう。


「はぁ……カイ君、あまりお仲間に変なことはさせないほうがいいですよ。ただでさえ、カイ君には悪い噂が広がってるんですから」


「悪い噂ですか……ちなみに、どんな噂なんですか?」


 俺がサイリスさんに訪ねると、サイリスさんは言いにくそうにしながらも教えてくれた。


「そうですね……<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>に目をつけられてるとか、魔族とつながりがあるとか、幼女の尻を叩いて喜ぶ変態のクソ人間だとか、そんな話です」


 おい最後の。

 情報の出どころが丸わかりだぞ。

 あのメスガキ魔族、今度あったらお仕置きしてやる。


「なるほど、酷い誹謗中傷ですね。どれも心当たりがありません」


 俺は怒りを抑えて軽く笑った。

 ここで怒ったら、あのメスガキ魔族の思うつぼだ。


「ところで聞きたいんですが、掲示板に依頼クエストの情報がほとんど無いみたいなんですが、今日の分はいつごろ貼り出されるんですか?」


 少しでも早くAランクにあがりたい俺たちだったが、現在のランクはE。

 だが、Eランク向けの依頼がきれいサッパリなくなっていたのだ。


「残念ながら、今日の分はもうそれで全部なんですよ」


 無表情のように見えるが、俺には分かる。

 サイリスさんは、申し訳無さそうにしている。


「もしかして、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の仕業ですか!?」


「守秘義務がありますので、お答えできません」


 答えられないのが、もう答えだ。

 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の連中が、俺たちの邪魔をするために低ランク向けの依頼を片っ端から奪っていったに違いない。


 ルール違反ではないので、とがめられないのがもどかしいところだ。


「じゃあ何か、俺たちにできそうな依頼はありませんか?」


「いえ。残念ながら、Eランク冒険者だけの依頼はもう残っていません。もっと上のランクの方が随伴するならば、いくつかあるのですが」


 もっと上のランクの冒険者で心当たりがあるのは、大剣のフェリクスぐらいだ。

 またフェリクスにお願いするか悩んでいたところ、まさかの男に声をかけられた。


「なるほど、話は聞かせてもらいました。大賢者にしてBランク冒険者である私が彼らに同伴すれば依頼が受けられるというわけですね」


 それは、昨晩俺たちを殺そうとした、大賢者パーシェンだった。


「パーシェン! なんでお前が……!? 何か企んでるな?」


「企んでいるに決まっているでしょう。簡単な話です。あなたたちを調べるなら、戦いぶりを監視すればいい。それとも何ですか。私には戦いを見せられない、やましい事情でもあるのですか?」


 こいつ、やり方を変えてきやがった!

 とはいえ、ここでパーシェンの提案を断るのは不自然だ。


 どうする、昨日のトラブルを正直に冒険者ギルドに伝えるか?

 いやダメだ、嘘かホントか知らないが、パーシェンは神託を得て俺たちのところに来たんだ。


 パーシェンに不利な情報を広めたら、こっちの秘密もバラされる可能性がある。

 詳しい事情を調べられたときに不利になるのは、俺たちのほうだ。


「依頼をわざと失敗させたりしないと約束するなら、いいぞ」


「あなたたちに危害は加えませんので、ご安心を。そのかわり、依頼はこちらが指定したものをやってもらいますがね」


「先に依頼の内容を確認させてくれ」


「やれやれ、信用ありませんね。どうぞ」


 どうして信用されると思ったのか。

 ともかくパーシェンは依頼の書かれた紙を俺に見せた。


 Cランク向け、数の増えた<刺突牙虎ニードルタイガー>の駆除か。

 場所は<深碧しんぺきの樹海>の第2層。

 報酬は倒した<刺突牙虎ニードルタイガー>の数に応じた出来高。

 期限は1週間で、撃破数が7体未満だと失敗扱い。


 Eランクのするクエストではないが、確かに普通の依頼だ。


 <刺突牙虎ニードルタイガー>は言ってしまえば道中のザコ敵だ。

 ディーピーだけで十分に勝てる相手。

 てっきり<野生化した合成獣ワイルド・キマイラ>の討伐でもやらせるのかと思っていただけに、拍子抜けだ。


 あるいはこれは、パーシェンからの警戒が薄れている証拠かもしれない。

 魔族の疑いがある連中と、たった1人でダンジョンに潜るなど普通は自殺行為だ。


 ここをしのげば、大賢者パーシェンは俺たちを疑わなくなるだろう。


「疑って悪かった、俺達は1日でも早くランクを上げたい。よろしく頼むよ」


 そうして俺たちは、依頼を達成するためにダンジョンに潜った。



■□■□■□



 森のダンジョンの中に、<刺突牙虎ニードルタイガー>の断末魔の叫びが響き渡る。

 討伐依頼はつつがなく進行した。


「おらっ! どうよっ! 俺様だって役に立つんだぜっ!」


 ディーピーが得意げに言った。

 

 俺もラミリィも、<魔法闘気>を乗せた武器ならば<刺突牙虎ニードルタイガー>を倒せる。

 だが、パーシェンの前でその力を使ったら、それがどんな能力なのか賢者の力で解析される可能性があった。


 そんなわけで、俺たちは大賢者の横で戦っているフリ。

 大賢者のほうも、俺たちの戦いぶりを見るために魔物には一切手出しをしない。

 そのため、<刺突牙虎ニードルタイガー>の相手はディーピー任せになった。


「あたしたまに、カイさんの懐の深さが怖くなります」


 ラミリィは明らかに大賢者パーシェンから距離を取っていた。

 ロリーナもチラチラと様子を伺っている。


 まあ無理もない。

 昨晩、殺し合った相手だからね。


 大賢者パーシェンも不愉快そうに俺たちを見ている。

 だがそれは、昨日の争いとは別件のようだ。


「それよりも、なんなのです! あなたたちの戦い方は! さっきから真面目に戦っているのはそこの<死の銀鼠デス・オコジョ>だけじゃないですか!」


 パーシェンはディーピーに向かってピシャリと指をさす。

 さすがは大賢者、<死の銀鼠デス・オコジョ>というモンスターを知っているらしい。


「そんなー! あたしだって、真面目ですよー!」


「真面目にやって命中率がそれだけしか無いのなら、いっそ弓使いは諦めたらどうなのです!」


「妾だって命を張って戦っておるじゃろ?」


「どこのパーティーに一撃で死ぬ壁役タンクがいますか! さっきからずっとその<死の銀鼠デス・オコジョ>にかばわれてるのが分からないんですか!」


「さっきから文句ばかりだな。俺たちがどうやって敵を倒したのか、ギルドの書類で確認したんじゃなかったのか?」


「カイ・リンデンドルフ! あなたが一番役に立っていないのですよ! さっきから荷物持ちしかしていないではないですか! もっとこの<死の銀鼠デス・オコジョ>を見習いなさい!」


「なあカイ。俺様このところ褒められてなさすぎて、この賢者の言葉が身にしみちまうぜ」


 ごめんね最近のディーピー、活躍の場所が全然無いもんね。


 ともかくこんな感じで、<魔法闘気>を使わずに依頼を進められている。

 大賢者パーシェンの疑いの目は鋭いが、このままなら上手いことその目をかいくぐって依頼クエストを達成できそうだ。


「何もかもディーピーのおかげだよ。あっという間に4体も倒しちゃったもんな。この調子だと1日目で依頼達成条件の7体に届いちゃうんじゃないか?」


「そうそう。そうやってもっと褒めてくれていいんだぜ。まあ本当の強敵には、まるで歯が立たないんだけどな……」


 あっ、これディーピーのやつ、<死霊兵団>との戦いで戦力外だったこと、かなり気にしてるな?

 とはいえ<死霊兵団>が妙に強かっただけだ。


「それにしても、妙に魔物の数が多くないですか? 他の冒険者さんたちは討伐依頼を受けなかったんでしょうか」


 確かにラミリィの言う通り、他に討伐依頼をやっていそうな冒険者の姿が見当たらない。


 討伐依頼はノルマがあるかわりに、応募条件さえ満たせば何人でも受けられる。

 だから討伐対象の魔物は、他の冒険者と取り合いになると聞いていたのだけれど。


 何かあったのだろうか。

 その疑問は、すぐに氷解する。


 ダンジョンの奥から、ホクホク顔の冒険者たちが歩いてきたのだ。

 進路的に、これから街に帰還するところだろう。


「よっ、おつかれさん!」


 すれ違いざまに挨拶をかけられた。

 見知らぬ顔だが、同業者なら普通は声をかけるものだ。

 だが、その上機嫌っぷりに驚いた。


「何かいいことがあったのか?」


「なんだおたくら、地味に<刺突牙虎ニードルタイガー>狩りなんてやってるのか? おいおい、今はそれどころじゃないんだぜ。知ってるか? いままで素材ポイントで幅を効かせていた<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>たちが、なぜか一斉にいなくなっちまったんだよ」


「<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>がいなくなった……?」


「そうだぜ。だから今なら素材が取り放題! おたくらも今のうちに素材を集めておいたほうがいいぜ! <刺突牙虎ニードルタイガー>なんてちょっとぐらい増えても問題ないんだからよ!」


 冒険者たちはそう言って去っていった。

 予想外の展開に、俺達は顔を見合わせた。


「カイさん、今の話って……」


「ああ、奇妙だ。依頼を根こそぎもっていったんだから、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>たちはむしろダンジョンの中に大勢いるはずなのに……」


 1人だけ涼しい顔をしていたのは、大賢者のパーシェン。


「ふん、金に目がくらんだ冒険者というわけですか。私達は討伐依頼を続けましょう」


「そうだな、増えた魔物を放っておくわけにもいかないし」


 ダンジョンの魔物は時々間引く必要がある。

 だからこの手の討伐依頼は、素材調達依頼と並んで一般的な依頼である。


「もっとよい狩場があります。そこに移動しましょう」


 唐突にパーシェンが切り出した。

 その提案に、ラミリィが不思議そうな顔をした。


「え? 依頼達成の7体撃破までもうちょっとなのにですか?」


「他の冒険者たちが真面目に討伐依頼をしていないようですので、私達が多めに狩っておいたほうがよさそうですからね。街のためですよ」


 それを聞いてラミリィが素直に感心する。


「なるほどー。大賢者さんって、案外ちゃんと街のことを考えているんですね。かなり意外でした」


 だが俺は別のことを考えていた。

 表情から察するに、おそらくはロリーナも俺と同じ考えが浮かんだのだろう。


 大賢者パーシェンが、企んでいたことを実行に移してきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る