052話 ロリーナ・メリンコリック


 俺達はまだ草原に留まっていた。

 どうやって一夜を過ごすかの話が、まとまっていなかったからだ。


「なあ、ロリーナ。呪いのことも分かったうえで言うんだけど、やっぱり同じ宿で一緒に寝泊まりしないか? 俺たち仲間だろ?」


「そうですよ! それに、皆で一緒にいたほうが呪いも対処しやすいはずです!」


 そもそも、独りで夜を過ごすと言ったロリーナを迎えに来たのが事の始まりだ。

 <死霊兵団>やら大賢者やらと戦って有耶無耶うやむやになっていた。


 そのロリーナだが、ちょっと照れくさそうに俺のことを見ている。


「カイ、責任を取ってほしいのじゃが」


 そして困った様子で唐突に言い出した。


「せせせ、責任ってどういうことですかカイさん!? もしかして知らないうちに、ロリーナさんに手を出していたとか!?」


 何を勘違いしたのか、ラミリィが慌てだす。


 どうしてこうなったのだろうか。

 まったく心当たりがない。

 俺はただ、ロリーナも一緒に宿に泊まろうと提案しただけなのだが。


「ごめん、ロリーナ。詳しく説明してほしい」


「う、うむ。なんと言ったらよいかのう。おぬしの啖呵たんかを聞いてから、妙に胸がドキドキするのじゃ。気分が高揚する。こんな気持ちは初めてじゃ」


 ロリーナは顔を赤らめて、恥ずかしそうに言った。

 そんな様子を見たラミリィが、さらに慌てる。


「ロ、ロリーナさん! そそそ、それってもしかして!」


「心臓の病気か何かか!? それとも、魔王の呪いが他にもあったのか!?」


「うーわー! ベッタベタな回答じゃないですか! なんでカイさんはそっち方面だけは妙に鈍感なんですか!?」


 今度はラミリィは頭を抱えてしまった。

 そっち方面って、どっちの方面なんだろうか。


「と、ともかく変な気持ちなんだな? それで、何が問題なんだ?」


「うむ。呪いのせいでな、この気持ちのままだと……また<死霊兵団>が湧く」


 言うが早いか、前と同じように地面がうごめきだす。


「えいっ」


 流れるような動きで、ロリーナは自分の首を切り落とした。

 なんかこの少女、だんだん自決に躊躇ためらいが無くなってないか?


 ドッキリぽろり(首)を見届けたあと、蘇ったロリーナが困った様子で言った。


「つまりは、こうなってしまうので、なんとかしてほしいという話じゃ。これはおぬしのワガママから始まったことなのじゃぞ」


 確かに、いまロリーナが封印されずにこうして会話しているのは、俺が大賢者を止めたからだ。


「うーん。ああ言ったものの、実はまったくの無策なんだよなぁ。ディーピー、魔族の呪いの対処法について何か知らない?」


「カイ、お前って切れ者なのか勢い任せのか、時々わからなくなるな。それで魔族の呪いだが、たぶん対症療法しか手段はないと思うぜ」


 ディーピーが呆れながら言った。


「対症療法?」


「なるべく呪いを発動させないようにするってことだ。ロリーナ嬢ちゃんの場合だと、なるべく絶望したままでいることだな。あるいは、気持ちが上がってきたら、あえて落ち込ませるとか」


「ううむ、つまりはこれまでと同じような生き方をしろということじゃな。希望があるぶん、逆に難しいのじゃが」


 ロリーナはしばらく考えたあと、カッと目を見開いた。


「よし、カイ! おぬし、妾の悪口を言うのじゃ!」


「なんでっ!?」


「妾が気落ちしていれば呪いは発動せん! だからおぬしが責任を持って、妾を気落ちさせるのじゃ! 遠慮はいらん! さあ、やれ!」


「えっ、いや、でも……」


「なんじゃ、あれだけ啖呵たんかを切っておいて、いまさら怯んでおるのか!? 妾の気持ちをたぶらかしておいて、責任は取れぬとでも言うのか!」


 言い方ぁ!


「分かったよ、やるよ! やるってば! だけど、今から言うことは俺の本心じゃないから、勘違いしないで欲しいんだ」


「ほうほう、予防線なぞ張りおって、みみっちいことを言いおるのう。そんな態度で、本当に妾を絶望させられるのか?」


 なんで俺、仲間に酷いことを言うのを躊躇ためらったらあおられてるんだろう。


「大丈夫だ、カイ! お前なら出来るぜ! 魔族のメルカディアに吐いてきた暴言の数々を思い出せ!」


「そうですよ! カイさんは相手が嫌がることを的確に突ける人だって、あたし信じてますから!」


 仲間からの応援や信頼がここまで嬉しくないのは初めてだ。


「え、じゃあ本当にいくよ……?」


「うむ、伊達だてに長生きはしておらん。小僧からの誹謗ひぼうで簡単にへこむほどヤワな精神はしておらんからな。とびっきりのを頼むぞ!」




「その汚い格好で隣を歩かれると迷惑だから止めて欲しいな」



「う……うう……、あんまりじゃ……。うわああぁぁぁぁぁん! あんまりじゃあぁぁぁあぁぁ!!」



 な、泣いた!

 ロリーナが泣いた!


「ああっ! カイさんがロリーナさんを泣かせましたっ!」


「ちょっと男子ー。女子を泣かすんじゃないぜー。サイテー」


 2人とも、待って!

 なんでそんな汚物を見るような目で、俺を眺めるんだ!

 頼まれたからやっただけなのに!


「ふええぇぇぇん! ひどいぃぃぃぃいい!!」


 ロリーナは泣き止まない。

 どうしよう。

 メルカディアのときといい、仲間からの評価がどんどん落ちている気がする。


 とりあえず俺は泣き叫ぶロリーナを力強く抱きしめた。


「ごめん、ごめんって! 思ってない! そんなこと全然思ってない!」


 ロリーナは涙を瞳に溜めながら、上目遣いで俺を見る。


「本当かのう?」


「本当だって! 最初にも本心じゃないって言ったし、それにあんなこと思ってるなら、こうして抱きしめたりしないだろう?」


「……ん。信じる」


 俺の説得が通じたのか、ロリーナは泣くのを止めてくれた。

 俺はそのままロリーナを抱きしめ続ける。

 はて、なんでこんなことになったんだっけ。


「うわー。俺様いま、女たらしの手管を目撃しちまったよ。どこであんなの覚えたんだ?(答え:母性派魔族のマーナリア・レッスン)」


「言っちゃなんですけどカイさんって、将来お父さんになったら家庭内暴力とか振るいそうなタイプですよね。あたしがしっかりしなきゃ……!」


 くそ、なんで俺がこんなことを言われなきゃならないんだ。

 絶対に許さないからな、魔王め!


「あっ、そういえばロリーナが泣いてたから思わず抱きしめちゃったけど、そもそも魔王の呪いを抑えようとしてたんだった。ロリーナ、その……絶望した?」


 ロリーナからの返事は無かった。

 俺の胸に顔を埋めたまま、耳まで真っ赤に染めていた。


 返事のかわりに、また地面がうごめいた。



 結局その後、何度も<死霊兵団>が現れ、俺達はあの手この手でロリーナの気を鎮めようとした。

 そうして精根せいこん尽き果て、ようやく落ち着いた頃には、朝日が顔を出していた。

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