051話 決意の夜
「それにしても。手がかりも何もない、身元不明のさまよう少女のために魔王に喧嘩をふっかけるなど、向こう見ずな者たちじゃな」
ロリーナは呆れたように言った。
だけどその表情は、どこか嬉しそうだった。
「いや、まったく手がかりが無いわけじゃない」
「カイさん、もしかして何か知ってるんですか!?」
「知ってるわけじゃないけど、観察で分かることがある。まず<死霊兵団>だけど、やつらはみんな同じ盾や同じ剣を使っていたよな」
「うむ? 軍隊なのじゃから、それは当然じゃろう?」
ロリーナが不思議そうに言った。
俺からすると、むしろロリーナがその発言をすることに驚いたのだが。
「そうじゃないんだよ、少なくともこの国では。正規兵だろうと、誰もが同じ装備をしているのはありえない。”天啓”があるからね」
「そういえば、そうですね! あたしたちにとっては、自分の”天啓”に向いている武器を持つのが普通です! みんなが同じ武器をもったら、”天啓”を活かせなくなるから逆に弱くなっちゃいますよ!」
「そう。つまり<死霊兵団>がもとは人間だったものがアンデッドモンスターになった連中だとすれば、彼らには”天啓”が無い可能性が高い」
「でもカイさん。”天啓”を持っていない人なんているんですか……? あっ、そういえば!」
「ああ、ロリーナにも”天啓”が無い。つまり、あの<死霊兵団>は生前もロリーナと何か関係があったと見ていいんじゃないか」
ロリーナが死ぬことが<死霊兵団>が消える条件となっている。
そのことから見ても、ロリーナと<死霊兵団>が無関係だとは思えない。
「うーむ、じゃが妾には心当たりは無いのう……。もっとも、昔のことなど何も覚えておらんから、もしかしたら失われた記憶にヒントがあるのかもしれんがのう」
「そこなんだけど、ロリーナ。君が自決したとき、<死霊兵団>は嘆いていたんだ。ロリーナを襲う魔物が、どうしてロリーナが死ぬと悲しむのかは分からないけどね」
「じゃあ、ロリーナさんの記憶が戻れば、どうしてロリーナさんが呪われたのか分かるかもしれないんですね!」
「う、うむ……頑張って思い出してみようぞ……。じゃが、あまり期待はしてくれるな?」
ロリーナは「むむむ」と唸りながら、頭を抱えた。
「いや、もっと確実な方法がある」
「そうなんですか、カイさん!」
「ああ、ロリーナの服と短剣だ。呪いでその格好に巻き戻るのであれば、その格好をしていた時に呪われているはずだろ」
「なるほど、確かにそうじゃな。それに、妾はこの姿が12歳の時のものだと
俺は改めてロリーナの姿をしっかりと見る。
ボロボロの服はあちこちが破れている。
だが短剣のほうは綺麗な状態だ。
「ちょっと詳しく調べていいか?」
「うむ、よいぞ。気が済むまでやってくれ」
ロリーナの服を力を入れて何度か引っ張る。
パンパンと小気味よい音が鳴った。
どうやら、ロリーナの服は簡単に破れるような代物ではなさそうだ。
「やっぱり、この服はいい生地を使ってる。少なくとも、奴隷や貧民が着るような服じゃない」
「そうすると、ロリーナさんは貴族ってことですか?!」
「可能性はある。ロリーナの短剣、天馬を
短剣に掘られた天馬の彫刻。
これがロリーナの秘密を解き明かす大事なヒントなのは明らかだ。
なんせ、記憶を失う前のロリーナは、服がこんなにボロボロになっても、この短剣を手放さなかったのだから。
「す、すごいですカイさん! まるで名探偵ですね! それで、どうやって調べるんですか?」
「うーん、しばらくは地道な調査しかないと思うけど……」
俺が頭を悩ませていると、ディーピーが素朴な疑問をぶつけてきた。
「なあ、カイ。話の腰を折って悪いが、そもそもなんでロリーナ嬢ちゃんの呪いについて話し合ってるんだ? それについては、魔王を倒せば解決するって魔族の嬢ちゃんが言ってただろ?」
確かに、元凶の魔族を倒せば解決するというのは、メルカディアの言だ。
俺たちの最終目的は魔王の撃破になるだろう。
「問題の魔王がいないんだよ、歴史上だと」
「魔王がいない?」
「うん。伝説の勇者が魔王を倒してから、魔王が暗躍したという話はひとつもない。だから魔王は滅んだと考えられてきたんだ。復活した魔王がどこにいるか、俺たちにはまるで分からないんだよ」
勇者伝説では魔王の城なんてものが出てきたが、今の時代にそんなものはない。
それどころか、魔王が今も暗躍していることを知る者さえ、ほとんどいないだろう。
「なるほど、魔王を倒すためには、魔王の居場所を突き止めなきゃならないんだな」
「そう。そして最大の手がかりこそが、ロリーナの呪いなんだ」
「理屈は分かったぜ。しかし、魔王か……。魔族は魔族同士で関わらないようにしてるからなぁ……。マーナリアの持っている書物の中にも、魔王について記録されてるものはなかったはずだぜ」
「書物の記録、そうか!」
ディーピーの言葉で閃いた。
「王立大図書館だ! あそこには、この国が建国されてからの、あらゆる記録が残っているらしい! ”天啓”を持たない人々が暮らす街が魔族に滅ぼされたとか、そういう情報が見つかるかもしれない!」
王立大図書館。
この国が威信をかけて維持する、記録の貯蔵庫。
そこには、この国が持つあらゆる情報が保管されていると言われている。
天馬を家紋にしている貴族の家が無いかも調べられるはずだ。
「でも、カイさん! 王立大図書館といえば、王族か、王族に認められた者しか利用できないって話じゃないですか! あたしたちみたいな庶民が、王族と関わりを持てるはずがありませんよ!」
「何を言ってるんだ、ラミリィ。あるじゃないか、俺たち平民が王族と関わりを持つ方法が。Bランク冒険者は貴族からの後援がある。Aランク冒険者はどうだったっけ?」
「あっ! Aランク冒険者は、王族からの後援があるんでしたね! 確かに、あたしたちでも王族と関わりが持てます!」
「やるべきことが決まったな! 魔王の居場所を突き止めるために、ロリーナの呪いの謎を解く! その鍵は、王立大図書館に眠っている! その施設を利用するため、俺達はまずAランク冒険者にまで成り上がる! 目標はAランク冒険者だ!」
「はい、やりましょう! ロリーナさんのために!」
「カイ、おぬしはたいしたやつじゃな。妾はこの呪いに対して何も抗えないと思っておった。それがどうじゃ? あっというまに、魔王のもとにたどり着くまでの道筋が見えてきたではないか。妾もなんだか、希望が見えてきたぞ!」
「希望ですか。あっ、となると、もしかして……」
ラミリィが何かに気づいた表情をする。
それと同時に、地面が
「のわっ! そうじゃった、この呪いは妾が希望を抱くと発動するんじゃった! ええい、おさまれっ!」
ロリーナは素早く短剣を抜くと、何のためらいもなく自分の首を切り落とした。
地面の
「うむ……よかった、発動しておるな。切ってから気づいたのじゃが、これ魔王が気まぐれで呪いを解除したら、妾はそのまま死ぬのではないか?」
「それはきっと、魔族の性質からみて大丈夫だと思う。ヤツは俺も絶望させると言っていた。ヤツが望んでいるのは俺たち全員の絶望だ。ロリーナが死んだら悲しいけど、魔王がロリーナという絶望生成機を手放す理由にはならないと思う。採算が合わないんだ」
今のロリーナは魔王にとって、金の卵を産む鶏だ。
それを、ちょっと追加で卵が欲しいからといって殺すような愚か者であれば、魔王は古の勇者の手で滅ぼされているはずだ。
「なるほど……妾が死ぬことで生まれる皆の悲しみよりも、妾自身の絶望のほうが強いということか。喜んでいいのか悩む理屈じゃが、まあもし違っても、妾はもとの目的通り死ぬだけじゃからな。そう考えれば安心じゃ」
「安心ですか……あの、これってもしかして」
ラミリィが何かに気づいた表情をする。
それと同時に、再び地面が
「のわーっ! いまさらながら、面倒じゃなこの呪い!」
これは、呪いを抑える方法も同時に探していかないとダメそうだ。
ともかく、俺達の目標は決まった。
ロリーナを助けるために、俺達はAランク冒険者にまで成り上がる!
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