050話 ブレイブハート・ブロークンハート③


 戦いは終わった。

 大賢者パーシェンは、俺たちを魔族とその仲間と決めつけて倒すのは止めにしたようだ。


「その少女、魔王の呪いで死ねないと言いましたね……。本当に、呪いはそれだけなのですか? いいや、それだけではないのでしょう?」


 戦いが終わったあとで、パーシェンが聞いてきた。


「知って、どうするつもりだ?」


「これは取引です! 提案があります! もし、魔王の呪いでその娘が災厄の原因になってしまっているのだとしたら、私にはそれを抑える魔術があるのです!」


「ほ、本当なのか!」


 希望を抱くたびに<死霊兵団>が現れる呪いにかかっているロリーナ。

 確かに大賢者なら、それを払う方法を知っているかもしれない。


 けれど、返ってきた言葉は残酷だった。


「その少女ごと封印します。そうすれば呪いは外には漏れ出たりしません」


「ロリーナごと封印するだって……? そうしたら、ロリーナはどうなる!」


「封印が解けるまで意識を失うことになります。魔族は人間の感情につけ込む生き物。何も感じず、何も考えない状態であれば、魔族は人間に干渉できません」


 何も感じず、何も考えない状態にする。

 それは、生きていると言えるのだろうか。


「パーシェン、まさかまだロリーナのことを魔族と疑って、うまいこと言って封印してやろうなんて算段じゃあないよな?」


「お待ちなさい、だから取引と言ったのです! 封印されている間は魔王の呪いに悩まされることはありません。あなたたちはその間に魔王の呪いを解く方法を探せばいい。そして私は魔王の呪いを封印したという実績が手に入ります!」


「お前やっぱり、自分の出世のためじゃないかっ!」


「カイ、もうよいぞ」


 他ならぬロリーナが、俺の言葉を遮った。


「大賢者とやら、先ほどの話は本当なのじゃな? おぬしの魔術で妾を封印すれば、もう誰にもこの呪いで迷惑をかけずに済むと……そういうことなのじゃな?」


「ええ、そうです。封印が解かれるまで、長い眠りにつくことになりますが」


「眠りにつく……そうか、そんな方法があったのじゃな。死ねない体で、永遠の眠りにつく……そんな終わらせ方があったとは、考えつかなんだ」


「ロリーナ、まさか」


「前にも言ったであろう。妾の望みは終わらせることだと。それを叶える方法があるのなら、願ったり叶ったりというわけじゃよ」


 ロリーナはそう言って、静かに大賢者パーシェンに歩み寄った。


「ロリーナ! 何をやってるんだ、戻れ!」


「カイ。おぬしの気持ちをないがしろにするようで悪いのじゃが、やはり妾はこれ以上自分のせいで誰かが犠牲になるところを見とうない。それに、やはり魔王を倒すのは勇者の領分じゃろう。おぬしらは妾に会ったことなど忘れ、冒険者の生活に戻るがよい。魔王になぞ、手を出すな」


「では、よろしいのですね」


 大賢者パーシェンがロリーナに向かって手をかざす。


「ああ。やっておくれ」


 ロリーナは静かに目を閉じる。


「やめろっ!」


 考える前に、叫んでいた。

 驚いたロリーナの目が見開かれる。

 パーシェンも怪訝けげんな目でこちらを見てきた。


「やめろとは、どういうことですか。本人が封印されることを望んでいます。あなたに口出しできることではありません。それとも、封印されると困る都合でもあるのですか?」


 パーシェンの目はこちらを疑っている。

 せっかく嫌疑から逃れたのに、このままではまた探りを入れられるだろう。


 だが、知ったことか。


「ああ、あるんだよ。俺には、ロリーナが封印されると困る事情が」


「納得できるものなのでしょうね? ごらんなさい、この少女も困惑しているではないですか」


「カイ、その……。言ってはなんじゃが、これで妾の望みは叶うのじゃ。今際いまわのきわで引っ掻き回されても、その、迷惑なんじゃ……」


「ほうら、本人もそう言っているではありませんか。お互い、ただの冒険者の仲間にすぎないのでしょう?」


 ああ、そうだ。

 俺とロリーナは知り合ったばかりの関係だ。


 でも、もう仲間なんだ。

 それに俺は、冒険者で在る前に、俺で在りたい。

 だから、悪いけどロリーナの申し出は受け入れられない。


「俺が嫌なんだよっ! まだ何も試してないのに、はいそうですかって簡単に諦められるか! いいか、俺はロリーナを助けたい! 助けるってのは、魔王とやらの呪いから解き放つだけじゃないぞ。死が救いだなんて発言を撤回させてやる。心の底から、生きていてよかったって思えるようになること、それが助けるってことだ! 封印なんてさせてたまるものか!」


 一気にまくしたててしまった。

 しまった、これ逆にロリーナのやつ、引いてないか……?


 ちょっと心配になったが、ロリーナは逆に笑い出した。


「ふふ……ふふふ……はははははは……! なるほどそうか、これは大きく出たのう……」


「ロ、ロリーナ?」


 あまりにも笑うものだから、思わず俺のほうが困惑してしまった。

 俺の言ったことは、そんなにも滑稽だったのだろうか。


「いやすまぬ、これだけ愉快な気分は記憶になくてのう。そうかそうか、妾としたことがすっかり忘れておったわ。いや、記憶を失ったのだから仕方のない話かもしれんな。おい、術士ソーサラーの小僧、成り上がりたいのじゃろう? 良い機会だ、しかと見ておけ」


「こ、小僧? まさか、私のことですか!? 小娘、この大賢者に向かって、小僧よばわりとは!」


「小僧でよいじゃろう? よいか、小僧。これが英雄じゃ。鮮烈に生きる英雄の資格を持った者の振る舞いじゃ。知らぬようじゃから教えてやろう。英雄なんてものはな、いつだって度し難いほどに自分勝手な生き物なのじゃよ。鮮やかな光で、周囲を自分の色に染め上げる。善悪の判断なぞ、後の歴史家にまかせておけとでも言わんばかりにのう」


 ロリーナは愉快そうに言った。

 そして、大賢者パーシェンに背を向ける。


「すまぬ、この世界に未練が生まれてしもうた。封印するのはまだ先にしてもらえぬか? 妾は、この思い上がりの少年が何者になるかを見届けたい。英雄の心を持った、この少年が何を成し遂げるか、側で見届けたいのじゃ」


「ロリーナ、それじゃあ……」


「うむ、さんざん駄々をこねてすまなかったのう。できれば、これからもパーティーの一員としてよろしくお願いしたいのじゃが」


「ああ、もちろん!」


「よかったです! あたしこのままロリーナさんがいなくなっちゃうんじゃないかと、ずっと心配でした!」


「おっと、このディーピー様も忘れるなよ!」


 こうして俺たちは、新たな仲間を加えた。


「ほら小僧。おぬし、いつまでここにおる気じゃ。長居するようなら、鑑賞料を頂戴するぞ?」


 ロリーナが子供を叱りつけるように大賢者パーシェンに言った。


「ふん、勝手に自分たちで盛り上がっておいて、よくもまあぬけぬけと。言っておきますが、私はまだあなたたちを疑っているのですからね。そのことをお忘れなきよう」


 パーシェンはそれだけ言い残すと、現れた時と同じように転移魔術で去っていった。




 大賢者が居なくなってから、俺はロリーナと向き合った。

 改めて決意表明がしたかったからだ。


「ロリーナ、君にどんな過去があって、どうしてそんな目にあっているのか、今の俺達には分からない。だけど、約束する。力を合わせて、ロリーナの過去を克服すると。だから、俺に君を助けさせてくれ」


 これは俺が望んで始めた物語だ。

 ヒーローに成りたい俺が、死にたい少女を連れ出して、より過酷な道を歩ませる物語。


 だから、お願いするのは俺のほうなんだ。


 少女は小さく笑って、俺の願いを聞き入れた。


「まったく、助ける側が懇願こんがんするとはのう。じゃが、言ったからには期待させてもらうからのう。よろしくたのむぞ、英雄の少年」

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