049話 ブレイブハート・ブロークンハート②
月明かりの下、俺たちは大賢者パーシェンと対峙した。
大賢者パーシェンは自分が成り上がるために、俺たちを魔族とその使徒として討伐するつもりのようだ。
「カイさん、どうしましょうっ! た、戦うんですか、賢者さんと!」
ラミリィが心配そうに叫んだ。
正直な話、俺もどう対処すればいいか悩んでいる。
負けるのは論外だが、どう勝つかによって今後の俺たちの運命が変わる。
賢者といえば、勇者の次に強いジョブだ。
<魔法闘気>を使わずに俺たちが勝てる相手ではない。
だが<魔法闘気>を使えば、俺と魔族は関わりがあると大賢者は確信するだろう。
ならばいっそ、口封じに殺してしまうか?
冒険者同士の私闘は禁止されているが、正当防衛ならば相手を殺してしまったとしても多少罪は軽くなる。
けれども、数の利があるとはいえ、Eランクの冒険者たちがBランクの賢者を倒すなど通常はありえない。
今度こそヘタな言い訳は通用しないだろう。
この大賢者パーシェンを殺したら、俺達は本当に魔族とその使徒として国を追われる身になる可能性が高いのだ。
俺たちは、<魔法闘気>のことをパーシェンに気取られることなく、大賢者を撃退しなくてはならない。
「どうしました? かかってこないのですか? ならばそのまま死になさい!」
パーシェンの指先から火の玉が放たれる。
しかたない、いちかばちかだ!
俺は一瞬だけ<魔法闘気>を使って、飛んでくる火の玉を剣で切り払った。
魔力のこもった剣で切られた魔術は、そのまま四散した。
「なんですか、いまのは……。私の魔術をかき消すとは……その剣で何をしたのです!」
予想通りだ!
この大賢者、運動能力はそこまで高くない!
今の俺の動きを目で捕らえきれていなかった!
大賢者が<
こいつはあの魔物の動きを追えてなかったんだ。
だから、自分の腕を
「お前に説明する義理がどこにある?」
「最下級の魔術を防いだぐらいで、いい気になってもらっては困ります。その能力が何かを暴くまで、色々と試すのみっ! <
今度は無数の火の玉が嵐のようになって襲ってくる。
それらを次々に切り払う。
パーシェンが俺の<魔法闘気>に気づくまでは、攻撃をしのぎ続けるのみ!
もしもパーシェンが<魔法闘気>に気づいて、俺たちが魔族と関わりがあると確信したときは……覚悟を決めるしか無い。
「ほう、これもしのぎましたか。ですが、だんだんと分かってきましたよ。あなたは私に気づかれないように、刹那の瞬間に何かをしている。最初の雷撃を防げなかったところを見ると、その剣の間合いでしか能力は使えないようですね」
大賢者パーシェンはそう言うと、転移魔術を発動した。
そして、俺の剣が簡単には届かない、離れた場所まで瞬時に移動した。
「ずばり、あなたの弱点は遠距離攻撃だ」
大賢者パーシェンが愉快そうに言う。
あいつの言う通り、俺自身には遠距離攻撃の手段はない。
もっとも、最初から攻撃する気なんて無いんだけどな。
「カイさんっ!」
パーティーにおける遠距離攻撃の担い手であるラミリィが、大賢者に向けて弓を構えた。
「いや、ラミリィ! 攻撃しちゃダメだ!」
だが俺はそれを制止する。
先ほどから、パーシェンの攻撃には何かを調べようとする意志が感じられる。
俺たちを邪悪な魔族たちに仕立て上げるだけなら、わざわざ試すようなマネはせず、さっさと殺したほうがいいはずなのだ。
「パーシェン、どうして最初から最強の魔術を使ってこない? 何か探りをいれてるようだが、何が狙いだ?」
「ほう、勘はいいようですね。ならば教えてあげましょう。私は魔族の使徒が、どの程度の実力を持つのか興味があるのですよ。落ちこぼれ冒険者だったあなたが、<災厄の魔物>を倒すほどに強くなったのが本当かどうか、見極めさせてもらいましょう!」
この大賢者パーシェンには、自分が返り討ちにあうという発想はないようだ。
まあそうでなければ、魔族や使徒がいるという場所に、自分1人でノコノコと乗り込んできたりはしないか。
「だったら、もう小技でチマチマと試すのはやめて、最強の魔術で結果を見たらどうだ?」
そんな大賢者のプライドを刺激するように、俺はふてぶてしく挑発をした。
「ほう……?」
「お前の想像している通り、俺が<災厄の魔物>を倒した魔族の使徒であるなら、お前の魔術なんて全く効かないはずなんだよ! <災厄の魔物>さえも倒せなかった、お前のヘナチョコ魔術なんてな!」
「いいでしょう、そこまで言うのなら見せてあげましょう! 最高位の魔術、それもあなたたちが防げなかった雷属性のものを! 我、賢者の権能を以て雷神に請い願う……」
俺の挑発に、大賢者はあっさりとひっかかった。
パーシェンは青筋を立てながら、呪文の詠唱を始める。
それとともに、パーシェンの周囲が明るくなって、バリバリと雷が発生する。
雷の大魔術が始まったのだ。
「え、カイさん、本当にコレって大丈夫なんですか……?」
パーシェンを弓で狙ったまま待機しているラミリィが、不安そうに言った。
星空が見えていた空はあっという間に雲が陰っていく。
そしてパーシェンの頭上を中心に雨雲が広がる。
パーシェンが天に手をかざすと、雨雲の中から巨大な雷の球体が舞い降りた。
ゆっくり降りてくる雷の球体は、内部に
それは神話の一幕を再現したかのような、凄まじい光景だった。
圧巻。
これが勇者パーティーの大賢者の、本気の魔術か。
この光景を見た者は、誰もがその物々しさに威圧されるだろう。
「<
よほど自信のある大魔術に違いない。
パーシェンは勝ちを確信した顔をしていた。
だが、残念だったな。
「パーシェン! この瞬間、お前の負けは確定したっ!!」
「何っ!?」
パーシェンの表情が驚愕へと変わる。
光を放つ雷の魔術がパーシェンの頭上に留まっているおかげで、その顔がよく見えた。
「まだ分からないのか? 俺があえてお前に大魔術を使わせたことを! お前はまんまと挑発に乗ってしまったことを!」
「
「もう破ってるのさ! いいか、俺たちが本当に魔族の使徒ならば、その大魔術が放たれるよりも早くお前を殺せる! そして俺たちが普通の冒険者だったなら、俺たちはあっけなく死に、お前は冒険者殺しの罪を背負うことになる! そうなれば出世なんて夢のまた夢だな!」
「それが脅しになると思ったのですか、まぬけっ! 死人に口なし! あなたたちが死んだら、いくらでも濡れ衣を着せられるのが分かってないようですね!」
「いーや、ちがうね。俺たちにはロリーナがいる。おっと、その雷を俺たちに放つ前に、この話は聞いておいたほうがいいぞ。死んでも生き返る少女の話をなっ!」
「……どういうことですか」
パーシェンは発動させた大魔術を頭の上で制止させたまま、俺の話に耳を貸した。
さすがは賢者、冷静でいてくれたか。
有無を言わさず攻撃されたほうが、よほど危なかった。
「このロリーナは魔王の呪いのせいで、何度死んでも蘇るんだ。お前が追っていた魔族の気配ってのも、それだ。口封じは絶対に不可能だ! そして、さらに! 夜中ってのは、衛兵が街の防壁から外の様子を伺ってるものなんだぞ!」
俺はパーシェンの頭上に今も留まっている、雷の球体を指差して言葉を続けた。
「それだけド派手な魔術を使っておいて、衛兵が何も見ていないはずがない! ロリーナと衛兵の証言があれば、お前が俺たちを殺した罪から逃れることは出来ない! 勇者パーティーを追放されて牢獄行きだ!」
「く……おのれ……!」
ついにパーシェンは苦虫を噛んだような、苦しげな表情を浮かべた。
正義感からではなく、出世欲から俺たちを倒そうとしているパーシェンには、この脅しはことさら効いたようだ。
「これだけの騒ぎだ、もうじき人も集まってくるだろう。功績に目がくらんで事を焦りすぎたな、パーシェン」
「これしきのことで……この大賢者を出し抜けたと思わないでくださいよ……!」
「落ち着いて考えてくれ、パーシェン! 俺たちが本当に魔族の使徒なら、賢者が独りでのこのこやってきた時点で殺している! とはいえこちらにも隠したい話があるのは事実だ! ロリーナの傷を癒してくれれば、いきなり攻撃してきたことはギルドには黙っておく! だからここらで手打ちにしないか?」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
「気づいてないかもしれないが、お前が一方的に攻撃してきただけで、俺達はまったく反撃してないんだぞ!」
そこまで言うと、パーシェンは自分の立場に気づいたのか、発動途中だった雷の大魔術を解除した。
そして、治癒魔術でロリーナの傷を癒やした。
「勘違いしないでくださいよ、あなたたちを認めたわけではありません。いまもなお判断は保留、それだけのことです……」
パーシェンは悔しそうに言った。
一方的に攻撃されるだけだったが、この勝負、どちらが勝ったかは一目
俺たちは<魔法闘気>の存在を気取られることなく、パーシェンの襲撃を退けた。
俺たちの完全勝利だ。
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