048話 ブレイブハート・ブロークンハート①


 ロリーナを死ぬことが救いと思うようになるぐらい追い詰めた魔王。

 俺は絶対に許さない。


 そのロリーナは、何やら放心していた。

 今起きたことが信じられないといった様子だ。


「ロリーナ、大丈夫か!?」


 ロリーナは俺の声に気づくと我に返り、そして俺を睨みつけた。


「おぬし、なんてことをしたのじゃ! あやつにケンカを売るなど……。これでおぬしも目をつけられたぞ! これまでは妾だけが耐えれば、それで済んだのに……」


「気にするな、俺が自分の意志でやったことだ」


「正直、怒ればいいのか、呆れればいいのか、まったくわからん……。じゃが、これだけは言わせておくれ」


 ロリーナはうなだれて、頭を俺の胸に付ける。

 灰色の髪がさらりと流れた。

 その表情は、俺からは見ることは出来ない。


「……カイ、ありがとう。嬉しかったぞ」


 しばらく、ロリーナはそのまま動かなかった。

 俺から離れて顔を上げたときには、あっけらかんとしていた。




「それで、これからのことなんだけど……」


「いや待て、カイ! 魔力反応だ! 何者かが転移魔術でここに来るぜ!」


 俺が今後のことについて話そうとしたところ、ディーピーが叫んだ。

 さっそく魔族が使徒を送り込んできたのか?


 だが、転移魔術で現れたのは、魔族とは正反対の人物だった。

 現れたのは、立派なローブを身にまとった冒険者の男。

 大賢者の肩書を持つその男は、俺たちを不思議そうに眺めた。


「どういうことですか? なぜここにあなたたちがいるのです?」 


「それはこっちの台詞だ、大賢者パーシェン。なんでお前がいきなり転移魔術で現れるんだ!」


 俺の素性を探っていたにしても、いきなり真夜中にこんなところに現れるのはおかしい。

 だが大賢者パーシェンは俺の話を無視して、手のひらを俺に向けた。

 あの動き、俺を狙っている。


「たったいま、神の啓示を得ました。魔王に関係するものが、ここにいると……。急いで来てみれば、あなたたちがいるではないですか。これはどういうことか、教えてもらいましょうか」


 神の啓示に、魔王だって?

 たしかに先ほど現れた黒いもや・・は、魔王のオーラだ。


「聞いてくれ、大賢者パーシェン! お前が人類を守る意志のある、勇者パーティーの一員であるなら! このロリーナには魔王の呪いがかけられている! 俺はその呪縛を解き放ちたい! 知恵を貸してくれ!」


 勇者の力は魔王を倒すために神が与えたものとされている。

 魔王の気配に気づいた神が、勇者パーティーに働きかけてくれたんだ!


 だが、俺の予想はあっけなく裏切られる。


「魔王の呪い? 何を言っているのですか、あなたは。私が聞いたのは、ここに魔王直属の部下である、銀の魔女ローランシアが現れ、<死霊兵団>を率いて街を襲おうとしているという話です」


「銀の魔女、ローランシア?」


「しらばっくれているのですか? かつてこの国を滅ぼそうとし、今も王家に呪いを残している、邪悪な魔族の名です。銀の髪と、あどけない少女の姿が特徴らしいですね。そう、ちょうどそこにいる小娘のような」


 冷たい眼光がロリーナに向けられる。


「ロリーナが<死霊兵団>を操る邪悪な魔族だって? 冗談も大概にしろ! むしろロリーナはその<死霊兵団>に苦しめられているんだぞ!」


「ですが、神は私にこうおっしゃられたのです。ここに来て、人類の敵である銀髪の少女を討てと」


 その言葉で、何があったか察した。

 ロリーナを貶めている魔族……魔王の仕業だ!

 魔王が神託に見せかけて大賢者を騙したんだ!


 勇者と聖女は魔王の力に抗えると聞いたことがある。

 だから魔王はその2人ではなく、大賢者をたぶらかしたんだ!


「大賢者パーシェン! 神の啓示と言ったが、それならどうして勇者と聖女を連れてこなかった? 2人には神の啓示がなかったのか!?」


「2人は何も感知していないようでした。ですが、私にとっては好都合。これからすることを、勇者様たちに見せるわけにはいきませんからね」


「何をする気だっ!?」


 俺が言うよりも早く、大賢者の手から雷撃の魔術がほとばしる。

 雷撃は一瞬のうちにロリーナを襲った。


「きゃああああっっ!!」


「ロリーナっ!」


 大賢者パーシェンは、有無を言わさずいきなりロリーナに魔術で攻撃をしかけたのだ。


「ほう、低級魔術でダメージが入りましたか。正体を隠しているか、あるいは……」


「パーシェン、何をするんだ! 勇者パーティーのくせに、ただの冒険者を殺す気か!?」


「よく見なさい。今のは死ぬほどの攻撃ではありませんよ。もっとも、これから先も、手ぬるい攻撃だけで済むとは思わないでもらいたいですがね。早く正体を現したほうがいいですよ」


「パーシェン、聞いてくれ! お前が得た神託は、魔王のウソだ! お前は騙されているんだ!」


 俺の説得に、しかしながら大賢者パーシェンは応じない。


「この大賢者を甘く見ないでください。勇者様と聖女に神託が無かった時点で、すでに私も神託を疑っています。それに、ここにはすでに激しい戦いがあった形跡が残っています。あなたたちか、あるいは他の何者かが、魔王の配下の魔物を撃退したのでしょう」


「そこまで理解しているなら、どうしてロリーナを攻撃した!?」


「神託がウソかどうかなんて、私にはどうでもいいことだからです」


 大賢者は口角をあげて歪に笑った。

 どういうことだ。

 こいつ、何を企んでいるんだ?


「私にとって大切なのは、我々勇者パーティーが魔族を撃退したという実績を作ること! しかもそれが王家を悩ます銀の魔女ローランシアとなれば、Aランク……いや、幻のSランクに成り上がるのも夢ではない!」


「まさかお前、俺たちを魔族とその一味に仕立て上げる気か!?」


「ククク……世界の平和は、我々勇者パーティーにお任せください。あなたたちは、私が成り上がるための生贄となって死ねばいいのですっ!」


 戦うしか無い!

 大賢者パーシェン、こいつは俺たちの敵だ!!

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