047話 絶望の死霊兵団②


 ロリーナを襲う<死霊兵団>は、なぜかロリーナが死ぬと嘆き出した。

 何がおきているのだろう。


 だが俺の疑問が氷解するよりも前に、今度は地面からおぞましい無数の手が湧いてきた。


「ひえっ、今度はなんですかっ!」


 無数の手は<死霊兵団>たちを掴む。

 そして土の中に魔物たちを引きずり込んだ。


 <死霊兵団>たちは次々に土の中へと埋め込まれていき──そして、魔物たちはいなくなった。


 残ったのは、俺と、ラミリィと、ディーピーと……そして、また死んで蘇ったロリーナ。


「あーあー。うむ、ちゃんとくっついておるな」


 あっけらかんとしたロリーナの声が闇夜に響く。


「この様子だと<死霊兵団>はちゃんと消えたようじゃな。礼を言うぞ、カイ。ラミリィ。妾はこれまで、奴らは妾を殺すまで止まらぬものだと思っておった。じゃが、どうやら妾の死亡が消滅の条件のようじゃのう。これなら、やつらが現れるたびに自害すれば被害を最小限に抑えられるのう」


「ロリーナ、お前……」


「なんじゃ辛気臭い顔をしおって。巻き込まないようにしておったのに追ってきたのはおぬしらじゃぞ?」


「違いますよ! こんなことを、独りで抱え込もうとしてたんですか!」


「ロリーナ、俺は君の行為に敬意を表する。君はこれほどまでの驚異に常に身を晒されながらも、自暴自棄にならずに皆を助けることを優先してきたんだな」


 俺たちの言葉に、ロリーナは小さくため息をついてから笑った。


「おぬしら、お人好しにもほどがあるぞ。じゃが、まあ。そういうやつらがおってもいいのかもしれんな」


「じゃあ今度こそ、全てを教えてくれないか。ロリーナが抱えている全てを」


「うむ、ここまでしてもらって、その気持ちを無碍むげにするわけにはいくまい。と言いたいところじゃが、実はいままで見せてきたもので、だいたい全部なのじゃ。あとはせいぜい、たまに声が聞こえるぐらいじゃの」


「声?」


「うむ、妾だけが聞こえる奇妙な声じゃ。そやつは人間の絶望が好物らしくてのう。妾が希望を失うたびに、愉快そうに笑うのじゃよ」


「……間違いない、魔族だ。そいつはきっと、絶望を糧にする魔族だ」


 絶望を糧にする魔族。

 どこかで、そんな存在の話を聞いた気がする。

 はたして、それはどこだったか。


「ロリーナ、君がどうしてそんな目に会っているのかも、なんとなく分かった。君はその魔族に目をつけられたんだ。絶望の感情を得るために、利用されてるんだ」


 いままで出会った魔族がなんだかんだで話の通じる相手だったから、忘れていた。

 魔族は人類の敵。

 魔族に魅入られた人間は破滅する。


 メルカディアが離れてくれて助かった。

 今の俺は、怒りの感情が抑えられない。


「ロリーナ、今の君は! 魔族に絶望の感情という糧を与えるために飼育されてるようなものなんだ! 魔族の食料となるためだけに、無限に生かされ、無限に苦しめられる! そんなことがあってたまるか! そんな悪虐が許されてたまるか!」


 こんなにもおぞましい邪悪に出会ったことはない。

 この魔族だけは、野放しにしてはいけない。


「おい、聞いているんだろう、分かってるぞ!」


 俺はロリーナの背後に向かって叫んだ。

 すると、ロリーナの後ろに黒いもやが湧き、人のような形になって喋り始めた。


「ほう、人間風情に我の存在を気取られるとはな……だが、気づいたところで何だというのだ。」


「お前がロリーナに憑いている魔族か!」


「しょせん貴様ら人間は我の食料に過ぎぬ……。人間の絶望こそが、我が糧。貴様らは我に上質な絶望を味あわせるためだけに、生かされているに過ぎぬのだよ……!」


 ドス黒い邪悪なもやは、不吉にゆらめくだけで表情などは分からない。

 けれどもこいつが今、どんな顔をしているかは声色だけで感じられた。


 あざ笑っていやがる!

 ロリーナを、いや、俺たち人間を!


「お前は絶対に倒す」


「ほう……」


「ロリーナをお前から救うと言ったんだ。これは宣戦布告だ! 絶対にお前の正体を突き止めて、完膚なきまでに叩き潰してやるっ!」


「面白い。脆弱な人間が、我を倒すというのか?」


 ロリーナを貶めていた魔族はバカにするように笑った。

 言葉の節々から、絶対的強者としての自信が溢れている。


 いつかは、こんな魔族に遭遇すると思っていた。


 魔族は人類の敵とされているが、魔族から見たら人類は敵ではない。

 食料を生み出す家畜のような存在なのだ。

 おいしい卵を産む鶏を人間が飼うのと本質的には変わらない。


 俺がいままで圧倒的な力を持つ魔族と出会っても無事でいられたのは、俺が魔族たちにとって上質の感情を生み出してくれる存在だったからにすぎない。


 家畜は人間にとって都合がよくなるように進化したと言われているが、俺がいままでやってきたことはまさにそれだ。

 自分の意志で、魔族にとって都合がいい人間になるように振る舞った。

 そうすることで俺にも利益があったからだ。


 けれども、このロリーナにいている魔族は!


「お前は自分の都合だけのために、ロリーナを苦しめている! 死にたいと願うほどに追い詰めた! 俺はお前を許さない!」


「生きのいい小僧だ。気に入った。貴様のような義憤に駆られる少年が、己の無力さに打ちひしがれるとき、その絶望の感情エネルギーは最高の美酒となるのだよ」


「ならば残念だったな。俺がもう自分の無力さを嘆くことはない! 俺が手に入れたのは最強の力じゃあない! 前に進もうとする意志だ! 理想を叶えようとする心だ! だからもう、俺がくじけることは絶対に無い!」


「ならば我は貴様に艱難辛苦かんなんしんくを与えてやろう。貴様には我の正体も、この娘にかかっている呪いのことも、何も分かるまい! 何も分からぬまま、一方的になぶられるのだ! 貴様の絶望を心待ちにしているぞ! フハハハハハ……」


 それだけ言うと、人のような形の黒いもやが散っていく。


「おっと、待ちな! ずばり当ててやろう。お前、威圧的に振る舞っているが、本当はだいぶ弱ってるだろ?」


「なん……だと……?」


「なんだよ、その気合いの入ってない人影は。風が吹いたら消えそうじゃないか。それに、魔族なら角はどうした、角は! 人間の前に角の無い姿を晒しておいて、よくも威張れたもんだな。角なしで人間の前に現れたってこと、他の魔族が知ったらどう思うかな?」


「小僧……魔族の文化に詳しいようだな……!」


「お前は勇者に倒された時の傷がまだ癒えていないんだろ! だからみみっちい嫌がらせしかできないんだ! 俺がお前を倒すまでに、せいぜい立派な角でも用意しておくんだな、この角なし魔族がっ!」


「き、さま……! よりによって、この我に向かって、角なし魔族など……! 絶対に許さん! 許さんぞぉ! 覚えておれっ!!」


「引っかかったな、バカめ。お前は挑発に乗って、自分の正体を晒したことに気づいていない。お前の正体は、勇者に倒されたはずの魔王だな!」


 人間の絶望を糧にする魔族。

 思い出してしまえばなんてことはない、英雄譚に出てくる魔王のことだ。


 ロリーナに付いている魔族の正体は魔王だ。

 ロリーナは、魔王の呪いで苦しめられていたんだ!


「し、しまった……! い、いや……勇者に倒された傷だと……? いったいなんのことだ……?」


「いまさらとぼけて誤魔化せると思ってるのか! お前の正体は掴んだ! 次はお前の居場所を掴んでやるからな!」


「く、くそ……! だがまだ完全復活していないこの身なれど、勇者でもない小僧には倒せまい。せいぜいあがくことだな……!」


 捨て台詞を吐くと、今度こそ黒いもやは消えていった。

 けれども、気配はいまもロリーナの周囲にまとわりついている。

 とりあえず、これ以上何かをする様子はなさそうだった。


「ふん。絶対に許さないのは、俺のほうだ」

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