045話 スターゲイザー


 ギルドから依頼達成の報酬を受け取った後、俺たちは食事を済ませて宿に戻った。

 宿に着いたときには、すっかり日は暮れていた。


 道中、ラミリィがロリーナの服を買い直すと言って聞かなかったが、ロリーナが丁重に断ったのでお流れとなった。

 なんでも、ロリーナは死ぬたびに持ち物がリセットされるらしい。

 また買ってもらった服を失くすのは忍びないとのことだ。


 そのロリーナだが、宿につくなり「自分は野宿をする」と言い出した。


「ええっ!? どうしてですかロリーナさん! 遠慮する必要はないんですよ!」


「遠慮というか、なんと言えばいいかのう……そのほうが、都合がよいのじゃ」


「それは、まだ俺たちに話していない、ロリーナの宿命に関係することなのか?」


「……すまんのう」


 ロリーナは静かに首肯した。

 死ぬ度に巻き戻って生き返るロリーナには、まだ秘密がある。

 そしてロリーナはそれを俺たちに言うべきではないと思っているようだ。


「困ったときは、いつでも俺たちに頼ってくれよ」


 そう言って、俺は去っていくロリーナを見送った。

 ロリーナの後ろ姿は、夜のとばりへと静かに消えていった。


「らしくないですね、カイさん」


 横で一緒にロリーナを見送っていたラミリィが言った。


「らしくないって、俺が?」


「はい。こういうときは、有無を言わさず聞き出す人だと思ってました」


「買いかぶりすぎだよ。俺はただの冒険者だぞ。そして、ロリーナも俺と同じ冒険者。踏み込まれたくないこともあるさ」


 俺の言葉を、ラミリィは不思議そうに聞いていた。

 そして首をかしげる。


「もしかしてカイさん、何か悩んでますか?」


「悩みって……俺が?」


「はい、そうです。あたしでよければ聞きますよ。あたしがカイさんに出来ることはほとんど無いかもしれませんが、聞き役だったらできます!」


「いや、こんなことラミリィに言っても……ああ、いや、そうだな……」


 思わず言いよどんだが、なぜだかラミリィには相談したほうがいい気がした。


「俺、自分の成りたかったものに、ちゃんとなれてるのかなって」


「カイさんが、ですか?」


「うん。俺は冒険者になりたかったんだよ。でも俺の出会う冒険者は、いい人ばかりじゃなくて。世の中を困らせている人たちだって、たくさんいる。それで……俺のなりたかったものは、本当にコレだったのかなって不安になってたんだ」


 これまで俺は弱者をいたぶるような冒険者に遭遇してきた。

 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>にいたっては、街の人さえも苦しめていた。


 それで、思ってしまったんだ。

 冒険者って、本当はこんなもんなのかなって。


「う、うーん?」


 ラミリィは更に首をかしげた。

 なんだろう、そんなにおかしなことを言っただろうか。


「あの、こう言っちゃなんですけど……カイさんって、本当に冒険者になりたかったんですか?」


「それは前にも言っただろ。幼い頃に俺を助けてくれた冒険者の話。俺はあの人に憧れて、あの人みたいになりたくて冒険者を目指したんだ」


「……なんだ、もう結論は出てるじゃないですか。やっぱり、カイさんは冒険者になりたかったわけじゃないんですね」


「どういうことだよ」


「カイさんの願いは叶ってるんですよ。あたしが保証します。カイさんは、なりたいものになれたんです」


 ラミリィの言葉に、今度は俺が首をかしげてしまった。

 そんな俺を見て、ラミリィは楽しそうに笑った。


「ふふ、カイさんでも案外自分のことは分からないものなんですね。なんだかちょっと、安心しちゃいました」


「降参だよ、ラミリィ。君の考えを教えてほしい」


 俺が両手を上げると、ラミリィは静かに身を寄せてきた。


「カイさんは、ヒーローになりたかったんですよね。困難に立ち向かい、弱い人達を助ける、最高のヒーローに」


 言われて、すとんと腑に落ちた。

 自分が追い求めたのが、何だったのか。


「冒険者じゃなくて、ヒーロー、か……」


 俺は他の冒険者に勝手にヒーローらしさを期待して、勝手にいきどおっていたわけか。


「そしてもう、あたしにとってはカイさんはヒーローです。だから安心してください。あたしが、カイさんが何者であるかを隣で証明しますから。迷ったときは立ち止まって、何度でも同じことを聞いてください。あたしはいつだって、同じ答えを返しますから」


「ラミリィ……ありがとう」


 おかげで、ロリーナに返せなかった言葉の答えが見つかった気がする。


「俺はロリーナを助けたい。いや、死ぬことだけが救いだなんて言う少女に、そんなことはなかったと言わせてやりたい!」


「はい! それでこそカイさんです!」



■□■□■□



 ロリーナの言う”宿命”からロリーナを助ける。

 そのために俺たちはとりあえず部屋に戻って、情報を集めることにした。


「死んだら時間が巻き戻って蘇生する魔術ー? さあ、メルは聞いたことないけど、そういう魔法ならあるんじゃない?」


 あたりまえのように居座っていた魔族メルカディアは、興味なさそうに答えた。


「魔法……? 魔術とは違うのか?」


「えー、メルにそんなこと説明させるつもり? イヤよ面倒くさい。ザックリ言うと、魔法はなんでもアリなの。だから、こういうこと出来るかって聞かれたら、ぜーんぶ技術的には可能と答えるしかないのよ」


 面倒といいつつ説明してくれるこの魔族、実は割と律儀なヤツなんじゃないか。


「ということは、時間をかけて調べれば何か分かるってことか」


 俺が希望を見出すと、メルカディアは「うーうー」と唸り始めた。

 頭を抱えて、何か悩んでいるようだ。


「あーもうっ! このクソ人間、なんでそんなにどんくさいの! 分かった、分かったわよ! 今回だけはメルが教えてあげる! どんな力が働いて蘇り現象が起きてるかなんて、関係ないのよ! ロリーナとかいう人間を貶めている魔族を倒せば、それで解決するの!」


「魔族だって? ロリーナの件は、魔族が絡んでるのか!?」


「あーやっぱり忘れてるわ、このクソ人間! あんたが薬草を拾ってたときに、とんでもない力を持った魔族の気配があったでしょ! そいつが犯人に決まってるじゃない!」


 そういえば、大賢者パーシェンに絡まれたときに、そんなことがあったな。

 ロリーナの蘇りの印象が強すぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。


「ありがとう、メルカディア! これで解決の糸口が見つかった!」


 俺は喜んでメルカディアの手を握る。

 だがメルカディアはその手を払い除けた。


「あんた、本当に分かって言ってるの? あいつに手を出すなら、メルは引かせてもらうからね。メルまで恨まれたら、たまったもんじゃないもの。ここに来るのはもう止めるわ、サヨナラ」


 メルカディアはそう言って立ち去ろうとする。

 そういえば、賢者の使っていた魔族の気配が分かるという装置、あれはメルカディアよりもロリーナのほうに反応した。

 つまり、魔族であるメルカディア本人よりも、ロリーナに残っている魔族の気配のほうが強いということだ。


 ロリーナに悪さをしている魔族は、メルカディア以上の相手ということになる。


「ありがとう、心配してくれたんだな」


「はぁ? な、なんでそうなるのよ! このクソ人間! メルは敵なんだから、心配するはずないでしょ! くたばれ、ばーか!」


 捨て台詞を残して、今度こそメルカディアはいなくなってしまった。

 魔族のメルカディアが恐れるほどの相手なのだろうか。


 最近影が薄かったディーピーも、心配そうに俺を見ている。


「なあ、カイ。今回ばかりはやばいぜ。お前が変な気を起こさないように黙っていたが、ロリーナに付いてる魔族の気配は何かやばい。ヘタしたら、マーナリア以上の相手が出てくるかもしれねえぞ」


 ディーピーも怯えていた。

 マーナリアは俺に<魔法闘気>を教えてくれた師匠のような存在だ。

 それよりも強い魔族の可能性があるらしい。 


「それでも、やるよ。俺は、自分の成りたかったもので在り続けたいんだ」


 迷いは消えた。

 覚悟も出来ている。

 あとは、行動するだけだ。


「行こう、ロリーナを探しに!」


 そうして俺たちは出発した。

 闇のような夜空の中に、星々が輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る