044話 少女ロリーナの憂鬱


 死んだはずのロリーナは、巻き戻って蘇った。

 そして最初に会った時と同じ、みずほらしい姿になっていた。


「しまった、また冒険者ランクのプレートを外しておくのを忘れてしもうた……。うーむ、これはまたサイリス嬢に怒られてしまうのう」


 致死の傷から蘇ったロリーナは、呑気なことを言っていた。

 そんなロリーナにラミリィが飛びつく。


「ロリーナさん! あたしにはよくわかんないですけど、無事でよかったです!」


「ラミリィ、心配をかけてすまなかったのう」


 ロリーナはラミリィを優しく抱きしめていた。


 こうしてみると、ロリーナのほうが大人に見える。

 いや、精神年齢は実際にロリーナのほうが上なのだ。


 ともかくロリーナが無事だったので、俺は安堵のためいきをついた。


「ともかく無事でよかった。こんな凄い能力があるなら、先に言っておいてくれればよかったのに」


「すまんのう。とはいえこれは妾の能力というよりも、妾に起きる現象なのじゃ。自分の意志で制御できるものではない。それに巻き戻って生き返るとはいっても、死の苦しみはあるからのう。妾とて、可能であれば死にたくはない」


 そういえば先程死にかけていた時、ロリーナは早く殺してくれとせがんでいたな。


「介錯できなくて悪かった。急なことで驚いたんだ……」


「よいよい。おぬしらがどれだけお人好しかは身に染みて分かったぞ。分かったからこそ言うが、不死身であるがゆえに、何度でも使えるおとりとして扱われるのは勘弁してほしかったのじゃよ」


「あたしとカイさんが、そんなことするはずないじゃないですか!」


 ロリーナのやつ、自分から壁役タンクなら出来るって言ってたのに……。


 いや、あれはきっと俺たちの出方を探っていたのだろう。

 俺たちがロリーナを使い捨ての駒にしないか見ていたのだ。


「事情は分かったよ。隠していた理由も含めてね。それじゃあ今度は、俺たちのことを信用して全てを話して欲しい。ロリーナの身に何が起きているのか」


 ロリーナは自嘲じちょう気味に笑って、それから首を横に振った。


「おぬしらを信用して正直に言おう。全てを話せば、おぬしらも巻き込んでしまう。ゆえに、全てを話すことは出来ぬ」


「そんな! ロリーナさん、あたしたちはもう仲間じゃないですか! あたしに出来ることなら、なんでもします! ですから、あたしたちを信じて話してください! あたしはそんなに強くないけど……カイさんは凄い人ですから、きっとなんとかしてくれますよ!」


 ラミリィ、説得する最中に自分で自信を無くすの、悪い癖だと思うよ?


「ん? 今なんでもするって、言いおったな? その言葉、本当かのう?」


「はい、もちろんです! ……あたしに出来ることなら」


 ラミリィは覚悟を決めてうなづく。

 だが、すぐにその表情は驚愕に変わった。



「ならば、妾を殺してはくれんか?」


 それはあまりにも冷たく残酷な希望だった。



「そ、それは……」


「もちろん望むのは蘇りなどせぬ、完全な死じゃ。妾はもう疲れたのじゃよ。アテもない放浪の日々に。死ぬことだけが妾の救いなのじゃ」


 ロリーナは乾いた笑いのような声色で語った。


「正直な話、妾自身、どうして自分がこんな目に会っているのか分からんのじゃ。古い記憶は全く残ってないからのう。何度も死んでいるうちに、思い出せなくなってしもうた。ただ、何か恐ろしいことがあった感覚だけは、おぼろげに残っておる」


 俺たちは黙ってロリーナの話を聞いていた。

 なんて言葉をかければいいのか、分からなかったからだ。


「いまの妾は、死の苦しみから逃げるためだけに生きておる、生きるしかばねじゃ。自分が何者かも分からず、何をすればいいのかも分からず、ただ彷徨さまよい続ける妾は何者じゃ? 苦しみ続けるだけの命に何の意味がある? だからもう、終わりにしたいのじゃよ。……まったく、そんな顔をするでない。死が救いになることもある、ただそれだけの話じゃ」


 少女の独白が終わると、沈黙が訪れた。


 それは、彷徨さまよう少女の憂鬱メランコリック

 ロリーナの問いかけに答えられるだけの言葉を、俺は持ち合わせていない。


 かわりにラミリィが答えた。


「あの、これは親友の受け売りなんですけど、あたしたちは、きっと、誰もが幸せになる権利があると思うんです。だから、死ぬことが救いだなんて、そんな悲しいことを言わないでください!」


 そう叫ぶラミリィの瞳は真剣だった。

 自分の発言が真実だと信じているのではなく、そうであって欲しいという祈りを込めた言葉。


 けれども、少女の祈りの言葉はロリーナには届かなかった。


「ふむ、誰もが幸せに、か。では聞くが、幸せにはなれない宿命を背負った者はどうなるのじゃ? 決して幸せになれない者は、手に入らない幸せを追い求めながら、みじめに生きていくしかないのか?」


「そ、それは……」


「いや、すまん。いまのはイジワルな質問じゃった。忘れておくれ」


 ラミリィが言葉に詰まると、ロリーナは手をパンパンと叩いた。


辛気臭しんきくさい雰囲気にして悪かったの。こうは言ったものの、妾はおぬしらと出会えて満足しておるよ。なんというかまあ、妾の宿命をおぬしらが背負う必要は無いと言いたかったのじゃが、つい感情がこもってしもうた。ほら、もうじき日が落ちる。依頼達成の報告は、今日中にやっておいたほうがいいのではないか?」


 ロリーナは露骨に話題を変えた。

 これ以上ロリーナ自身の話はしないでほしいという意思表示なのだろう。


「あっ、そうでした! まだ<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>との勝負は解決してないんでした!」


「<闇討ちのゴメスダ>のやつ、いきなり奇襲してきたからな……。ロリーナが無事だったから殺しはしないが、絶対に許さん!」


 ロリーナに促されて、俺たちは冒険者ギルドに向かった。

 ギルドに着いたときには既に夕暮れ時となっていたが、特に問題なく依頼クエストは成功扱いとなった。


 こうして、薬草採取の依頼クエストは無事に完了した。


 依頼クエストが成功したら、手切れ金の話を無しにするという約束だった。

 だがギルドにゴメスダの姿は無く、結局その話はうやむやになった。


 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>がこれで引き下がるとは思えない。

 これからも何かしてくるだろう。


 だがそのほうが好都合だ。

 逆に、言い逃れできない悪事の証拠を掴んでやる。

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