036話 手切れ金詐欺


 冒険者ギルドに訪れた俺たちは、Eランクを示す白磁器のプレートを受け取った。

 カイ・リンデンドルフと、自分の名前がしっかりと刻まれている。


「おめでとうございます、カイ君。これでついに、いっぱしの冒険者ですね」


 そう言ってくれた受付嬢のサイリスさんも、どこか嬉しそうだ。


 Eランクになると自分たちだけで依頼クエストを受けられるようになる。

 主体性をもった冒険者としては、ここからがスタートだ。


 もっとも、Eランク冒険者が受けられる依頼クエストの内容などたかが知れているのだが。


 もちろん人々を助けるという俺の目的が達成できないわけではない。

 だがもっと上のランクになっていたほうが、色々と融通が効くのは確かだ。


 今後の目標は、Dランクへの昇格になるだろう。


「Dランクに昇格するための要件はご存知ですか?」


「クエスト成功実績が3回以上かつ、成功率70%以上。それと、Dランク以上の冒険者2人以上からの推薦、もしくはギルドからの特別な許可……ですよね」


「そのとおりです。カイ君なら大丈夫かとは思いますが、冒険者には協調性も求められますから、お気をつけてくださいね」


 冒険者は独りで出来るものではない。

 だからこそ、周囲からの評価が昇格の要件に盛り込まれているのだと聞いたことがある。


 Dランク以上の冒険者2人の推薦か。

 大剣のフェリクスは、頼めばきっとまた推薦してくれるだろう。


 だがもう1人の心当たりは俺にはない。

 困り顔を浮かべてるあたり、ラミリィも推薦してくれそうな知り合いの心当たりは無さそうだ。


 俺たちがDランク昇格するにあたっての最大の障壁は、推薦してくれるDランク以上の冒険者の存在になるだろう。


「そうそう、俺たちで新たなパーティーを登録したいんだけど、出来るのかな?」


 パーティーに名前をつけてギルドに登録しておけば、名が通りやすくなる。

 Eランクに昇格して出来るようになったことのひとつだ。


「すみません、パーティー登録には3人以上の”人類”が必要と決まってるんですよ」


 サイリスさんは申し訳無さそうに言った。

 ここでいう”人類”とは、人間族やエルフ族、有翼人などの”天啓”を持つ人型種族のことである。

 つまり、魔物や魔族は含まれない。


「おいおい、俺様は仲間はずれってか? そいつは魔物差別ってやつだぜ!」


「ディーピー、決まりなんだから仕方ないだろ」


「ふん。これだから人間社会は面倒なんだ」


 ディーピーは不満そうにそっぽを向いた。

 こころなしかラミリィも気落ちしている。


「そっか、あたしたちがどんなにパーティー結成を喜んでいても、書類上だとあたしたちはフリーの冒険者なんですね」


 本質は俺たちがどう思うかだと思うのだが、どうやらラミリィは形にこだわるタイプのようだ。


「とりあえず今後の活動方針は2つ。Dランク昇格のために依頼をこなす。パーティー登録のために新たな仲間を探す。ふたりとも、それでいいな?」


 Eランクにあがったことで、前よりは仲間探しがやりやすくなってるはずだ。

 これからは冒険者稼業も軌道に乗っていくだろう。




 そうして俺たちが新たな冒険を始めようとしているときだった。


「おい、お前がカイだな?」


 また冒険者が絡んできた。

 いかにもガラの悪いチンピラといった感じの男で、黒を基調とした服を着ている。

 ディーピーが胡散臭うさんくさそうに突然話しかけてきた男を見る。


「おいおい、カイ。冒険者ってのは、受付にいるところを絡んでくる習性でもあるのか?」


「まぁ……冒険者に話しかけるには、冒険者ギルドの受付にいるときが一番やりやすいからねぇ」


「それで、今度はどんな”大”なんだ?」


 冒険者の二つ名に”大”の文字をつけなくてはいけない決まりはない。


 その黒い服の冒険者は口角を歪に上げてニヤついていた。

 見るからに感じが悪い。


「なぁーにを訳が分からんことを言ってる。俺はDランクの<闇討ちのゴメスダ>! お前ら、ツラ貸しな」


「ゴメスと言ったな。仲間加入希望って感じじゃなさそうだけど、何の用だ?」


「ゴメスじゃねえ、ゴメスダだ」


 <闇討ちのゴメスダ>は不愉快そうに言った。

 そして自分の服を俺たちに見せびらかしてきた。


「この俺の黒い服を見て、何か思う所はないか?」


「もしかして、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の一員か?」


「御名答! まあこの街に住んでいて、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の名前を知らねえやつはいねえよな。どうした、名前を聞いてぶるっちまったか? 無理もねえよな、俺たちはこの街で最大のクランなんだからな!」


 クランとは冒険者パーティーの集合体だ。

 効率的に冒険者稼業を行うために、装備や情報などを互いに融通しあう。

 大規模なクランだと専属の職人を抱えていることもある。


 パーティーがダンジョン攻略のための構成単位なら、クランは冒険者の一門といったところか。


 クランは大小さまざまなものがあるが、その中でも<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>はサイフォリアの街で最大のクランだ。

 クランメンバーは黒を基調とした装備をするのが特徴だ。


 だが評判はあまりよくない。

 無茶なノルマを課して冒険者をこき使っているとか、人々を騙して金を巻き上げているだとか、黒い噂が絶えない悪徳ギルドなのだ。


「大手のクランが俺たちに何のようだ? 勧誘ならお断りだぞ」


「まあそう言うだろうな。お前が仲間を募集したときも、俺たちのことは露骨に避けていたからな。別にお前達がそういうつもりなら、俺たちは全然構わないんだけどよぉ。でもお前ら2人、<迷宮の狼ラビリンス・ウルフ>の元メンバーだよなぁ?」


「持って回った言い方をするやつだな。さっさと目的を言え」


「あのパーティーは<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の傘下だったんだぜぇ」


 もちろん、そんな話は聞いたことがない。

 俺たちが黙っていると、ゴメスダは話を続けた。


「あのパーティーから抜けるってことは、俺たちのクランから抜けるってことだよな。<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>は抜けるにあたって手切れ金を払うことになっている。1人あたり金貨10枚だ! きっちり金貨20枚、支払ってもらうぜ!」


 なるほど、手切れ金詐欺か。

 こいつ俺たちがEランクになりたての素人と見て、ふっかけてきたんだ。


「ど、どうしましょうカイさん! あたしたち、金貨20枚なんてとても支払えませんよ!」


 慌てるラミリィを手で制す。

 こういうのは、相手の言い分に乗ったら負けだ。


「くだらない言いがかりはやめてもらおうか。<迷宮の狼ラビリンス・ウルフ>は黒服なんて着ちゃいなかったぞ。<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>の一員ではないはずだ」


「あっ! 確かに! カイさん、賢いです!」


 だが、<闇討ちのゴメスダ>は俺の指摘を受けても怯まなかった。


「お前らは下っ端だったんだろう? 知らされてなかっただけさ。こっちには証拠の書類もある。そうだな、<大斧のドズルク>のやつが帰ってきたら、聞いてみるといい」


 こいつ、<大斧のドズルク>が帰ってきていないことを知っているな。

 ドズルクはもう死んだと見てるから、強気に出てるのか。


「俺たちは聞かされてなかったからな。ドズルクから証言が得られるまで金は払わないぞ」


「おっ、いいのか? そんなこと言っちゃって。素直に金を払ったほうがいいと思うぜ? 自分たちの立場、分かってるのか?」


「俺たちが脅しに屈すると思うのか?」


「違うんだな、これが。いまのお前らは、<黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>と揉め事を起こしているワケありの冒険者だ。そんな連中と仲間になろうなんてやつが、この街にいると思うか?」


 言われて周囲を見渡す。

 そのとたん、俺たちの様子を伺っていた冒険者たちが、一斉に視線を逸らした。


「くそ、これが狙いか!」


「この街で俺たちに逆らって生きていける冒険者はいねえ! 金を払う気になったら、俺たちの館を訪ねるこったな。クハハハハ!」


 <闇討ちのゴメスダ>はそれだけ言い捨てると、高笑いしながら去っていった。

 これから仲間を探そうってタイミングで、最悪なことをされてしまった!




 <黒衣の戦士団ブラックウォーリアーズ>のゴメスダのせいで、俺たちの仲間探しは絶望的になった。

 冒険者ギルドの中には冒険者がたくさんいたが、誰も俺たちと視線を合わせようともしない。


「なあ、ちょっといいか。仲間に加わっている人を探してるんだが……」


 一応ダメもとで話しかけてみる。

 だが、冒険者たちは俺が近寄るだけでそそくさと離れていく。


 この状況で、俺たちを推薦してくれるDランク以上の冒険者や、俺たちに加わってくれる新たなメンバーを探せというのか!?


「カイさん、こうなったらもう仕方ないですよ。素直にお金を払いましょう。あたし、頑張って稼ぎますから……」


「金貨20枚だぞ、そう簡単に稼げる額じゃない。それに、それこそがあいつの狙いだ。簡単には返せない額の金を要求して、俺たちに借金などの貸しを作る。そうして俺たちを支配しようってのが魂胆だ。あいつらの話に乗っちゃいけない!」


 けれども、このままだと俺たちはDランクに上がることも、パーティ登録も出来ないのは事実だ。

 だがここで引き下がるわけにはいかない。

 少しでも弱気なところを見せたら、相手の言い分が正しかったのだと思われてしまう。


 どうしたものかと悩んでいた時。

 背後から俺たちに話しかける声があった。


「おぬしら、ちょっとよいか。仲間を探しておるのじゃろう? よければ妾を仲間に加えてはくれんか?」


 それは古風な喋り方の、覇気のない少女の声だった。


 振り向くと、みすぼらしい姿の少女が立っていた。

 ボロボロの服に、くすんだ灰色の髪。

 瞳は死んだ魚のように濁っている。


 冒険者……なのだろうか。

 それにしては幼い。

 冒険者登録が可能となる12歳ギリギリといった感じの外見だ。

 武具らしいものは、古びた短剣のみ。


 冒険者というよりも、貧民街の家なし少女と言ったほうが見た目に近い。


「失礼だけど、冒険者……なのか?」


 冒険者だとしても、なぜ今の流れで俺たちの仲間になりたいと言い出すのか。

 何か狙いがあるのかもしれない。


「ふむ、疑うのも無理はなかろう。だがこう見えても成人済みじゃぞ」


 灰色の髪の少女は破れたスカートをチョコンと両手で摘んで、王族貴族がするような仕草で挨拶をした。


「お初にお目にかかる。妾のことはそうじゃな……合法ロリの、ロリーナちゃんとでも呼ぶがよい」


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 3章 彷徨さまよう少女のロリーナ・メランコリック

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