03章 さまよう少女のロリーナ・メランコリック
035話 猫耳メイドのメスガキは憤怒に酔う
それは最悪の寝覚めだった。
「おはようございます、ご主人さまっ!」
寝ぼけまなこをこすりながら起きる。
ベッドのそばには、見覚えのない赤髪のメイドが立っていた。
その頭には、猫のような耳がついている。
誰だ?
というかなんで猫耳メイド?
回らない頭で状況を整理する。
俺の泊まった宿は冒険者向けの安宿で、給仕メイドとかのサービスはないはずだ。
まさか、目が覚めたら貴族に転生していたとか、そんな話ではないだろうな。
最近は何があっても不思議ではない体験が多いため、ちょっと不安になった。
念の為に自分のことを振り返ってみることにしよう。
俺の名前はカイ・リンデンドルフ。
辺境の開拓村リンデン村の生まれで、冒険者に憧れて12歳のときに村を飛び出した。
けれども俺の”天啓”は<装備変更>というハズレスキルでロクな活躍が出来ず、悪徳冒険者のもとで何年も荷物持ちをして日銭を稼ぐ暮らしをしていた。
そんなある日、ダンジョンの奥で置き去りにされたのだ。
そこで出会った母性派魔族のマーナリアから、<魔法闘気>という最強の力を教えてもらった。
けれども魔族由来のこの力は、一般人からは恐ろしいものに見えるらしく、使い所が難しい切り札となった。
そんな俺だったが、冒険者に襲われそうになっていた弓使いのラミリィを助けたり、人間を支配して襲わせてきたメスガキ魔族の尻を叩いたりと、最近は活躍できるようになったんだ。
よし、冷静。
最後ちょっとおかしい気がしたけど、俺はいたって冷静だ。
そして冷静になって、俺を起こしたメイドの正体が分かった。
「……お前、魔族のメルカディアか」
なぜか魔族メルカディアが猫耳メイド姿で俺を起こしていたのだ。
魔族のやることはよくわからない。
「ようやく目が覚めたのね、このクソ人間! このメルが親切に起こしてやってるのに爆睡するなんて、いい度胸してるじゃない。本当に……ああっ! ムカツクやつだわっ!」
メルカディアは言いながら
何を間違ったのか、怒りの感情を糧にするメルカディアは、自分が怒ると気持ちよくなる変態
ディーピーは「魔族の仕様の穴をついた、バグみたいな挙動」と言っていた。
意味は分からないが、感心してたのできっと上手く立ち回れたのだろう。
魔族は人類の敵である。
人類が衰退する原因となった魔物を作ったのは、魔族だとされている。
さらに魔族は人類を使役する力もある。
魔族に支配された人間は”使徒”と呼ばれ、圧倒的な力を持つようになる。
この使徒も、人類の敵だ。
俺は魔族の力の恐ろしさを、この身で味わった。
神聖教団が魔族と使徒を徹底的に排除しようとするのも理解ができる。
人類は、魔族の超常的な力が恐ろしいのだ。
「はい、ご主人さま。あーん」
まあその恐ろしい魔族は、なぜか猫耳メイド姿で俺に朝食を食べさせようとしているわけだが。
そこでふと気づいた。
「あれ、お前の頭に乗っかってるの、猫耳だよな。角はどうしたんだ?」
メルカディアからは、魔族の特徴である2本の角が無くなっていたのだ。
代わりに猫耳がヒョコヒョコと動いている。
通常の耳と合わせると耳が4つあるように見えるのだが、そこは気にしないでおこう。
「ああ、角ね。あれ、取り外しできるのよ。外付けオプションってやつね」
魔族がいきなり自分のアイデンティティを放棄しやがった。
「そんなのアリかよ……」
「まあでも、角は魔族の誇りなの。角がない姿を人間に晒すなんて、とっても屈辱的なことなんだから!」
じゃあ自分から外すなよ。
角のないメルカディアは、傍目からは人間と変わりがない。
「角を取ると弱体化するとか、そういう感じなのか?」
「むしろ逆よ! 角は無駄に魔力を消費する仕組みになってるから、外していたほうが魔力の貯まりは早くなるのよ!」
「えっ、じゃあなんで魔族ってワザワザ角をつけてるんだ」
「そうやって無駄に魔力の消費量が高い、ブランドものの角をつけてるってのが魔族にとってはステータスになるのよ! ファッションよ! 浪費こそが文化の本質なのよ! まあ人間の貧弱な感性では分からないでしょうけどね、ふふん!」
まるで分からん。
こいつと話していると、頭がどうにかなりそうだ。
魔族と会話すると気が触れてしまうなんて伝承は、案外誰かの実体験だったのかもしれない。
俺はメルカディアから俺の朝食を奪い取って、黙々と食べ始めた。
メルカディアが何か抗議をしてきたが無視だ。
そうして全てを食べ終わったあたりで、不機嫌そうに俺を見ているラミリィに気づいた。
「カイさん、早いところ出発しましょうよ。それとも冒険者稼業よりも、ちっちゃい女の子とイチャついてるほうが楽しいんですか?」
ラミリィは出発の準備を整えて、俺を待っていたようだ。
ちっちゃい女の子とは、メルカディアのこと。
もちろん俺はロリコンではないし、楽しくてメルカディアに絡んでいたわけではないので、素直に仲間のことを優先する。
「ごめん、悪かったよ。すぐに支度する」
「べ、べつにあたしはカイさんが誰と親しくても構わないんですけど!」
ラミリィはそう言うものの、すぐにそっぽを向いた。
その様子をメルカディアがニヤニヤと笑いながら眺めていたので、案外この魔族はこうなることが分かっていてメイド服なんて着ていたのかもしれない。
メルカディアは、怒りの感情を好むのだ。
「今日は白磁器のプレートを冒険者ギルドから貰える日なんですよ! あたしたちが念願のEランクに昇格した証が手に入るっていうのに、カイさんは呑気にいつまでも寝ていて……。その間ずっと……まあ、別にいいんですけど」
全然別によくなさそうな口調で、ラミリィはひとりごちる。
ラミリィの言う通り、今日は記念すべき日なのだ。
<
Eランクになると自分の名前が掘られた白磁器のプレートが配られる。
それを受け取れば、いよいよ俺たちは冒険者として本格的な活動が出来るのだ。
ずっと最下級のFランクだったラミリィがこの日を心待ちにするのも無理はない。
なんなら俺だって、この日を心待ちにしていたのだ。
ただ、寝過ごしてしまっただけで。
俺は急いで支度を済ませてからラミリィに言った。
「おまたせ。さっそく冒険者ギルドに行こう」
それから、人類の敵である恐るべき魔族に釘を差しておく。
「メルカディア、俺たちが出かけている間に悪さをするんじゃないぞ。いいな?」
「このクソ人間、メルに命令するなんて、本当にいい度胸をしてるわね」
実のところ、俺はメルカディアに対して、ちょっと心を許していた。
なんだかんだ素直に言うことを聞くようになったというのもあるが、どことなく妹を思い出すのだ。
ちょっと生意気で素直じゃないところとか。
背格好も、成長した妹は今はこのぐらいだろう。
そんなわけで、俺は故郷に置いてきた妹をメルカディアに重ねて見ていた。
それに魔族は超常的な存在だが、その目的は人類の抹殺ではなく、人間から好みの感情を摂取することだ。
うまくコントロールできれば、メルカディアもそこまで危険じゃないと俺は判断している。
そんなメルカディアは、いつのまにか前の
「言うことを聞いて欲しかったら、次はこのメイド服をクソ人間の手で無理やりメルに着させることね。誇り高き魔族が人間ごときに無理やりメイド服を着せされて給仕させられるなんて……想像しただけで、ああっ!」
前言撤回。
俺の妹はこんな変態じゃない。
ともかく、そうして俺たちはメルカディアを宿に残して冒険者ギルドに向かった。
新しい冒険の始まりは、魔族の気配で満ちていた。
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